激変!刑事司法~裁判員制度10年~裁判官の“本音”に迫る

激変!刑事司法~裁判員制度10年~裁判官の“本音”に迫る
司法の判断に市民感覚を反映させることをねらいに、裁判員制度が導入され10年がたちました。この10年で刑事司法は激変しました。これまでに裁判員や補充裁判員を務めた市民はおよそ9万人。変化は裁判員が参加したことによる市民感覚の反映にとどまりません。刑事司法そのものが変わったのです。私たちはこの10年に起きた刑事司法の変化をさまざまな観点から検証する取材を続けています。3回シリーズでお伝えする「激変!刑事司法」。第1回は裁判官編です。
現場の裁判官たちは刑事司法の激変をどのように感じているのでしょうか。裁判員を務めた人に対しては判決の言い渡しが終わった後、記者会見があり、取材の機会が設けられます。会見に出席するのは希望した人だけですが、それでも重大な裁判を中心に、裁判員が感じたことが社会に報じられてきました。
しかし判決を出した裁判官が記者会見に出てくることはありません。判決に書かれたことが裁判官が示した判断のすべてであって、それ以外のことを話すべきではないと考えられているからです。
ふだんから裁判の取材を担当するわれわれ記者も判決を出した裁判官に取材できる機会はありません。
今回、裁判員制度10年に合わせて、刑事司法の変化について現場の裁判官に取材したいと東京地方裁判所に申し込んだところ、匿名を条件に5人の裁判長への取材が特別に許可されました。法廷で身にまとう黒い法服を脱ぎ、取材に応じた裁判長たち。本音に迫りました。
(社会部司法クラブ記者 田中常隆・山下茂美・原野佑平・馬渕安代・北田敦士)

裁判長が語る 知られざる評議の場

A裁判長
「裁判員と議論していくと、法律以外のさまざまな経験による見方が入ってきますので、私自身もハッとさせられることがあります。検証が多角化し、裁判全体の力が上がっているような感じがします」
裁判員と裁判官が判決内容について話し合うのが「評議」で、内容には守秘義務が課せられます。評議の結果は判決に反映され、何が議論になったのかは判決文を読んで推測するしかありません。
もともと裁判員制度を導入して裁判に市民感覚を反映させようとした背景には、市民感覚からかけ離れた判決が出ると国民の司法に対する信頼が揺らぎかねないという司法関係者の危機感がありました。裁判員裁判が始まるまで、法律家に囲まれた世界にいた裁判官にとって、日常的に評議の場で市民と話し合うのは非常に有意義だと感じているようです。

取材が許された5人の裁判官はいずれも裁判長を務めるベテランで、40代後半から50代です。

B裁判長は若い裁判員の意見も貴重だと話してくれました。
B裁判長
「男女関係に関わることなど、若い人と年配の人とで、ものの見方にかなりギャップがあると思いませんか。家庭内の事件や、男女関係のもつれによる事件では、いろんな世代の方に入ってもらったほうがいいんじゃないかと思います。評議で意見がまとまっていくこともあれば、最終的に多数決になることもありますが、そういうプロセスを経て出た結論のほうが、深みのある判断になると思います」
また、いずれの裁判長も異口同音に話してくれたのが、裁判官の成長です。裁判員と日々接することが、裁判官を成長させていると言います。

具体例をあげて説明してくれたのはC裁判長です。刑事裁判では、被告が反省していると認められる場合や、被害を弁償している場合には一般的に刑が軽くなります。これについて裁判員から「被告が反省したり弁償したりするのは当たり前で、なぜ刑を軽くする必要があるのか」と質問を受けることがあるそうです。
C裁判長
「裁判官にとって当たり前だと思っていたことを、いざ評議で説明しようとすると、意外と難しいんです。専門用語で説明してしまうと素人の反論を許さないことになってしまってフェアじゃないので、それはできるだけ避けています。簡単なことばで誰にでもわかるように説明するのは、物事の本質がわかっていないと、とても難しい。そういうことで裁判官は鍛えられていると思います。検察官や弁護士はそういう場面がないので、苦労されると思います」

取材では、裁判員が参加していてよかったと感じたことや、裁判員の意見に驚いたことがないか、エピソードを尋ねました。

D裁判長があげたのは、ある誘拐事件の裁判員裁判。誘拐事件では、被告が被害者を解放していたら刑を軽くできる「解放減刑」という規定があり、裁判では、被告が被害者を解放したといえるかが争点になったそうです。
D裁判長
「『解放減刑』が争われる裁判はめったになく、裁判官にとってもあまりなじみがありません。ですが、評議で、ある裁判員の方が『誘拐事件が起きたときに被害者が解放されやすくするための、いわば政策的な規定ですよね。あまり厳格に判断し過ぎると規定の趣旨が薄まってしまうから、緩やかに認めるほうが規定の目的に合うのではないか』といった内容の意見を言われました。法律家ではない高齢の男性でしたが、率直にすごいなと思いましたし、日本人の知的水準の高さを感じました」

