激変!刑事司法~裁判員制度10年~検事の“本音”に迫る

激変!刑事司法~裁判員制度10年~検事の“本音”に迫る
裁判員制度の導入から10年。今月1日からはえん罪の防止を主な目的に一部の事件で「取り調べの録音・録画」が義務化されるなど、捜査や裁判の姿は大きく変わりました。シリーズ2回目は検事の“本音”に迫ります。
今回、NHKは霞が関にある官庁の中でも特に取材が難しいとされる検察庁と交渉を重ね、東京地方検察庁の現役の検事6人から匿名を条件に詳しく話を聞くことができました。東京地方裁判所の裁判長5人の“本音”に迫った前回の取材では裁判長たちが、検事が取調室で作成した供述調書を重視する「調書中心主義」から法廷で被告や証人が話す内容を重視する「公判中心主義」に大きくかじを切っている実態が鮮明になりました。
こうした刑事司法の変化を現場の第一線の検事たちはどう受け止めているのか。そこから浮かび上がったのはこの10年で現場の検事と裁判官の間に新たに生じた“事件の真相解明”に対する考え方の違いでした。
(社会部司法クラブ検察担当記者 橋本佳名美・永田知之・守屋裕樹・宮崎良太・森龍太郎)

裁判員裁判 捜査への影響は

私たちが話を聞いたのは東京地検で捜査や裁判の立証で中核を担う40代前半から50代前半の検事6人です。

かつての刑事裁判では検事が取調室で作成した供述調書は基本的に信用できると考えられていました。捜査段階で自白していた被告が法廷で否認しても、供述調書のほうが信用できると判断されるケースが多く「調書中心主義」とも言われていました。
しかし裁判員裁判の導入で裁判は「公判中心主義」に変わり証拠としての供述調書の重要性は低下しました。

また裁判員裁判は刑事裁判を「精密司法」から「核心司法」に変えました。一般の人が参加する裁判員裁判では審理を短期間に集中して行う必要があるため検察が集めた大量の証拠を調べるのではなく、有罪か無罪かと量刑に関わる必要不可欠な部分に争点を絞り込む考え方です。
6人に最初に尋ねたのは、裁判員裁判の導入が捜査の現場にどのような影響を与えているかです。

6人の検事全員が異口同音に強調したのは意外にも、「真相解明のために行うべき捜査は制度導入前と変わらない」という考えでした。
A検事
「捜査はこれまでも真相解明を主眼に置いてきました。犯罪の動機や経緯、結果などを解明して、初めて適正な処分ができます。これは制度の導入前から変わらないことで、その観点を忘れずに捜査に当たっています」
B検事
「捜査が以前と比べて大きく変わったことはないと思います。捜査段階では裁判の争点がどうなるかわからないため、ありとあらゆる可能性を考えながら、適正に、緻密に捜査していくことが必要です」
一方、裁判員裁判の法廷では裁判員が見て聞いてわかる説明が求められます。このため捜査段階からなるべく法律用語を使わずわかりやすい言葉を使うなどの工夫を心がけているといいます。
C検事
「証拠をどうビジュアル化するかとか、法律用語をなるべく多用せず、平易な表現を心がけています。裁判で目で見て、耳で聞いて分かる立証ができるよう捜査段階から意識しています」
D検事
「例えば、殺人事件で被告が自分の家から持ち出した包丁を使った場合、昔は『所携』の包丁と表現していましたが、『所携』という言葉は辞書にも載ってないし、パソコンでも変換されません。強盗事件でも法律用語では物を奪い取ることを『強取』という言葉で表現していましたが、最近は字で見ても、耳で聞いてもわかる『強奪』という言葉に変わりました」

取り調べの録音・録画 捜査への影響は?

今月からは殺人や強盗傷害など裁判員裁判の対象事件と検察の独自捜査事件で、取り調べのすべての過程の録音・録画を義務づける新たな制度がスタートしました。元厚生労働省の村木厚子さんが無罪になった事件や大阪地検特捜部の証拠改ざん事件などをきっかけに導入されました。自白の強要や誘導など不当な取り調べを防ぐことが主な目的です。
取調室には録音・録画設備が整えられるようになった
検察庁では義務化に先行して、多くの事件で全過程の録音・録画を試行的に実施してきましたが、義務化に向けた議論の中では「容疑者の供述が得られなくなり、真相解明が困難になるおそれが強い」として全過程の義務化に反対する意見もありました。録音・録画の導入で検事の取り調べに変化は出ているのでしょうか。
C検事
「取り調べのやり方は染みついているので、録音・録画の導入前も導入後も変えようがないし、変えたつもりはありません。一方、映像が残ることで、共犯者に供述内容が伝わるのを恐れてか、一切しゃべらない人もいます。録音・録画がなければもう少し供述しているのではないかと思います」

A検事
「取り調べでの供述の内容が問題になったとき、検証が非常に容易になったということは言えると思います。一方、特殊詐欺とか組織犯罪の関係者では録音・録画によって態度を硬化させ、供述しづらくなるデメリットもあると思います」
録音・録画のメリットやデメリットを議論するまでもなく、現場の若手検事たちは自然に受け入れているという指摘もありました。
D検事
「10年余り前に、検察庁で録音・録画の試行が始まった後、任官した検事も多く、録音・録画はすんなり受け入れられています。動画で撮影されることに慣れている世代では自分の姿を撮られることに抵抗がないことも関係していると思います」
一方、録音・録画をめぐっては、捜査への影響とは別に、自白した場面が録画された映像を裁判の証拠としてどのように取り扱うかが議論になっています。

