東京に住んではダメなの? ハザードマップの意味とは

東京に住んではダメなの? ハザードマップの意味とは
「ここにいてはダメです」。こう書かれた東京 江戸川区のハザードマップが大きな反響を呼んでいます。この意味を取材すると、危機感の背景に「人口の集中」があることがわかってきました。記者の頭には、こんな考えもよぎりました。「もしかして、東京は“住んではダメ”な場所なのでは?」(社会部記者 森野周 ネットワーク報道部記者 國仲真一郎)

「ここにいてはダメ」ハザードマップが大反響

江戸川区が5月に公開した水害ハザードマップの表紙です。書かれているのは「ここにいてはダメです」の太文字。そして、避難先として示す矢印は千葉や茨城、埼玉、神奈川、東京西部まで…。
この自治体としては異例の表現がSNS上で反響を呼んでいます。
「あまりにも潔すぎる」
「江戸川区内には居場所はないのんか?」
「まさか自分が住んでる区から『どっか行け』って言われるとは」
江戸川区を出ていかなくてはいけないとネタにするような書き込みもありましたが、もちろん「住んではダメ」と言っているわけではありません。

「大規模な水害が予想されるとき」、区の外へと避難するよう求める内容です。

“区のほぼ全域が水没”の想定

なぜ、「ここにいてはダメ」なのか?

ハザードマップを見ると江戸川区の危機感がわかります。大型台風が接近して最大規模の豪雨や高潮が発生し、荒川と江戸川が氾濫した際の浸水の想定です。
江戸川区のほぼ全域が「水没」。赤で示された部分は高さ5メートル以上、建物の3階から4階まで浸水する地域です。

ここで、ひとつの疑問が浮かびます。「区の外まで逃げなくても、マンションの高い階などに避難すればいいのでは?」しかし、区は、それも否定します。その理由が、次のマップです。
濃い赤の場所では1週間から2週間以上の浸水が続くとされています。2週間以上も電気や水道が使えず、物資も十分届かない生活に耐えるのは難しいというのです。

江戸川区の担当者が取材に対して強調するのは区内でおよそ70万という“人口のリスク”でした。
「江戸川区だけでも70万人が住んでいる。しかし、国の試算では1日2万人しか救助できず、取り残された人は過酷な状況に置かれる。ただ、70万人分もの避難所を外にすぐに確保するのは難しく、区民それぞれが親戚や知人の家、宿泊施設などを確保して早い段階で区の外への広域避難を始めてほしい」(江戸川区防災危機管理課 本多吉成統括課長)

江戸川区では30年で人口18万増加

江戸川区の指摘する“人口のリスク”とは?

まず、データを調べてみました。1985年から2019年までの30年余り。住民基本台帳のデータでは、江戸川区に住む人は51万689人から69万8031人と18万人余り増えていました
前の年に比べて人口が減ったのは2012年だけ。ほぼ一貫して、人口が増え続けています。

人口の増加が目立つのはやはり65歳以上の高齢者です。1985年に比べて、2019年の高齢者人口は4倍にも増えています。全人口に占める比率も約21%にのぼっていました。

人口の増加だけでなく災害時の避難が難しい高齢者の増加。江戸川区の危機感の一端が見えるような気がしました。

“危険な地区”の人口も…

さらに、ハザードマップの想定と地区ごとの人口の増加を照らし合わせてみます。

すると、ハザードマップで特に危険とされる地区でも、多くの場所で人口が増えていることがわかりました。

使ったのは区が公表する「町・丁目」という、より細かい地区ごとの人口の情報。この10年の人口の推移をみると5メートル以上浸水する場所があるとされた47地区のうち8割を超える38の地区で人口が増えていました

増加した人数を足し合わせると「1万8043人」。多くの人が、建物の3階から4階まで水につかるとされるエリアに移り住んできたことがわかります。

なぜ、「危険な地域」を選んだのか?

