どうしたら逃げてもらえる!?

どうしたら逃げてもらえる!?
どうしたら逃げてもらえるのか。1年前の西日本豪雨に直面した自治体の苦悩です。270人を超える犠牲者がでた平成最悪の豪雨災害。被害が拡大した背景には、避難勧告や避難指示が出されていたのに、危機感をもって避難した人が少なかったことがありました。あれから1年。一刻も早く逃げてもらうために今注目されているのが、ビジネスの力の活用です。命を守る新しい方法とはどのようなものなのでしょうか。(広島放送局記者 喜多祐介 経済部記者 梶原佐里 新井俊毅)

「避難保険」って何だ?

“避難勧告や避難指示が出れば、タクシーが迎えにきて安全なところに連れて行ってくれる”

こんな仕組みを実現しようと考えられたのが「避難保険」のアイデアです。

生みの親は県立広島大学の江戸克栄教授。企業のマーケティング(=市場戦略)分析が専門です。江戸教授は、西日本豪雨で多くの住民が逃げ遅れて犠牲になったことから、早く逃げてもらう仕組みをつくりたいと考えてきました。
そこで生まれたアイデアが「避難保険」です。高齢者のことを心配しながら離れて暮らす家族などが契約者として想定されています。保険料を払えば、いざというときに高齢者をタクシーに乗せ、安全なところまで避難させる仕組みです。ただ、避難勧告や避難指示が出ている危険な状況で、実際にタクシーが駆けつけてくれるのかという現実的な疑問の声もあがっています。

一方で広島県三原市のように「避難保険」に関心を示す自治体もあります。江戸教授は、損害保険会社3社に開発を呼びかけていますが、このうち1社からは「すぐにということは難しいが、社会的な意味も大きく、商品化の可能性はある」という前向きな反応もあったということです。

江戸教授は、こう訴えます。
県立広島大学 江戸克栄教授
「災害から命を守るには民間企業の協力が必要だ。保険会社にはぜひとも住民の避難行動を促すような保険商品の開発に取り組んでほしい」

“空振り保険”に自治体が関心

一方、住民に避難してもらうには自治体にとって意外に大きな金銭的負担がかかります。この負担を賄うための損害保険があって、いま人気を呼んでいます。

自治体のあいだで“空振り保険”と呼ばれるものがそれです。「防災・減災費用保険」(市が対象)とか「災害対策費用保険」(町村が対象)といいます。
どんな保険なのでしょうか。この保険は、自治体が避難勧告や避難指示を出したときにかかる、避難所を開く費用や食料の費用、それに避難所を運営する職員の時間外手当ても賄います。

「損害保険ジャパン日本興亜」など4社が共同で運営しています。規模が大きな自治体の場合、避難勧告を出すたびに4000万円から5000万円の費用がかかることもあると言われています。しかし避難を呼びかけても、結果、災害は発生せずいわば空振りになると国などが費用を負担してくれる災害救助法の適用とならない場合が多いのです。

防災面では結果オーライなのですが、自治体の予算的には苦しくなります。財政の苦しい自治体では避難勧告などの発令をためらうということにもなりかねません。

西日本豪雨では、夜の遅い時間になって避難勧告が出るケースがありました。避難情報の発令基準に達していなかったことを理由にあげる自治体もあり、より早いタイミングで予防的な対応をとることができなかったかという指摘もあります。こうした苦い教訓を背景に“空振り保険”に加入する自治体が急増しているのです。
サービスが始まった2017年度には加入した市町村は125でしたが、18年度が245、19年度は6月1日時点で実に351にまで増えました。全国の市町村の約20%が加入していることになります。

大きな被害が出た広島県坂町もその1つです。坂町ではひとたび避難勧告を出すと、通常、100万円程度の費用がかかりますが、この保険に加入したことで、この2年間で合わせて530万円の費用を保険で賄うことができました。
2018年7月9日 広島 坂町
西日本豪雨のときには、多額の費用がかかりましたが、消防団の活動にかかった費用の半分以上を保険で手当てすることができたということです。

防災担当者はこう話しています。
「避難勧告を出しても必ずしも災害救助法の適用となるわけではないのでこうした制度があるのは心強い。ことし5月にはより多くの保険金が支払われるプランに変更し、さまざまなタイプの災害に備えている」

保険会社の先端ノウハウが使える

こうした自治体の防災・減災活動は、実は保険会社にとってもメリットがあります。防災への意識が高まれば、長期的には保険金の支払いを減らすことにもつながると考えられるからです。保険会社の中には新たな取り組みを始めたところもあります。
cmap
先月、インターネット上に公開された「cmap」(シーマップ)、雨量や風速などの気象データをもとにリアルタイムで建物の被害規模を予測するサイトです。つまりその気象状況の危険度を示してくれるのです。

たとえば大雨の場合、降水量や、土地の低さ、建物のデータを入力し、過去の自然災害での保険金の支払いの実績と照らし合わせることで建物被害の件数が予測できます。損害保険大手「あいおいニッセイ同和」が横浜国立大学などと共同で開発したもので、誰でも無料で使うことができます。

きっかけは西日本豪雨や台風21号など去年の災害で保険金の支払いが予想外に膨らんだことでした。保険会社のノウハウの固まりを外部に公開しても、防災・減災の取り組みにつながれば、会社にとってメリットがあると考えました。
福山市と保険会社の担当者が協議
こうした被害予測の仕組みに関心を示しているのが広島県福山市です。防災担当者は、次のように話します。
「どのくらいの規模の被害が見込まれるのか、ビジュアルでわかりやすく示してくれるので、住民に避難喚起する際の判断材料などに活用できないか検討したい」

「避難したほうが得になる」

豪雨で大きな被害を受けた 岡山 倉敷 真備町
命を守るために一刻も早い避難を。西日本豪雨の教訓は、自治体や企業を動かしています。今回ご紹介した損害保険業界以外にも企業がビジネスで培ったノウハウが生かせる分野があるはずです。

どうしたら逃げてもらえるのか、という自治体の悩み、どうしたら大切な家族に逃げてもらえるのかという悩みをビジネスで解決していく。

「避難所の開設をためらわなくてよい」あるいは「避難したほうが得になる」そんな防災・減災の仕組みづくりがもっとあってよいと思います。
広島放送局記者
喜多祐介
平成19年入局
沖縄局、社会部を経て
広島局で西日本豪雨や原爆などを担当
経済部記者
梶原佐里
平成22年入局
徳島局、大阪局を経て
金融業界を担当
経済部記者
新井俊毅
平成17年入局
北見局 札幌局をへて経済部
現在 遊軍プロジェクト担当