神戸 小1女児殺害事件 無期懲役確定へ 1審は死刑 最高裁

神戸 小1女児殺害事件 無期懲役確定へ 1審は死刑 最高裁
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5年前、神戸市で小学1年生の女の子を殺害した罪などに問われ、1審の裁判員裁判で死刑判決を受けたあと、2審で無期懲役となった被告について、最高裁判所は、検察の上告を退ける決定をし、無期懲役が確定することになりました。
神戸市の無職、君野康弘被告(52)は平成26年、小学1年生の女の子に声をかけ、自宅に連れ込んで殺害し雑木林に遺棄したとして、殺人や誘拐などの罪に問われました。

1審の神戸地方裁判所の裁判員裁判では「生命軽視の姿勢は甚だしく顕著だ」として死刑が言い渡された一方、2審の大阪高等裁判所は「生命軽視の姿勢が必ずしも顕著とはいえない」として、1審を取り消して無期懲役としていました。

最高裁判所第1小法廷の山口厚裁判長は「殺害の計画性が認められず、殺害が1件にとどまることを考えると、生命軽視の姿勢が甚だしく顕著とまでは言えない。死刑がやむをえないとは言い難い」と指摘し、3日までに検察の上告を退ける決定を出し、無期懲役が確定することになりました。

裁判員裁判による死刑判決を2審が取り消すことに対しては市民感覚の軽視だという批判がある一方、最高裁は、死刑の選択には過去の裁判例を踏まえ、慎重さと公平性が必要だとしています。

2審が死刑を取り消したケースでは最高裁はいずれも2審の判断を維持し、今回が4件目です。

最高検「最高裁の判断 真摯(しんし)に受け止め」

最高検察庁の和田雅樹公判部長は「検察官の主張が認められなかったことは誠に遺憾であるが、最高裁判所の判断であるので、真摯に受け止めたい」というコメントを出しました。

母親「納得できない」

亡くなった女の子の母親が3日、代理人の弁護士を通じて出したコメントの全文です。

本日、娘の事件について、上告が棄却されたとの報に接しました。私達遺族は、被告人には生命をもって償ってもらうほかないと考えておりました。

娘の命が奪われた事件について、正当な判断をくだしてほしいと考えておりました。そのような思いから、私は、地方裁判所でも高等裁判所でも、裁判に参加して、質問して、意見を述べてきました。

高等裁判所で無期懲役の判決が出た後も、最高裁判所で判決を覆していただけるものと信じてきました。しかし、そのような思いは、かないませんでした。

娘の事件について、裁判員裁判では被告人には死刑が相当であるとご判断いただきました。私達遺族は、その判断は正当なものであったと今でも確信しています。

娘は、理不尽に命を奪われました。6年しか生きられませんでした。娘が生きていれば、今年、小学校を卒業することになっていたはずです。私達遺族は、あの事件の日から時間が止まったままでいます。あの事件は、娘の将来を全て奪ってしまいました。

被告人は、娘の味わった痛み、苦しみ、恐怖、絶望、私達遺族の悲しみを理解しているとは思えませんでした。裁判を通じ、被告人からは、反省も、償おうとする思いも伝わってくることはありませんでした。ただ、刑を軽くしようとしているとしか思えませんでした。

裁判員裁判では、長い時間をかけて審理して、被告人に直接質問をして、被告人の犯した犯罪の悪質さや被害の重大さを正面から捉えていただきました。そのうえで、事件の残虐さや、被告人の反省のなさを見極めて、死刑以外にはないと判断していただきました。

そのような判断を、高等裁判所や最高裁判所が覆してしまったのは納得がいきません。裁判官は前例を大事にしているだけで、一人の命の重さを理解していただいていないとしか思えません。亡くなったのが一人であれば死刑にならないという前例は、おかしいと思います。

計画性がないとか、前科がないというのも、それだけでは死刑にしない理由にはなりません。そのような前例だけで判断して、命の重さを直視しないのであれば、何のために裁判員裁判をしたのかと思います。

本日接した最高裁判所の決定には、私達遺族は納得できませんし、娘に報告できないと考えています。娘には、裁判員裁判での判決を維持してもらうことができず、申し訳なく思います。

改めて、娘の冥福を祈ります。