例えば、取調室で犯行を自白した被告が供述調書への署名を拒否した場合。調書は証拠として使えないため、検察側は自白する様子の映像を法廷で上映し、有罪の立証に使うことを検討します。

一方、専門家からはこうした映像の法廷での上映について、「容疑者が検事に迎合してうその供述をすることもある」とか、「映像はインパクトが強く、裁判員が身ぶりや手ぶりに引きずられ真実の供述と思ってしまう」などとして慎重に判断すべきだという指摘もあります。

実際の裁判では上映を認めるかどうか判断が分かれていますが、有罪を立証する証拠としての上映は認められにくい傾向にあるとされています。

こうした裁判所の姿勢については複数の検事が「疑問に思う」とか、「悔しい思いだ」などと述べました。
E検事
「手を加えたわけではない客観的な証拠があるのに法廷に出せないのは、現場としては大変悔しい思いです」
B検事
「もし真に有罪である被告が取り調べの映像が上映されないために、無罪になるとすれば、国民の理解はなかなか得られません。裁判所に対してもその必要性を十分に主張して理解を得られるよう努力したいです」
C検事
「仮に被告が取り調べで犯行を自白しているときに、その映像を裁判で使えないために無罪になりましたとは遺族に説明できません。必要がない場合もありますが、ケースによっては上映を認めてもらえるよう裁判所に理解を求めたいです」

“刺激証拠”の採用をめぐっても

裁判所の姿勢に対して、検事たちからほかにも疑問の声が上がるテーマがありました。遺体の写真や事件の瞬間を捉えた映像などいわゆる「刺激証拠」の取り扱いです。

6年前、福島地裁郡山支部で審理された強盗殺人事件の裁判で、裁判員を務めた女性が裁判で遺体の写真などを見せられ、急性ストレス障害と診断されたことをきっかけに裁判所は「刺激証拠」をイラスト化したり、必要性の乏しいものは、そもそも証拠から外したりする運用が定着しています。
遺体の状況はイラストで表現
F検事
「裁判所が『刺激証拠』を採用しない範囲が非常に広がっていると感じています。事案の真相解明という刑事裁判の機能に支障が出ると思います」
C検事
「検事が証拠を加工すればするほどオリジナリティーがなくなります。薄めると証拠の価値は下がり、量刑や事実認定の判断に影響を及ぼすのではないでしょうか。裁判員の方にはありのままの証拠を見て判断してほしいです。被害者が亡くなった事件ではその事実をしっかりと理解してほしい。当然の気持ちです」
B検事
「防犯カメラの映像は当初は刺激証拠とは考えられていませんでしたが、現状では裁判所は証拠の採用に消極的です。すべての事件でオリジナルの証拠を示す必要はないとは思いますが、家族の命が奪われたご遺族の気持ちを考えると裁判員にありのままの証拠を見て、適切な判断をしてもらいたいです」

検察幹部は

検察と裁判所の間にさまざまな“温度差”が生じていることを感じた今回の取材。幹部はどう受け止めているのか。東京地検のナンバー2・久木元伸次席検事に話を聞きました。
東京地検 久木元次席検事
「裁判員制度の導入で、検察として変わってはいけない部分と状況にあわせて柔軟に対応すべき部分はあると思います。ただ捜査の根幹、つまり真相解明に努め、適正な処分を決めるということに変化はないと考えています。基本・根幹は守りつつ柔軟性を持ち合わせて対応していきたいと思います」

刑事裁判での“真相解明”どこまで

シリーズの第1回で紹介した東京地裁の5人の裁判長への取材では裁判官たちが裁判員の存在を強く意識し、わかりやすい審理を推し進めようとしていることがわかりました。裁判ですべてを解明しようとするのはかつての『精密司法』だとして「『核心司法』の裁判で解明すべきなのは有罪か無罪かと、量刑を決めるために重要な部分に尽きる」と指摘する裁判長もいました。
一方、検事たちへの取材で浮き彫りになったのは彼らが被害者や遺族の存在を強く意識し、捜査や裁判を通じた「真相解明」に強いこだわりを持っていることでした。

裁判員裁判では「刺激証拠」や「取り調べの映像」だけでなく、審理日数を短縮するため、被告の生い立ちや被害者の人柄、事件の社会的な背景など主要な争点から離れた証拠は以前より、法廷で取り上げられにくい傾向にあります。

捜査や裁判の手続きを定めた刑事訴訟法の1条は法律の目的を「事案の真相を明らかにし、刑罰を適正かつ迅速に実現すること」と定めています。

裁判員制度の導入から10年。刑事裁判という枠組みの中で、私たちはどこまで「真相解明」を期待すべきなのでしょうか。裁判官と検事の間で“事件の真相解明”に対する考え方の違いが浮かび上がる中で、広く議論されるべきテーマだと感じました。

一方、検察にとってこの10年は裁判員制度への対応だけでなく、数々のえん罪事件や大阪地検特捜部の証拠改ざん事件で失った国民からの信頼回復を強く求められた期間でもありました。

刑事司法を取り巻く環境が激変する中でも、検察には「知力を尽くし真相解明に取り組む姿勢」と「独善に陥らない謙虚な姿勢」の両立を目指すことが求められています。

シリーズ「激変!刑事司法」、3回目は裁判員に選ばれた一般の市民が死刑判断に加わることの是非を考えます。
社会部司法クラブ検察担当記者
橋本佳名美
社会部司法クラブ検察担当記者
永田知之
社会部司法クラブ検察担当記者
守屋裕樹
社会部司法クラブ検察担当記者
宮崎良太
社会部司法クラブ検察担当記者
森龍太郎