話せるけど、わからない

話せるけど、わからない
外国人の急増にともなって増え続けている外国人の子どもたち。そんな中、日本の学校で課題として浮かび上がってきているのが、日本語の指導が必要な外国人の子どもたちの増加です。日本語がわからないまま日本に来る子どもたちが増えれば、当然日本語の指導が必要になる子どもたちも増える。でも問題は、そんな単純なことではないようです。そこにはある「壁」があるんです。どんな「壁」なのでしょうか。現場に行ってみました。(福井放送局記者 藤田陽子)

学習支援教室「オラ・バモス」

取材したのは、人口の5%を外国人が占める福井県越前市です。大手電子部品メーカーの工場があり、日系ブラジル人を中心に多くの外国人労働者が暮らしています。
その越前市に去年10月に開設したのが、外国人の子どもたち向けの学習支援教室「オラ・バモス」です。ポルトガル語で「さあ、頑張ろう」という意味が込められています。地域で増える外国人の子どもたちを支援しようと、教員OBや大学生たちがボランティアで始めました。

約40人の子どもたち 大半が日本語ペラペラだけど…

学習支援教室が毎週月曜に開かれていると聞いて、早速行ってみました。

教室が始まる午後4時ごろになると、小学1年生から10代後半の子どもたちが次々と集まってきました。教室に通うのは約40人で、ほとんどが日系ブラジル人です。

子どもたちは教室に入ってくると「ただいま」と日本語で元気にあいさつして、早速勉強の準備。外国人の子ども1人から2人に対してボランティアの先生1人がついて指導が始まりました。
学習支援教室で学ぶ子どもたちは、ほとんど日本語ができずに、基礎的な日本語を学ぶ「日本語教室」のような場所を想像していました。

しかし、実際に教室での様子を見ていると、外国人の子どもどうしでも日本語で会話をしていることに気付きました。中には、日本人と同じような日本語を話す子どもたちも多く、意外でした。

でも何度か教室を訪ね、勉強の様子を見ていると、何か見えない「壁」にぶつかっているように感じるようになりました。

母国語は日本語

中でも気になる1人の女の子がいました。日系ブラジル人で中学3年生の塩沢ルミさん(14)です。ルミさんは、毎週欠かさずに通い、ひときわ熱心に宿題に取り組んでいました。
塩沢ルミさん(14)
話を聞いてみると、生後4か月で祖母と母親と一緒に、ブラジルから日本に来たといいます。日本育ちなので日本語は流ちょうで、私の質問にもそつなく答える姿から「そうめいな子だな」という印象を受けました。

家庭ではポルトガル語も使うそうですが、ルミさんは小学校から日本の公立学校に通っているので「ポルトガル語は苦手。母国語は日本語です」と話していました。

何がわからないのかがわからない

ルミさんが得意なのは、暗記。漢字テストでは100点を取ることもあったり、選択肢を選ぶだけの問題も得意です。

でも、文章問題が増える小学4年生ごろから授業について行くのが難しく感じるようになったそうです。中学3年生になったことしの定期テストでは、5教科の合計点が合わせて200点にも届きませんでした。

教室で教える松原香代子さんは、ルミさんが来た当初、教科書に書いてあるようなことばを読み解く力が十分に身についていないと感じたといいます。
松原香代子さん
「ルミちゃんは中学2年生で教室に来ましたが、小学4年生で習ってるはずの『分数』や『等分』ということばの意味がわかっていませんでした。ですから、実際にケーキを切って、3つにわけたうちの1つを3分の1というんだよ、示してあげてようやく理解できました」
確かに、ルミさんが勉強をしている様子を見ていると、教科書をすらすらと読み上げていても、「書いてある意味がわからない」「理解ができない」と訴えて、顔を覆うこともありました。

どうしてわからないか聞いてみると…
「授業は聞けるし、教科書は読めます。でも、どこから分からなくなったのかも、何が分からないのかも分からない。そこがいちばん困っているところです」
教室を見てみると、ルミさんのように日本に幼くして来たり、日本で生まれ育ったりしていても、小学校中学年ごろから授業について行けなくなるケースが多く見られることがわかりました。