なぜ「解放減刑」という規定が設けられたのか、その背景まで踏み込み、どうするのが社会にとって有益かを意識して、裁判員が意見したことがうかがえます。判決では解放減刑が認められたということでした。

またE裁判長は「個人的な話」と前置きしたうえで、裁判員と議論していると、日本社会の将来性を感じることがあるという感想を話してくれました。
E裁判長
「裁判員の方は仕事や家庭がある中、社会貢献という気持ちで参加されて、一生懸命、議論していただいています。評議で熱心に議論が行われた後、ある裁判員の方から『日本ってまだ捨てたもんじゃないなと思いました』と感想を言われたんです。そこまで言えば極端かもしれないが、そういう気分になることはあります」

「調書中心主義」から「公判中心主義」へ

裁判員が参加したことによる市民感覚の反映。これは裁判員制度のねらいそのものであり、導入による大きな変化です。

しかし5人の裁判長に話を伺っていると、もっと熱心に話してくれた変化がありました。それは、審理の進め方が「調書中心主義」から「公判中心主義」に変わったことです。
C裁判長
「地裁からはしばらく離れていて、高裁で裁判員裁判の記録は見ていましたが、地裁に戻ったら裁判が様変わりしていました。裁判員裁判に初めて入ったときは衝撃を受けました」

裁判員裁判が始まる前、かつての「裁判官裁判」を振り返ってみましょう。

捜査機関が取り調べなどで作成した調書が大量に証拠として申請され、法廷では、検察官が調書を猛スピードで読み上げていました。傍聴席で取材する私たち記者にとっても、何を主張したいのか、さっぱりわからないこともあるほど。

裁判官・検察官・弁護士の法曹3者には傍聴している人にもわかりやすい審理を、という意識はほぼ無かったように思います。
D裁判長
「昔の法廷は、結局、『記録を作る場』でした。検察官から書類をもらい、法廷に出てきた人たちの証言も書類にまとめ、それを裁判官室で読み込んでいました。情報をなるべく幅広く集めて、大事な情報かどうかはあとでゆっくり考えようという形です。ある意味、法廷は『つまらない』ものでしたね」

「調書中心主義」から「公判中心主義」へ。それは法廷の審理の進め方が変わっただけではなく、刑事司法全体に影響を及ぼす大きな変化でした。

かつての「調書中心主義」の裁判では被告の供述のほか、被害者や目撃者、共犯者などの供述をすべて調書にまとめられ、検察が有罪の立証に必要なものをすべて証拠として申請し、多くが採用されていました。

そして検察官が作った調書は基本的に信用できると考えられていました。例えば、捜査段階で自供していた被告が法廷で否認して調書と違う内容の証言をした場合、検察官の調書のほうが信用できるとして、証拠採用されることが多くありました。

裁判員裁判が始まり、審理の進め方が「公判中心主義」に変わると、争点に関係する部分については法廷に証人を呼んで、直接話を聞くようになりました。裁判官は調書ではなく、法廷で被告や証人の話を直接聞いて、有罪か無罪かといった心証を取るように変わったのです。
E裁判長
「当初は半信半疑でした。被告が罪を認めている事件だと、やはり捜査段階の供述調書を使ったほうが効率的だろうと思っていたんです。しかし、いざやってみると、法廷で直接話を聞いて心証を取ると、その場で私たちの疑問点を確認できるメリットもありますし、関係者の記憶の濃淡もよく分かるようになりました。公判中心主義は人手がかかるという側面はあるかもしれませんが、理念として考えればデメリットはないと思います」

