EUが生んだ“独裁者” 市民の支持にはワケがある

EUが生んだ“独裁者” 市民の支持にはワケがある
EU=ヨーロッパ連合に“独裁者”と呼ばれる指導者がいます。

28の加盟国の中で最も安定した権力基盤を持ち、先日行われたヨーロッパ議会選挙でも圧倒的な強さを見せました。

民主主義が最も発展していると言われるEUでなぜ“独裁者”は生まれ、支持されるのか。その理由を取材すると、EUが抱える構造的な問題が見えてきます。(ウィーン支局長 小原健右)

EUの加盟国なのに“好き放題”

「私にはヨーロッパを移民から守るという使命がある!私たちの文化と価値観を守るため、EUに変革をもたらす!」

発言の主はハンガリーのビクター・オルバン首相。“独裁者”と呼ばれるその人です。
5月26日に行われたヨーロッパ議会選挙ではハンガリーの議席の半数以上を獲得。発言は首都ブダペストでの勝利宣言の一節です。

その政治姿勢はどのようなものなのでしょうか。
中東などから大量の難民・移民が押し寄せた4年前の「難民危機」では、EUが人道的な立場から受け入れを求めたことに対して強く反発し、国境に電流が流れるフェンスを設けました。
EUが制裁を科しているロシアや、ファーウェイ問題などで警戒を強めている中国とは独自の外交を展開し、原発や高速鉄道の共同建設を進めています。
EUの加盟国でありながら、まさに「好き放題」やっているのです。

ですが、オルバン首相が独裁者と呼ばれる真のゆえんは、国内での権力形成にあります。

国のすべてを手に入れた“首相のガス配管工”

オルバン首相が国内でどのように富と権力を掌握してきたのか。
そのからくりを象徴する、ある側近の“サクセスストーリー”があります。
ルーリンツ・メイサロシュ氏。
アメリカの経済誌フォーブスが伝えるところによると、その総資産は1100億円以上でありながら、“首相のガス配管工”の異名をとります。

メイサロシュ氏はオルバン首相と同じ小学校の出身で、地元で小さなガス配管の工事会社を営んでいました。
それが5年前から突然、超大型の公共事業を相次いで受注するようになります。
ある分析ではこれまでに受注した事業の総額は2700億円。
過去最大の公共事業と言われる、新国立競技場の建設も手がけました。

公共事業でばく大な利益を得たメイサロシュ氏は、国内の大手銀行や電力会社、ホテルチェーン、さらには東京ドームの面積の8300倍以上にあたる広大な農地などを次々と買収しました。

今や所有する企業は300超。
ハンガリーの主要産業のほぼすべての分野で、トップかそれに次ぐシェアを保有していると言われています。

メディアの大半が“御用メディア”に

「メイサロシュ氏は氷山の一角でしかない」ーー

オルバン政権の腐敗を追及するNGOの代表、シャンドル・レダラーさんはそう指摘します。オルバン首相の、ほかの側近や親族も同じような手法でばく大な富を築いているからです。

オルバン首相は「私はビジネスと無関係だ」と一切の関わりを否定しています。

これに対して、レダラーさんは「オルバン首相の支援なくしてありえない。政権による国の私物化が取り返しのつかないところまで進行している」と指摘します。
しかし、オルバン首相に対する追及の声は国内では限られています。オルバン政権の腐敗を追及していたメディアも、ほとんどが買収されてしまったからです。

メイサロシュ氏に買収されたある大手新聞社では、記者全員が解雇されたといいます。

解雇された記者の1人は取材に対して苦々しそうに話しました。
「われわれの調査報道は政権の多くの不正を暴いてきた。しかし最大の誤算は、政権が報道機関にまで手を出さないと、たかをくくっていたことだ」(元大手新聞社記者のアンドラシュ・デージさん)
いまではハンガリーのメディアの大半が“御用メディア”と化して、政権にとって都合のよいことしか伝えないといいます。

“外国に支配されるよりはいい”

追及の声が小さい理由はメディアの姿勢だけではありません。
実は多くの市民もオルバン首相が権力を強化するさまを歓迎しています。

その背景にあるのがEUへの失望です。

取材の中で訪れたハンガリーの農村部では、それを象徴するようなことが起きていました。
村で見かけるのはお年寄りばかり。
かつてはワインの生産地として栄えましたが、EU加盟後はフランスやドイツとの厳しい競争にさらされたうえ、EUが掲げたワインの減産政策に応じてぶどう栽培をやめる農家も続出。
ブドウ畑の面積は、最盛期の4分の1にまで減ったといいます。

住民の1人はため息交じりに話しました。
「(EU加盟で)すぐに豊かになれると思い、西欧を信じた私たちがナイーブだったのはわかっている。でもあまりにも不利だった。オルバン首相はハンガリーの富を西欧から守ろうとしている。西欧に買収されてその言いなりになるよりも、ハンガリー人が独占したほうがまだいい」(ヨーゼフ・カルマーさん)
こうした現象は、この農村だけにとどまりません。EUに加盟した15年前、市民はハンガリーがすぐに西欧のように豊かになるだろうと、期待を膨らませていました。
しかし、実際に訪れたのは、人口流出と競争原理による駆逐とう汰でした。
ハンガリーの所得水準はEUの平均の3分の1にとどまり、労働力はほかの西欧の国々に流出。とりわけ農村部は深刻な過疎に悩まされるようになりました。
そこに訪れたのが4年前の難民危機でした。
100万人を超える大量の難民・移民が押し寄せるなか、EUは加盟各国による受け入れの分担を求めました。これが人々の失望を怒りへと変えました。

その怒りは今、自国第一主義を掲げて、EUとの対立姿勢を前面に打ち出し、強権的な政治を行うオルバン首相の支持につながっています。
側近や親族への富の集中も、国の利益を守るためのいわば“必要悪”だとして人々は受け入れているようでした。

EUの構造欠陥が“独裁者”を生む

人口流出や競争原理による駆逐とう汰が起きることは、EU拡大の副作用としてあらかじめ予想されていました。

自由、平等、人権の尊重を「基本的価値観」と掲げるEUですが、その実態は自由経済に基づく弱肉強食です。
オルバン首相のような“独裁者”をなぜ市民は求めるのか。
それは「たとえEUの中にいても、自分の身は自分で守らなければならない」ということを市民たちが身をもって知ったからなのです。

ヨーロッパ議会選挙では、イタリアやフランス、ポーランドでEUに懐疑的な勢力が第1党となり、EUに対する不満と不信感が各国で高まっていることが浮き彫りになりました。
しかし、これはEUの構造そのものが招いた事態であり、EU自身がまいた種だと言っても決して言い過ぎではないでしょう。

オルバン首相をはじめとした、EUに懐疑的な勢力はもはや少数派として無視することができないほどに発言力を増しています。EUの統合を推進してきた既存の勢力は、どのように答えていくのでしょうか。
ウイーン支局長
小原健右