飼育員は「いやされません!」

飼育員は「いやされません!」
光に照らされながら漂う水族館のクラゲ。優雅で神秘的な姿に、癒やされる方も多いのではないでしょうか。なのに飼育の担当者から、「いやされません!」という声が。どういうことなのでしょうか。(ネットワーク報道部記者 伊賀亮人 和田麻子)

“地獄絵図”を防ぐために

先日、投稿されたツイートが話題になっています。
掲載されているのは、浜松市の水族館「ウォット」で撮影された写真。クラゲならではの、知られざる飼育の大変さを力説しています。
「クラゲって水の中で生きているのに泳ぐのがニガテ/普通の水槽で飼育しようものなら…泳げない為全てのクラゲが沈む/飼育員からしたら地獄絵図です/地獄絵図水槽にならないように飼育員ががんばります」
投稿した浜松市の30代の女性は、子どもを連れて水族館を訪れた時にこの貼り紙を見つけたそうで、「クラゲってどこの水族館にもいるイメージなのに、そんなに飼育員の人が苦労しているんだなと、苦労が伝わるといいなと思いツイートしました」と言います。

投稿に対して、「一生懸命育ててくれる飼育員さんに感謝」「幻想的なクラゲたちは飼育員さんの日々の努力のたまものなのですね」といった共感の声が数多く寄せられています。

癒やされるどころか胃が痛い…

こんな貼り紙をしている水族館もあります。
ここは、愛知県蒲郡市にある「竹島水族館」。飼育員の三田圭一さんはこう言います。
「クラゲはとても繊細な生き物で、担当者からすると『癒やされる』どころか胃が痛くなります」
なぜそんな思いをするのか、三田さんの話です。
「飼育しているクラゲは水流に乗ってフワフワ漂います。水流が止まると沈んでしまい、動こうとして水槽の底や角ですれて傷つき死んでしまうことがあります。そこで、水流の強さが大切なのですが、微調整が非常に難しく、毎日、目を配らなければいけません」
そして、生態が完全に解明されていないことも拍車をかけていると言います。
「ほかの水族館と同じエサを使って同じ温度管理をしてもうまく育たないことがあります。うちは試行錯誤を続けていますが、水族館によっては『簡単だよ』と話すところもあります。水質などの違いなのか、すごく不思議です」
さらに、新しいクラゲを確保するのもとても大変なのだとか。
「もう悲鳴を上げますね。ほかの水族館に分けてもらうよう頼むこともありますが、自分で海に取りに行くこともあります。ただクラゲはどこに流れ着くかわからない。釣りをしている人に『クラゲを見つけたら連絡ください』と頼んで回ることもあります」
そんな三田さんですが、最後にこう話してくれました。
「でも大変だからよけいにかわいく感じるし、閉館後に気づいたらボーッとクラゲを眺めて癒やされているときがあります」。

それでも魅せられる人たち

水族館の飼育員も手を焼くクラゲ。それでも癒やしを求めて飼育したいという人もいます。

東京・銀座の熱帯魚専門店「パウパウアクアガーデン銀座店」では、クラゲを飼育したいという問い合わせが10年ほど前から増え始めました。特に多いのが20代から30代の男性だそう。この店の販売担当の笠原翔さんは、こう話します。
「クラゲは入荷すればそのつど売れていきます。ブームは静かに続いています」
でも、クラゲの飼育は難しかったはず。聞くとクラゲの中でも比較的、飼育しやすい種類がいて、水流を起こす装置なども売られていると言うことです。

笠原さんは、「飼育には水温と餌の管理に特に注意が必要です。こうしたことを問い合わせてきたお客さんには伝えています」と話していました。

クラゲで関節症を治療する?

そんなクラゲですが、医療の世界で期待が寄せられています。大発生が問題となったエチゼンクラゲなどから抽出した「ムチン」という化学物質が、ひざなどの病気の治療に使えることが10年前、実験で確認されたのです。
当時の研究グループの1人で、現在、北里大学理学部教授の丑田公規さんは、「大発生で漁業に被害を与えていた『エチゼンクラゲ』を、何とか有効活用できないかと研究を始めました」ときっかけを話してくれました。

研究グループは、クラゲから取り出した「ムチン」を「ヒアルロン酸」という物質と一緒に、関節の軟骨がすりへった「変形性関節症」のウサギに注射。その結果、ほとんど歩けなかったウサギが2か月余りたつと歩けるようになったということです。
「ムチン」は人の粘液に含まれるものと極めて似ていて、今後、技術の進歩が必要ですが、関節症の治療などへの応用も期待されています。

丑田教授は、「驚くべきことに、クラゲの体には有機物が1~2%しかありません。それで体を動かしているのですから不思議な生き物ですよね。科学の進歩によって、クラゲがより私たちの暮らしを豊かにするものとして使われてほしいと思っています」と話しています。

フワフワしてるだけ でも愛情込めてます

もう一度、毎日、クラゲと向き合っている人の話をご紹介します。浜松市の水族館の飼育員・青木窓菜さんです。地獄絵図にならないよう頑張っている貼り紙を作成した方です。そこには、こんな文字もありました。
「クラゲってフワフワしているだけですがマジでフワフワしているだけ なので飼育員が愛情を込めながら育てています…」
青木さんは、担当する生物の中でクラゲがいちばん手間がかかるといいます。
「皆さんクラゲを見ると『かわいい』と言うんですけど。かわいいより大変さが勝ることもあるんです」
そして今回、貼り紙が話題になったことを、うれしそうに話してくれました。
「水族館の仕事はどれもそうですが、みんな苦労したり工夫したりしてもあまり反響がないことも多くて。こんなに話題になってびっくりしていますが、頑張っていることが少しでも伝わったら、と思います」