それにしても、危ないとされる地域で、どうして人口が増えているの?

向かったのは江戸川区の平井地区。広い範囲が5メートル以上浸水すると想定された区内でも最もリスクの高いエリアのひとつです。
JR総武線の平井駅を降りて通りを歩いてみると、以前からある木造の一戸建て住宅に加えて、新しい一戸建てやマンションが見えます。まさにいま建設中という現場も、ところどころに見られました。
最近この地区に移ってきたという人に話を聞きました。どうして、ここへ?
「職場が都心にあるので、電車が使いやすいこのあたりは便利なんです」(20代男性)
「小さい子どもがいるので川沿いで遊ぶ場所があるのはいいなと」(20代女性)
「23区ではわりと住宅価格も安かったので」(40代男性)
多くの人が、都心に近く、鉄道などの公共交通も便利なこと、それに都内では比較的価格が安いことなどを挙げていました。

それでは、ここが特に浸水リスクが高い場所だと、知っていましたか?
「自分が住む場所は…真っ赤なんですね、知らなかった」(20代男性)
「川に近いからそういう危険性があるのは知っていますけど、そこまで考えたことはないです」(40代男性)
リスクを知っていても、便利さを優先させたという人も。

その気持ち、わからなくはないのですが…。

ハザードマップは生かされない?

今回配られたハザードマップがきっかけで、地域のリスクを知ったという人も多くいました。ただ、それはすぐに備えをしようという危機感には結びついていないようです。
「考えたこともない」(50代女性)
「マンションの4階に住んでるんで、正直ひと事のように思ってる」(20代男性)
「昔、水が出たことがあるらしいけど、想像もできない」(80代女性)
「3階の鉄筋造りの家に住んでるから、ダイジョウブでしょ?」(40代女性)
20人ほどに話を聞いた中で、明確に「避難先まで考えている」と答えたのは1人だけでした。

いざというとき大丈夫か、不安になってきます。

専門家「安全になったから人口増えた」

危険な地域の人口が増えているのは、便利さだけでなく、町が“安全”になったことの裏返しだと指摘する専門家もいます。

ハザードマップの監修に関わった東京大学大学院の片田敏孝特任教授です。
「江戸川区では、1946年のカスリーン台風や1948年のキティ台風以来、70年以上、大規模な水害が起きていない。堤防が高く丈夫になったため、リスクを想像しにくくなって、多くの人が移り住んでいる面もあると思う」
もちろん、今後は大規模な水害が起きるおそれがあり、人口が増えたことで、かつてない被害につながるおそれがあると言います。

東京に住んでもいいの?

“人口リスク”が東京をより危険にしている状況。

それは、東日本大震災のときの「帰宅困難者」問題がわかりやすい例だといいます。ただ、大規模水害に加えて、首都直下地震など東日本大震災のときよりはるかに大きな被害が東京では想定されています。

最後に聞いてみました。

ーそもそも、東京は、人がこんなに多く住んではダメな場所なのでは?
「日本はどこに住んでもリスクがあり、東京に住んではダメとは言えない。ただし、『人口集中』でリスクが高まっていることを正しく理解せずに住むのは間違いだ。例えば、沿岸部の津波の危険の高いところに住む人が、避難を考える必要があるのと同じように、東京でも地域ごとのリスクを知って、災害に備えることが大切だ。今回、江戸川区は行政だけでは住民を助けられないということを初めて示した。この危機感を受け止め、いざというときの行動を考えておいてほしい」(片田特任教授)

ハザードマップを読んでみよう

東京も今後、人口の減少が予想されていますが、多くの人が地方から東京に移り住む状況はこの先も変わらず、リスクの高い状態は続きます。
どの地域でも江戸川区のように災害のリスクを示したハザードマップが公開されています。災害は、この夏、起きるかもしれません。一度、しっかりと読んでみて、備えについて考えてみてはいかがでしょうか。