“世界一有名な”アリーナの行方 ニューヨークのインフラ問題

“世界一有名な”アリーナの行方 ニューヨークのインフラ問題
ニューヨークのマンハッタンには、「世界一有名なアリーナ」とも言われる「マディソン・スクエア・ガーデン(以下「MSG」)」がある。

私くらいの世代だと「あ、あのボストンバッグ!」と思い出す人もいるのではないだろうか。

そのMSGの移転計画が進行中だというので取材してみた。
巨大都市・ニューヨークが抱えるインフラ問題が見えてきた。(アメリカ総局記者 野口修司)

MSGがどこに建っているか?

MSGでは、多くのスポーツイベント、アーティストのコンサートはもちろん、アメリカの共和党や民主党の党大会が開かれたこともある。ことし4月には、「新日本プロレス」が興行を行い大成功だったと、日本のメディアでも報じられた。
そうそう、世界に数多くいるアーティストの中で、このMSGで「最多公演」を誇るのは誰かおわかりだろうか(※答えは文末に)。

多くのスポーツ選手、アーティストにとって「憧れの地」でもあるのが、このMSGだ。
その起源は1870年ごろまでさかのぼる。今の建物は、1968年からということで、数えて4代目。
そのMSGが“揺れている”。

というのは、その立地の問題だ。
収容人数が2万ほどもある、この巨大アリーナは、実は、駅の上に「乗っかっている」。

その駅は、ペンシルベニア駅(以下「ペンステーション」)。
全米有数の「巨大駅」で多くの路線が乗り入れ、一日中多くの乗降客でごった返している。

さしずめ、新宿駅の上に日本武道館(より大きいもの)があるようなものだ。

MSG移転計画

MSGに「移転」の話が持ち上がったのは、ペンステーションの混雑緩和が理由だ。

2023年に今の場所の「リース契約」が期限を迎える。
今から6年前の2013年8月、ニューヨーク市議会は「契約を延長しない」旨を決議する。
つまり、2023年以降は、別の場所に移ってほしいという市側の意思表示だ。

リース契約の期限まで、あと4年。
しかし、行ってみると移転する気配など、どこにもない。
それどころか、MSG内には新たな観客席も設置され、リノベーションも進んでいた。
ちょっと、驚きだ。

こんな大規模な街の真ん中の移転計画が、もしかして宙ぶらりん?

「いったい、どうなっているんだろう」。

MSG、市の双方に取材を申し込むが、明確な答えはなく、カメラの前でのインタビューにも応じられない、と。

しかし、周囲の取材を進めると、何となくその訳がわかってきた。

メガ・シティの老朽インフラ

世界でも有数の巨大都市ニューヨークは、長年使ったインフラの老朽化が激しい。

道路、水道はもちろんだが、地下鉄はかなり深刻だ。
完全に民営化されていないため、改修には公的な支援が必要なのだが、行き届いていない。
日本ではなじみの「非接触型」の改札機だって、先日、ようやく導入され、ニュースで大騒ぎ、という状況だ。
少し話はそれるが、改修工事の進め方も驚きだ。

マンハッタンから東へ延びる「Lライン」と呼ばれる路線は、当初は、なんと、改修のため「18か月間運休」する計画だった(ことしの4月から)。
私なぞは「24時間運行しないで、夜間に工事すればいい」と思うのだが、しない。
さすがに、去年末、クオモ州知事が「運休はしない」と宣言。
今は「週末は1時間に1本」の運行に減らし、並行して改修工事を行っている。

ニューヨーク州とともに、公的インフラに責任を持つのがニューヨーク市だが、先日、そのトップであるデブラシオ市長が、来年のアメリカ大統領選挙の民主党候補に名乗りをあげた。

その時の地元紙の一面が、これだ。
「ニューヨークから逃げ出した」「おい、デブラシオが選挙に出るってよ」という見出し。

遅々として進まないインフラ改修問題などをあげつらい、「ニューヨーク市民のために何もしてないくせに、大統領選挙なんて、よう言うわ!」という痛烈な批判なのである。

ケタ外れの改修費用

インフラには巨額の資金が必要だが、その確保が、何かと難しい。

先日、ニューヨーク州がまとめたインフラ再構築プランを見てみた。
道路や橋に292億ドル(3兆1500億円)、それを上回る299億ドルを鉄道改修に、ニューヨーク全体で総額1000億ドル(10兆円超)という、膨大な予算を掲げている。
問題は、その「財源」なのだが、これには書いてない(苦笑)。
と、思っていたところに、ニューヨーク州のクオモ知事が「大麻の合法化」を打ち出した。
カナダが導入し、大きなニュースとなったが、理由の1つが「合法化によって多額の税収が見込める」という点だ。

さらには、マンハッタンに乗り入れる車への「渋滞税」とも呼ばれる課徴金制度。

こうした新規の収入(税収)を、インフラ改修の財源に組み込む算段なんだという。それだけ「金がない」ことの裏返しでもある。

MSGが動かないワケ

こう取材してきて、「MSG移転問題」がちっとも動き出さない理由が、ようやく腹に落ちた。

「ほかに手がけるべきインフラ問題が多すぎて、金もないし、後回しになっているのでは」ということだ。

この問題に、ちょっとフタをしている、というか、優先順位が後ろに回されている、というか…。

ペンステーションの利用客には申し訳ないが、「もうしばらくの間、我慢してくれ」というのが現状ではないか、と。

かいま見える“コスト意識”

毎日歩いてもう慣れてしまったが、ニューヨークの道路はひどい。

雨が少し激しくなっただけで、雨水が濁流のように道路脇を流れ、金魚でも飼えそうな「池」が、あちこちに出現する。
雪が降れば、すぐ滑り、積もった雪で思わぬところに落とし穴ができてしまう。
バリアフリーなんて、ほとんど見ない。
大手町や丸の内でよく見るハイヒールの女性も、ほとんど見ない。
でも、みんな不便なんだろうが、それほど文句も言わず、歩いていることに気付かされる。
もともとピカピカではなかったので、さほどギャップも感じないのかもしれない。

さらに言えば「よくするためには、金がかかる」というコスト意識だ。
「(改修)してくれ」とは思うだろうが、「(当然)してくれるもの」とは思っていない…。
きょうも、MSGではビッグイベントが開かれ、真下のペンステーションでは不満もあるだろうが、多くの人が往来している。

ニューヨークに限らず、世界の大都市が直面するインフラの寿命、改修問題。「それには金(コスト)がかかる」という、当たり前の意識を、きょうも、つまずきそうになりながら、マンハッタンの街を歩いて、再認識する毎日なのである。
※なぞなぞの答えは、ビリー・ジョエル。ちなみに2位は、エルトン・ジョン!
アメリカ総局記者
野口修司

平成4年入局
政治部、経済部、
ロンドン支局などをへて
現職