プロ経営者 松本晃の“軸”

プロ経営者 松本晃の“軸”
カルビー、RIZAPグループ、そしてジョンソン・エンド・ジョンソン(日本法人)。

一見、何の関わり合いもないように見えるこれらの3社には共通点がある。

松本晃氏が経営に携わったことだ。
プロ経営者として知られる松本氏は今、71歳にして初めての起業に挑んでいる。尽きない経営へのエネルギーの源泉はどこにあるのか、話を聞いた。(経済部記者 川瀬直子)

“2つの軸”と“順番”

松本晃氏(71)。伊藤忠商事出身で、ジョンソン・エンド・ジョンソンの日本法人やカルビーのトップとして実績をあげてきた。
この6月までは、フィットネスジムなどを手がけるRIZAPグループの取締役を1年間、務めた。

経営者としてのキャリアは実に33年。まずは、1番の理念を尋ねた。
「経営の軸は2つ。昔から全くぶれていません。1つめは、『世のため人のために経営し、なおかつ、しっかり稼ぐこと』。2つめは『企業のステークホルダー、みんなを喜ばせること』。
これがすべてなのですが、2つ目には順番があります。1番に顧客。2番に従業員とその家族。3番目がコミュニティー。地域社会や国、地球レベルの環境も含めた意味です。そして最後の4番目が株主さん。この順番どおりに幸せにしていけば、会社というのはうまくいきます」

「経営はおもしろいですよ、人のためになりますから。経営者としていちばん楽しいことは何かと聞かれれば、『月給・ボーナスを増やすこと』と答えます。みんな喜んでくれます。
月給をたくさん払おう、ボーナスを払おうと思ったら、もうけないと。世の中に貢献してしっかり稼ぎ、たくさん払う。日本の会社は、この20年、払わなすぎでしたよね。だから成長しない。もっと払ったほうがいいんじゃないかと思います」(松本氏)

働き方改革と結果の両立

長引くデフレに苦しむ間、日本企業の賃上げの動きは鈍かった。今なお内部留保が過去最高の水準にありながら、社員への還元は高まらない。

この点、松本氏の軸は明快だ。
給料の観点だけでなく、女性の登用や働き方改革に力を入れてきたことでも知られる。
「設備投資と人への投資を比べれば、言うまでもなく人に対する投資のほうが大事なわけ。『Our business is people business』。会社というのはどんな仕事であれ人がやっているんです。AIではありません。だから人に投資をしないと返ってこない。
ただ、お金だけというわけでもありません。人間は豊かさを求めますが、その豊かさの象徴が何よりお金だという時代はとっくに終わりました。例えば今は時間的な豊かさが求められます。そのために必要なのは働き方改革。残業手当に頼らなければいけないような生活を送らせたらダメ。時間的な豊かさを奪うから」

「もちろん結果も求めます。人間なんて本当に働ける時間は極めて短いんです。結局、むだが多い。普通の人は『やらなくていいこと』から始める。そのほうが簡単だから。その次に『やったほうがいいこと』をやる。そんな風にしているから時間が足りない。
『やらないといけないこと』だけやったらいいんです。それだけやったら帰れ、と。難しくなんてないですよ」

あの会社には“優しいおじさん”に

2018年のRIZAPグループ入りは大きな話題を呼んだ。当時、会社は急速に業容を広げすぎたことで、業績が悪化しており、瀬戸健社長をサポートし、立て直しに尽力した。

わずか1年で取締役を退任したことで臆測も生まれたが、今後は特別顧問として関わりを持ち続けるという。
「この1年は新しいチャレンジがあって楽しかったです。自分が今までいた世界とは全く違ったから、学びがあった。あの会社は全部が悪いわけではなくて、一部よくないことがあった。そこをやめてよい方向に持って行くために、いくらかエネルギーは使いました。
瀬戸社長は本当にナイスガイで、だけど少し若い。私はオヤジのようにやかましく言ったんだけど、やかましく言い過ぎて、ぼちぼち嫌われているんじゃないかと(笑)。なので、“やかましいオヤジ”をやめて、“優しいおじさん”に変わろうと思っています。完全に辞めたわけではなくて、私の役目は変わらない。
今いる人たちが努力すれば、来年くらいからV字回復すると思いますよ。それを見守っていこうと思います」

新たなチャレンジ

大手企業の経営者から一転、松本氏が今、挑んでいるのは、環境ビジネスを手がけるベンチャー企業の立ち上げだ。
住宅や衣服などに使用すると温度を下げる効果があるという特殊な素材を普及させようと、71歳にして初めて起業に踏み切った。
「起業と言っても、これまでとあまり変わりません。大事なのは商品の将来性、ポテンシャル(潜在力)がどれくらいあるかを見分けること。
手がける素材は大化けする可能性はあると思っていて、定着させるために、『誰がお客さんなんだろう』『何をどうしたら成功するんだろう』という知恵を絞っています。もちろん知恵だけではダメで、高かったら使われません。四六時中考えています」(松本氏)
「人間いつまで生きるか決まっていませんから、何歳だろうと何か始めてみて、途中でコロッと死んだらそれでおしまいと、そういう感じでいいんじゃないかと思ってるんです。
何歳で始めるか、年齢は大きな問題ではなく、やはりいつも好奇心を持つ。人のためになることで、ひょっとしたらもうかりそうだということがあれば、自分でやってみるのが、いちばん手っとり早くて、なおかつ、いちばん楽しそうだと思っています」

軸をぶれさせない

ステークホルダーに順位をつけろと言われて、株主を4番目に挙げる経営者が今の時代にどのくらいいるだろうか。

会社が元気であり続けることが、株主への還元の増加につながるわけだから、それだけ結果を出してきたことの証左なのかもしれない。

30年以上の実践経験をもとに培ってきた松本氏のぶれない経営哲学。挑戦が止まることはなさそうだ。
経済部記者
川瀬直子

平成23年入局
新潟局 札幌局をへて
現在 情報通信業界を担当