水道管パニック ~救世主は“日本発”ベンチャー~

水道管パニック ~救世主は“日本発”ベンチャー~
蛇口をひねってもお湯が出ない。突然の停電。道路は穴だらけ。世界最大の経済大国、アメリカのことです。多くの場合、インフラの老朽化が原因です。とりわけ深刻なのが水道管。年間24万件の破損が起きています。半年ほど前にはロサンゼルスで敷設から約100年になる水道管が破裂し、住宅街が水浸しになりました。こうした中、破損する確率が高い水道管をAI=人工知能で予測する新しいシステムが注目を集めています。開発したのは日本人CEOが率いるシリコンバレーの会社。いったいどのように予測するのでしょうか。(ロサンゼルス支局長 飯田香織)

水漏れは日常茶飯事

「オズの魔法使い」の舞台として知られる中西部カンザス州。1861年に州都になったトピカ市では古い町並みが広がります。

市では、敷設から100年を超える水道管が珍しくなく、老朽化などが原因で年間500件を超える水漏れに悩まされています。取材に訪れた日も、道路が水浸しになっているという連絡が入り、駆けつけた作業員が周辺を掘り返したところ、穴が2つもあいた水道管が見つかりました。
市の水道局は、まるでモグラたたきのように壊れた箇所を修理しながら、全長1400キロにおよぶ水道管を更新する作業を進めているということです。

問題は予算です。水道管の更新に充てられる予算は2023年にかけて毎年400万ドル(約4億3000万円)。市によりますと、1マイル(1.6キロ)の水道管を更新するのに100万ドル(1億円余り)かかり、このままではすべての更新に250年かかる計算だと言います。

トピカ市の問題は氷山の一角で、アメリカでは実に年間24万件に上る水漏れや破裂が起き、大きな社会問題となっています。

着目したのは日本人経営者

これに目をつけたのが、日本人が4年前に創業したフラクタ。シリコンバレーにある社員30人のスタートアップ企業です。
CEOの加藤崇さん(40)は、AI=人工知能を使って水道管の破裂や破損の時期を予測するシステムを手がけています。

社名のフラクタは、「とても複雑な図形」を意味する「フラクタル」から取り、「複雑なことをやっている」という思いを込めたそうです。
水道管の破裂や破損の時期をどのように予測するのでしょうか。カギとなるのは「環境データ」です。
水道管の敷設からの年数や長さ、直径、材質のほか、海岸線や駅からの距離など100種類以上の「環境データ」をAIに機械学習させ、地下にある水道管の劣化の状況を予測させます。
水道管は設置された環境で寿命が大きく変わります。鉄製のパイプの平均寿命は100年とされていますが、土壌や天候、さらには自動車の振動や周囲の人口動態などにより、30年程度で寿命を迎えるものもあります。

“もうかると思った”ユニークな経歴

「アメリカの水道管の破損、破裂の問題は深刻で、これに対するソリューションを提供すればお金がもうかると思い、水道事業にフォーカスした」
そう話す加藤さんは、ユニークな経歴の持ち主です。大学卒業後に就職した大手銀行を退職し、ヒト型ロボットベンチャーSCHAFT(シャフト)の創業者の1人となります。2013年にグーグルに会社を売却した当時、交渉の最前線に立ちました。
“連続起業家”として知られ、デスクにはSCHAFTの仲間と撮った写真と寄せ書きが誇らしげに飾ってありました。シリコンバレーにやって来た当初は、配管を点検するロボットでビジネスをしようと考えていたということですが、採算が合わず、加藤さんいわく「大失敗」。

ロボットから、AIを使ったソフトウエアの事業に軸足を移したのだそうです。

大幅なコスト削減に期待

相次ぐ水道管の破損に頭を痛めてきたトピカ市。ことし5月、フラクタの予測システムを導入しました。

市はこれまで、鉄製の水道管の平均寿命の100年を経過したものから順番に交換していました。

市水道局のブラクストン・コプリー副局長は、システムの導入がもたらす効率化によってコストを大幅に削減できるとみています。
「限られた予算をどの水道管の更新に優先的に充てるかを判断できるようになった。『あの地区の水道管が劣化している』という現場の声に依存せずに済む」
さらに、優先的に更新する必要がある水道管が“見える化”され、市議会議員や市民への説明も容易になると言います。

次のねらいは“逆上陸”

「配管の更新コストを抑えられます」

加藤さんはこのことばを決め手に、これまで全米18の州の40を超える自治体の水道事業者と契約を結びました。

いまねらっているのは日本への“逆上陸”。加藤さんによりますと、積極的なインフラ投資により漏水が年間200件しかない東京都を別にすれば、日本でも多くの地方都市が財政難により水道管の更新が遅れています。日本もひとごとではないと主張します。
「日本は海に囲まれているので水道管がさびやすいが、なおざりに、あるいはおざなりにされている。間違いなく今のアメリカはあすの日本だ」(加藤さん)
すでに川崎市上下水道局などと劣化予測サービスの実証実験を進めているということです。しかし、そもそもなぜ日本で始めなかったのでしょうか?

加藤さんは、日本ではアメリカと違い、実績のない会社はデータを提供してもらえなかっただろうと指摘します。アメリカで成功している会社として日本に“逆上陸”するからこそ、データを出してもらえると話しています。

シリコンバレーの起業家精神を大事にしながら、経営トップや技術の責任者が日本人であることを全面に押し出して、日本でもビジネスチャンスを広げていきたいと話しています。
ロサンゼルス支局長
飯田香織
1992年入局
京都局、経済部、ワシントン支局などをへて
2017年からロサンゼルス