その会社 買っても大丈夫?

その会社 買っても大丈夫?
「小さな会社を買って経営者になりたい」ーーーそう考えるサラリーマンが増えています。M&A(=企業の合併や買収)が、個人の間でも活発になっているというのです。ただ、取材を重ねると、成功事例ばかりではない実態も見えてきました。(経済部記者 渡部圭司)

M&Aセミナーの熱気

2月に都内で開かれた企業買収のノウハウを学ぶ大規模なイベント。「300万円からの会社売買と事業承継」と題したセミナーをのぞくと、サラリーマンら、およそ1000人が集まっていました。「自分で起業するよりも、今ある会社を買って引き継ぐほうが、事業を成功させる確率が上がる」。そう強調する講師に、多くの人が耳を傾けていました。

増えるマッチングサイト

個人が企業買収に関心を高める背景には、インターネット上で企業の売買を仲介する「マッチングサイト」の存在があります。

今や10を超えるサイトに、買い手を募る1000以上の企業が掲載されています。地域や売上げ規模、業種などから条件にあう会社を絞り込むことができ、中には250万円以下で売られている会社もあります。

売却の背景は

売却を希望する会社が増えているのは、中小企業が後継者不足に悩んでいるためです。
中小企業庁によりますと、2025年までの10年間に70歳を超える高齢の経営者は、全国に245万人。この半数に当たる127万人に後継者がいないといいます。そのまま廃業してしまうと650万人の雇用がなくなり22兆円のGDPが消失するとも試算されています。

後継者がいないのなら、第三者に売却してでも事業を継いでもらったほうがよいのではないか。マッチングサイトの登場で売却先を探すハードルが下がったこともあり、そうした考えが徐々に広がっていると言えます。

実態は…

しかし、個人による買収は必ずしも順調なケースばかりではありません。今回の取材で実際にサラリーマンを辞めて会社を買った人や買収を考えている人、10人以上に話を聞きましたが、成功していると言える人は一握りでした。

開示情報をうのみにするな

取材した1人、都内の会社に勤めている小田桐修さん(55)は、仲介サイトで見つけた「ネイルサロン」の買収を考えました。都内の一等地にあり、売り上げは5000万円以上、利益も1000万円以上とあり、魅力を感じたといいます。数回のメールのやり取りと面談を経て1か月後に700万円で買い取ることで基本合意しました。
ところが、その先に落とし穴がありました。会社のことを詳しく調べていくと、月々の売り上げなど、経営に関する資料がほとんどなかったのです。

お金の出入りを調べるため銀行の通帳を見せてもらうと、ネットに掲載した売り上げ額と大きな差異がありました。家賃や従業員の支払いなどの記録も見つからず、次々とずさんな実態が明らかになったため、小田桐さんは最終契約の直前に買収を取りやめました。
「そのまま買収していたら大変なことになっていました。自分の感想ですが、仲介サイトに掲載されている割安な会社を買って成功させることは非常に難しいという印象を持ちました。決算書自体も疑うような目でしっかり見ないといけませんね」(小田桐さん)

自分の適性の見極めを

大手専門商社に勤めていた30代の男性は、この春、金属加工メーカーの買収で合意しました。憧れていた経営者になれると心躍らせ、商社も辞めて引っ越し先も決めましたが、会社を引き継ぐ直前に、金融機関から買収資金を融資できないと断られました。理由は、男性の過信にありました。

買収を予定していた会社は長く業績が低迷していました。商社時代に培った営業力に自信があった男性は、取引先を拡大して売り上げを増やす計画を考えていましたが、金融機関は、立て直しが最優先だと判断。男性の再建手腕を疑問視し、融資が下りなかったといいます。
「最終契約まですんなりいくと思っていたので、ちょっと甘くみていたかもしれません。正直、資金調達はハードルではないと思っていました」(30代男性)
買収を検討している人に話を聞いていると、会社を買うこと自体が目的になってしまっていると感じることがありました。

せっかく買収できたのに、経営者の苦労を痛感してわずか数か月で売却した人。あせって買収したため隠れていた巨額の負債に気付かず、最終的に会社を破産させてしまった人。綿密な事前の調査に加えて、会社を買って何をやりたいのか、明確なビジョンを持つことは成功のための必要条件だと感じます。

専門家の育成を

少しでも成功事例を増やすにはどうすればよいのか。企業買収には、法務、税務、労務面などで専門的な知識が必要ですが、専門家を介さず当事者間だけで行われることもトラブルのもとになっています。口頭での約束や詰めの甘い契約書が後で問題となることが多くあるのです。

しかし、専門家に頼りたくても、特に地方にはM&Aに詳しい人材が少なく、専門の仲介会社に依頼すると手数料は高くなるため、気軽に専門家に頼めないのが実態です。

そこで期待されているのが、税理士や会計士です。4月に仙台で開かれたM&Aについて専門的に学ぶセミナーには、およそ240人の税理士が参加。秘密保持契約の結び方や売却する企業の価値算定のしかたなどの実務を学んでいました。

セミナーで講師を務めた仲介会社「ストライク」の荒井邦彦社長は、税理士や会計士をM&Aの専門家として育成し、買収を考える人のサポートができる体制を構築することが必要だと指摘します。
「会社を買う前にしかるべき専門家に相談することが重要です。特に個人による買収は、お互い会った印象が良かったなどという理由で意気投合すると、帳簿の確認や借金の有無など大事な確認を怠ってしまうことが多い。税金やお金のプロで、経営にも詳しい税理士にもっと積極的に関わってもらえばトラブルを減らせると思います」

日本の課題解決に

個人による企業買収が定着すれば、後継者不足という日本経済の大きな課題を解決する手だての1つになり得ます。終身雇用の考えが見直され、人生100年時代と言われる時代に「中小企業の経営者」がサラリーマンのキャリアの選択肢に加わることも、好ましいことだと思います。一過性のブームで終わらせるのではなく、支援体制の充実で成功事例を増やせるかが試されることになります。
経済部
渡部圭司

2002年入局
2014年から4年間
ニューヨークに駐在
現在、金融業界を担当