「公判中心主義」に変わり、裁判員に分かりやすい審理が行われるようになった結果、法廷での審理は私たち傍聴人にとっても劇的にわかりやすいものに変わりました。

C裁判長は憲法に「裁判は公開の法廷で行う」と定められていることを念頭に、法廷でわかりやすい審理を進めることの重要性を指摘しました。
C裁判長
「結果的に傍聴人にとっても裁判の内容がわかりやすくなりましたが、公権力の行使が透明な形でチェックされることは憲法が想定していることです。私たち裁判官もその批判に耐えられるだけのことをしていかないといけないので、責任の重大さを感じています」
「公判中心主義」に変わると、必然的に裁判での調書の重要性は低下しました。過去に発覚したえん罪事件では、捜査機関が被告に自白を強要し、裁判官もその調書が信用できると認めてしまい、えん罪を防げなかったことが多々ありました。これを教訓と受け止めていました。
B裁判長
「捜査機関が供述を取ること自体は必要なことだと思うんです。検察官は起訴するかどうかを判断する必要があるので。しかし、法廷で最終的に判断する立場としては、調書という伝聞か、本人に直接聞くのか、どちらにしますかと言われれば、普通は後者になるはずなんです」
C裁判長
「捜査段階の取り調べをするのは片方の当事者である検察官ですよね。弁護人が立ち会えるわけでもありません。それなら正々堂々と、弁護士も検察官も立ち会える法廷で審理し、第三者の裁判官が評価する。それが真実の発見にいちばん近いはずです」
A裁判長
「捜査機関が無理やり取った調書はいらないと思っています。自白だけのほうが危ない。容疑者によっては取調官に迎合したり、その場から逃れるためにうそを言ったり。そういったことがこれまでいっぱい起きましたから。昔の刑事裁判の判決文は、被告の自白がそのまま書かれ、ドラマになっていて、それが真相解明だと誤って捉えられていました。網を広げすぎたために大事な客観証拠を見落としていたなんていう例は枚挙にいとまが無いですから」

かつての裁判で認定していたのと同じように、検察官が作成した調書を信用できると考えている裁判長はいませんでした。

「公判中心主義」によって裁判における調書の重要性が低下する中、今後、捜査機関の取り調べはどうあるべきか、検察がよく考えるべきだと指摘する裁判長もいました。

「核心司法」推し進める裁判官

裁判員制度の導入に伴って、もう1点、大きな変化がありました。「精密司法」から「核心司法」への変化です。

「精密司法」とは事実認定を精密に行うべきだという考え方で、かつての刑事司法は犯行の様子や動機などを細かく解明しようとしていました。

しかし裁判員に審理に参加してもらう以上、短期間に集中して行う必要があるため、審理すべきテーマは重要な争点に絞らざるをえません。

そのために裁判所が掲げている考え方が「核心司法」です。有罪か無罪かと、量刑に関わる必要不可欠な部分に争点を絞り込むという考え方に変わりました。

現場の裁判長たちは一層、「核心司法」を推し進めていくべきだと考えています。
B裁判長
「何でもかんでも解明するというのは精密司法的なんです。核心司法では、有罪か無罪かという点と、量刑を決めるために重要な部分が核心なんです。裁判で解明すべき部分はそこに尽きます」
D裁判長
「この事件では何を判断すべきなのか、裁判官が解説しなくても裁判員の皆さんがストンとふに落ちるようにすることが大切なんです。例えば評議の場で、裁判官が『共謀というのはですね…』などと説明すると、そこには裁判官の考えが入ってしまう可能性もあると思うんですね。法廷で裁判員たちが、自分が何を判断しなければいけないのか、自然とわかるようにしないといけないんです」
裁判員裁判の対象となる事件は、比較的罪が重い事件で、対象外の事件については今も裁判官だけで審理され、かつてのような精密司法的な裁判が今も行われています。

裁判長の1人は裁判官だけで審理する裁判についても、核心司法を推し進めるべきだと考えています。
C裁判長
「裁判員裁判は証拠が厳選され、核心司法だと言われているのに、裁判官だけの裁判のときは、いまだにどーんと大量の書面が出てきます。殺人事件では書面が少ないのに、詐欺事件は書面がたくさん出てきます。裁判官だけでの裁判も、核心司法で証拠を厳選すべきです」

これからも変わる刑事司法

裁判員制度10年は、あくまで1つの通過点にすぎません。刑事司法を様変わりさせた「公判中心主義」や「核心司法」。取材に応じた5人の裁判長は、こうした変化に自信を深めつつも、現場でさらに改善に努め、刑事司法をよりよいものにしたいという意欲にあふれていました。刑事司法の変化はこれからも続きそうです。

最後に東京地裁の刑事部のトップに公式見解を尋ねました。
「この10年は法廷をわかりやすいものにするために、裁判官だけでなく、検察官、弁護士も非常に努力して、今に至っています。しかしそれでも、複雑な事件では法律家の考えだけで裁判の争点が設定されて、裁判員から『何を判断していいか分からなかった』という意見が寄せられることがあります。もっと分かりやすい法廷にして、裁判員の方たちにもっと自分の感覚に基づいた意見を言ってもらう環境づくりが必要だと考えています」
今回取り上げたこと以外にも、保釈が認められるケースが増えたことや、凶器や遺体の写真といったいわゆる「刺激証拠」の採用が減っていることなど、刑事司法ではさまざまな変化が起きています。

裁判所が推し進める刑事司法の変化は検察の捜査や立証にどのような影響を与えているのでしょうか。「激変!刑事司法」。第2回は検察官編です。
社会部司法クラブ記者
田中常隆
社会部司法クラブ記者
山下茂美
社会部司法クラブ記者
原野佑平
社会部司法クラブ記者
馬渕安代
社会部司法クラブ記者
北田敦士