絶望から生まれた勇気 ~在日ウイグルの訴え~

絶望から生まれた勇気 ~在日ウイグルの訴え~
「目に光が全くない」
男性は携帯電話に届いた動画の中の父親の姿をみてこうつぶやき、涙を流しました。
男性の父親と弟が新疆ウイグル自治区の“職業訓練施設”に収容されて2年。家族の身を案じて長年、口を閉ざしてきた在日ウイグルの男性が先月、私たちの取材にその苦悩を打ち明けました。なぜ男性は声をあげることを決意したのか。そこにはウイグル族の人々の深い絶望がありました。
(国際部記者 篁慶一)

家族を“奪われた”人々

「家族を返せ!ウイグルに自由を!」
今月5日、東京の中国大使館前。日本で暮らすウイグル族の人たちが横断幕を手に抗議の声をあげていました。

彼らの故郷、中国西部の新疆ウイグル自治区。
イスラム教を信仰し、独自の言語や文化を持つ少数民族ウイグル族が多く暮らしています。

10年前の同じ日、この自治区で大規模な暴動が起きました。分離・独立を警戒する中国政府に対し、経済格差や宗教政策に不満を募らせるウイグル族の人たちが怒りを爆発させたのです。
中国政府はこれを力で封じ込め、以降、ウイグル族への締めつけを強めていきました。

最近では「テロを予防するため」として多くの住民を“職業訓練施設”に入れ、中国語や職業技能を教えていると主張しています。
この説明をウイグルの人々は信じていません。

施設に収容された人たちと連絡が取れないなか、塀のなかの家族が精神的に追い込まれ暴力や拷問にさらされているのではないかという不安を感じているのです。

「罪のないウイグル人を、再教育センターという収容所から直ちに釈放せよ」

暴動から10年を機に日本から訴える人々。しかし彼らが向かい合う大使館の門は固く閉ざされ、救いを求める声は梅雨の曇り空にただ吸い込まれていきました。

声をあげた男性

「せめて、せめて、自由な日本で、声だけでもはっきりあげたい。家族を返せと」

デモに参加していたアフメット・レテプさんです。
父親と弟、そして親戚など12人が施設に収容されています。
41歳になるアフメットさんが日本に来たのは17年前。
きっかけは子どもの頃から感じてきた日本への親しみでした。

新疆で生まれ育ったアフメットさんの記憶には「シルクロード」ブームで訪れた多くの日本人観光客の姿が残っています。
大学時代に出会った恩師は日本への留学経験があり、その話を聞くうちに日本で学ぶことを決め、東京大学の大学院に進学しました。

修了後は都内のIT関連企業に就職し、日本国籍も取得して現在は同じ新疆出身の妻と子どもと都内で暮らしています。

日本で新たな暮らしを始めたアフメットさん。
しかし、その姿を故郷に残した家族に見せることは簡単ではありませんでした。

10年前、日本に留学中だったアフメットさんは暴動のニュースにショックを受け、中国政府への抗議活動に参加しました。もしこのことが当局に把握されていれば。帰国したとたんに拘束されるのではないか、そうなれば故郷の家族も暮らしにくくなる。そう思い、故郷から距離を置いてきたのです。
自治区では、ことし70歳になる父親のレテプ・アブドゥラフマンさんと母親、そして弟の3人が暮らしていました。
家族との唯一の連絡手段は電話。
それがおととしの夏ごろ、突然、通じなくなりました。

不安を募らせるアフメットさんが、ようやく母親と連絡を取ることができたのは、去年2月。

「お父さんと弟は今、勉強に行っています。家にはしばらく帰っていません」

ことばを選びながら涙声で母親が伝えたのは、父親と弟が施設に収容されたという事実でした。そしてこれ以降、母親との連絡も途絶えたのです。

変わり果てた父の姿

私がアフメットさんに初めて出会ったのは、その4か月後、去年6月のことでした。

新疆ウイグル自治区で異変が起きているという情報を知り、日本で取材を始めた私に協力を申し出てくれたのです。この時、アフメットさんは顔と名前を出さないこと、声を変えることを条件にカメラのインタビューに応じてくれました。
「家族が生きているのか死んでいるのかも分からず、精神的に非常に追い詰められている。何もできない自分が悔しい」
アフメットさんは声を震わせ、涙を流しながら家族のことを語りました。
そしてインタビューを終えた後、アフメットさんは見てほしいものがあると自分の携帯電話を取り出しました。
画面に映し出されたのは父親のアブドゥラフマンさんのビデオメッセージでした。
1年ぶりに見たという父親は、いつもかぶっていた伝統の帽子を脱ぎ、イスラム教徒の高齢男性の習わしでもある長いひげをそり落としていました。

そしてこう語りかけたのです。
「私は役場の施設で勉強しています。体も健康です。君もわが国の利益を最優先に考え、積極的に協力すれば、私たちも安心して過ごせます」
中国当局に協力するよう促す父親。
その父親の目を見たアフメットさんは衝撃を受けていました。
「私が知っているお父さんじゃない。全然違う別人になっている。目や顔にお父さんらしい光が全くない。父はこんなことを言う人ではありません。言わされているんです」(アフメットさん)
動画は、母親との連絡が途絶えてから1か月後に公安当局を名乗る人物から送られてきたといいます。