ルミさんは、特殊なケースではないようです。

日常会話は単文で情報量が少ない

日本で生まれ育っても、なぜ読み解く能力が十分につかないのか。移民政策や異文化教育が専門の明治大学の佐藤郡衛特任教授に聞いてみました。
「幼いときに日本に来た外国の子どもたちは、家庭では学習のサポートを全く受けられないというケースも少なくありませんが、それでも日常的な会話は自然に身についていきます。また、日常のコミュニケーションは身ぶり手ぶりやあいまいなことばでも成立します。要は、日常会話というのは極めて単文で情報量が少ないんです。一方で、学校での学習となると、必要となる単語の数が非常に増えてきます。ただ、外国人の子どもたちは、学校以外では学習に必要となる単語の数や概念がなかなか身につきません。だから、学年が上がるごとに文章が複雑になっていくと、文章は読むことができても、意味を理解することができなくなってしまうんです。」

「学習言語」の壁

こうした学習に必要となる単語や概念は「学習言語」と呼ばれ、文部科学省が外国人の子どもたちの学習支援のためにまとめた資料の中では、日常会話は1、2年で身につくとされています。

一方で、授業についていけるようになるための「学習言語」を習得するためには、「読み」「書き」などの日本語の勉強が5年以上、必要だと説明しています。例えば日本人でも英語を勉強する場合、日常会話程度の英語のやり取りであれば、それほどたくさんの単語を必要としません。

一方で、英語の文章を読んで内容を理解したり、英語を使って専門的な説明をしたりするとなれば、必要な単語の数が急激に増えるとともに、覚えなければいけない文法や概念も増えるのと同じように考えれば、どれだけ大変か理解できるかもしれません。

ルミさんの家に行ってみると

夕食時にルミさんの家にお邪魔させてもらうと、母親とのやり取りはポルトガル語と日本語で行われていました。
「お腹いっぱい?」(母親・ポルトガル語)
「少しかな」(ルミさん・日本語)
「たくさん食べないといけないよ」(母親・ポルトガル語)
「なんで」(ルミさん・日本語)
「成長するため」(母親・ポルトガル語)
「嫌だ」(ルミさん・日本語)
家にテレビや新聞はなく、日本語で書かれた本も見当たりませんでした。母親との会話で使われる日本語も、母親にわかるようにごくごく簡単な日本語です。
「難しい話はしません。お母さんに聞いても何かかわいそうだなって思ったりするから聞かないです」(ルミさん)
「学習言語」が身につかないということがどういうことなのか、その一端が理解できたような気がしました。

法律ができるけど

今国会で成立を目指し、審議されている法律があります。「日本語教育推進法」です。

これまで外国人の子どもたちをめぐる日本語の教育は、全国的なカリキュラムがあるわけでもなく、ほとんどの学校では初歩的な日本語指導しか行われていません。越前市の学習支援教室のようなボランティアや、NPO、それに自治体の現場任せになってしまっているのです。

こうした現状を踏まえ法律では、日本語教育の推進についての施策の実施は「国と地方公共団体の責務」と明記されています。

しかし佐藤特任教授は、この法律について一定程度評価するとしつつも、学習言語のサポートを行うための施策も欠かせないと指摘します。
「これまでは『学習言語』も含めた、外国人の子どもたちへの日本語指導について、体系だった議論はほとんどされてきませんでした。日本語指導は、地域のボランティアが大きな力となっていると同時に、依存してきたと言えます。法律ができることによってそれをどう一歩進めていくのか。日本語指導の専門人材を育成する必要がありますが、財政的な裏付けをどうするのか。こうしたことをきちんと議論していく必要があると思います」(佐藤特任教授)

取材を終えて

「国籍に関係なく、どんな子どもでも夢を持ち、実現していける社会であってほしい」

越前市の学習支援教室で教えるボランティアの先生たちが、口をそろえて話していたことばです。

これから日本社会を支えていくことになる、ルミさんのような子どもたちが、それぞれの能力を伸ばしていける学習環境が整っていってほしいと、今回の取材を通して強く感じました。