自分が日本で声をあげれば、父親が暴力や拷問にさらされるのではないか。その恐怖から、インタビューで素性を公表することはできなかったと明かしました。

解放を求めるも…

アフメットさんは、公安当局を名乗る人物とのやり取りを続けながら父親と弟の解放を求めました。
すると、さらに1か月後の去年4月、男から新たな音声メッセージが届きました。
「日本の(ウイグル族の)組織について、あなたは直接、参加しないにせよ、状況は把握しているはずだ。わが国の立場に立ってわれわれと協力し、北京の中央政府が忠誠心を確認できれば、あなたの家族の問題はすぐに解決できる。私が何を言いたいのか、分かったでしょう」
当局が父親を人質にしてスパイ活動を要求してきた。
そう受け止めたアフメットさん。

断れば父親がどのような目にあわされるかわからない。しかし、家族を救うためには
仲間を裏切らなければならない。
「テロリストが人質をとって要求を出す手口と同じです。断れば家族がさらに迫害を受けることは明らかですが、(当局に)協力すれば、自分自身が人間として許せない」
家族を、そして自分を失う恐怖。
目の前に広がっていたのは深い絶望でした。

苦悩の末の決断

夜も眠れずに涙を流し、何日も苦悩し続けたというアフメットさん。
要求が来てから2か月後の去年6月、アフメットさんは男にメッセージを送りました。
「もう連絡してこないでください。家族のことはアラー(神)にまかせます」
要求に応じても家族が戻ってくる保証はない。
何より当局の不当な圧力に屈することは絶対にできない。
拒否する道を選んだアフメットさん。
しかし、それでも表だって声をあげることだけはしないと決めていました。

この頃、国際社会ではウイグル族の収容をめぐる問題への批判が高まり始めていました。国際社会の圧力が強まれば施設に収容された人たちもいずれ解放されるかもしれない。そこにわずかな希望をつないだのです。

「正当化」進める中国

アフメットさんの声なき声を受け止めるかのように、アメリカをはじめ、ヨーロッパの国々や人権団体は去年の夏以降、中国への批判を強めていきました。
国際的な人権団体は、去年9月に公表した報告書で、ウイグル族が愛国教育を強制され虐待されているとして「文化大革命以降、最悪の人権侵害」と指摘。

アメリカの国務省も、ことし3月に公表した人権報告書で「80万人から200万人以上のイスラム教徒が恣意的(しいてき)に施設に収容され、拷問や虐待を受けている」と主張しました。
中国政府はこの指摘に強く反発。「施設では過激思想の影響を受けた人たちに職業訓練を行っている」として、施設の内部を海外メディアに公開し、政策の正当性を強調しました。

「絶望から生まれた勇気」

6月上旬。出会いから1年がたち、定期的に連絡を取り合うようになっていた私は、2か月ぶりにアフメットさんのもとを訪ねました。

そしてある決意を告げられたのです。
「顔を出し、実名を公表してみずからの状況を訴える。公安当局にスパイ行為を迫られたことも、すべて明らかにすることを決めた」
私はアフメットさんの覚悟をわかりながらも、改めて家族が報復を受ける可能性を
指摘しました。

「本当に後悔しないのか」。

そう尋ねた私にアフメットさんは答えました。
「後悔はしない。家族と連絡が取れなくなって、もうすぐ3年目に入る。自分が発信することで、家族の状況がひどくなるかもしれないという心配をしてもどうしようもない。施設に入れられている人たちは声を出したくても出せない。だから私が実際に何が起きているかを伝えたい。絶望感のなかから勇気が生まれた

G20 たった1人の訴え

先月28日、大阪で開かれたG20サミットの会場にアフメットさんの姿がありました。会場の一角で市民団体が開いた記者会見に参加したのです。
環境問題など国際的な課題への取り組みが発表される場で、アフメットさんはみずから主催者とかけあい、3分の発言時間を得ました。

会場でたった1人のウイグル族。
アフメットさんは、家族を、そして施設にいる大勢の人々の思いを背負うかのように声を振り絞りました。
「親に電話一本できないまま3年目に入ろうとしている。これが今起きている現実なんです。日本のすぐそば、すぐ隣の中国で、人類史上最悪の強制収容が行われている。この状況を黙認しないでほしい

厳しい実態 伝え続ける

暴動から10年がたったウイグル自治区。
現地は一見平穏で静かに見えましたが、街のあちらこちらには監視カメラが設置され、街頭にたつ警察官が警戒の目を光らせていました。
道路沿いの大型のスクリーンに映るのは習近平国家主席の姿。
施設に入れられた人々は今も外に出られず、アフメットさんの家族の状況はわからないままです。
声をあげることを決めたアフメットさんに、私はNHKのニュースで伝えることを提案し、了解を得て公安当局を名乗る男から送られてきた父親の映像や音声メッセージの内容を放送しました。

実は当局からスパイ行為を迫られたと話す在日ウイグルの人は、アフメットさんだけではありません。その人たちの家族はいずれも連絡が途絶えており、多くが施設に入れられているとみられています。

家族の身を案じながら当局から圧力を受け続ける日本のウイグルの人たちの厳しい実態。アフメットさんの「絶望感から生まれた勇気」がその事実を白日のもとにさらし出しました。

いつになればウイグルの人たちが家族と気兼ねなく連絡を取り合い、再会できるのか。その日が1日でも早く訪れてほしいと願いつつ、これからも私は取材を続けたいと思います。
国際部 記者
篁慶一