長男の暴力は中学から 父親の元農水次官「身の危険感じた」

長男の暴力は中学から 父親の元農水次官「身の危険感じた」
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農林水産省の元事務次官の76歳の父親が44歳の長男を刺したとして逮捕された事件で、長男の暴力は中学時代から始まり、父親は「身の危険を感じた」と供述していることが分かりました。先週、川崎市で男が小学生らを殺傷した事件を見て「息子も周りに危害を加えるかもしれないと思った」とも供述していて、警視庁は詳しい経緯を調べています。
1日、東京・練馬区の住宅で、無職の熊澤英一郎さん(44)が包丁で刺されて死亡した事件で、警視庁は、父親で農林水産省の元事務次官、熊澤英昭容疑者(76)を逮捕し、容疑を殺人に切り替え検察庁に送りました。

熊澤容疑者は「長男は引きこもりがちで家庭内暴力があった」と供述していますが、その後の調べで、暴力は中学時代から始まり、最初は母親に、その後、父親にも行われ、「身の危険を感じた」と供述していることが警視庁への取材で分かりました。

さらに、先週、川崎市で51歳の男が小学生らを包丁で殺傷した事件を見て、「息子も周りに危害を加えるかもしれないと不安に思った」という趣旨の供述をしているということです。

事件直前には、長男が小学校の運動会の音がうるさいと腹を立てたのに対し父親が注意し、「周囲に迷惑をかけてはいけないと思った」と供述しているということです。警視庁は、川崎の事件を受けて家庭内暴力が外に向かうことを恐れた可能性もあるとみて調べています。

長男のものと見られるツイッターには

死亡した英一郎さんのものとみられるツイッターのアカウントには、8年前から連日数十件の投稿が残されていました。

その中には、両親について書いたとみられる内容も含まれていました。

父親については「庶民が、私の父と直接会話なんて、1億年早いわ。立場を弁えろ。私はお前ら庶民とは、生まれた時から人生が違う」などとその存在を特別視するかのような書き込みをしていました。

一方、母親に対しては、プラモデルを壊されたという書き込みの中で「自分の犯した罪の大きさを思い知れ」などと強い表現で責めていました。

また、中2の時に母親に暴力を振るったとする書き込みも残していました。

知人「元事務次官の息子を公言」

オンラインゲームやSNSを通じて、熊澤英一郎さん(44)と交流があったという女性は「常日頃から元事務次官の息子であると公言していて、『何かトラブルがあれば父親の権力を駆使してなんとかするので相談して』と言っていた。好き嫌いの激しい人だったので、オンラインゲームやSNS上で敵対している人には、容赦なく暴言を言うことはあったが、親しい人にはプレゼントをくれたり、励ましたりしてくれたりと、優しい面もあった」と話していました。

また、インターネット上で中傷されることに悩んでいたということで、事件の2日前の女性とのやり取りでは、「1度は自分もリアルを終わりそうになった」と自暴自棄になっているような様子もあったということです。

女性は「いつも苦しそうで、『心を開いて話せる相手がいない』とも言っていた。一人で抱えてしまうと、どうしてもマイナス方向になってしまうので、そういう人を救済するようなシステムができてほしい」と話していました。

事件に至る経緯

農林水産省の事務方トップ、事務次官まで務めた76歳の父親と、44歳の長男。親子の間で何があったのか、事件に至る経緯が少しずつわかってきました。

警視庁によりますと、長男の熊澤英一郎さん(44)は、中学2年のころから母親に暴力を振るうようになったとみられています。

父親の熊澤英昭容疑者(76)は「長男は中学生のころから家庭内で暴力を振るうようになった」と話しているということです。

長男は高校に進学しましたが、その後、両親とは別々に都内の別の場所で暮らしていたということです。

長男が再び練馬区の住宅で両親と暮らすようになったのは、事件のおよそ1週間前となる、先月下旬。突然、電話で「実家に帰りたい」と言ってきたということです。

その理由はわかっていませんが、捜査関係者によりますと、当時住んでいた都内の別の場所でごみの出し方などをめぐって近所の住民とトラブルになっていたということです。

実家に帰ってからの長男の様子について、父親は「部屋にいることが多く、再び暴力を振るうようになった」と話しているということです。

そして、事件当日となる、今月1日。練馬区の自宅の隣にある小学校では、午前中から運動会が開かれていました。父親は、長男が運動会の声援などについて「『うるさい』などと言っていたほか、攻撃的な言動をしていた」と説明しているということです。

それについて、父親が注意し、その後、事件が起きました。そして、父親は午後3時半ごろ、みずから「息子を刺した」と110番通報しました。

警視庁の調べに対し、父親は「川崎の事件を見ていて、自分の息子も周りに危害を加えるかもしれないと不安に思った」という趣旨の供述をしているということです。

熊澤容疑者 エリートポスト務めBSEにも対応

熊澤容疑者は東大法学部を卒業後、昭和42年に旧農林省に入りました。

農林水産省ではエリートポストと言われた畜産局長を務め、そのあとには国際分野を統括する事務方ナンバー2の農林水産審議官に就きました。

国際分野の担当が長く、GATT=ウルグアイラウンドなどではコメの関税化の対応に当たりました。

平成13年からは事務方トップの事務次官となりました。

国内で初めてとなるBSEの発生への対応に当たりましたが、畜産局長だった際に未然に防げなかったことの責任を厳しく問われ、次官就任から1年という短期で退きました。

その後、チェコ大使や農村や漁村の生活向上を目的とした「農協共済総合研究所」の理事長を務めました。

熊澤容疑者を知る農林水産省のOBは「省内の王道のポストを進んでいて、立派な仕事をするかただった。このような家庭内の事情は全く聞いたことがなかった」と話していました。

また、別のOBは「次官だった時を知っているが、このような事件を起こすようなそぶりは当時、全くなかった。川崎の事件もあり、相当追い詰められていたのではないか」と話していました。

前任の次官「報道を聞き驚がく」

熊澤容疑者の前任の事務次官だった高木勇樹氏がNHKなどの取材に応じ「報道を聞き驚がくでした。ことばにならず、私自身、涙が出てくる感じです」と話しました。

そのうえで、熊澤元次官について「私が次官の時に、当時農林水産審議官だった熊澤さんと一緒になって、コメの関税措置への切り替えが日本の農業にとって、消費者にとって、プラスになるという思いで二人三脚でやったことが非常に印象に残っています。仕事ぶりも非常にしっかりして、いろんなところで助けられました。いろんなところに気配りをして本当にできた人だった」と述べました。

また、高木氏は熊澤元次官の家族関係について「われわれは基本的に家族のことは話しません。私も熊澤さんに息子がいること自体知りませんでした」と話していました。

専門家「社会的孤立の象徴」

ひきこもりが長期化して親子が高齢化し社会から孤立していく問題は、それぞれの年齢から「8050問題」と呼ばれています。

「8050問題」の名付け親で、大阪・豊中市の社会福祉協議会の勝部麗子さんは今回の事件について「親が子どものひきこもりや家庭内暴力に悩みながらも親戚や近所に打ち明けられず、自分でなんとかしなければいけないと孤立を深めるケースは多い。公的な制度にも明るいかただったはずが、そういったかたでさえ相談窓口にたどりつけない社会的孤立の象徴だと思った」と指摘しました。

また、父親が先週、川崎市で男が小学生らを殺傷した事件を受けて「自分の息子も周りに危害を加えるかもしれないと不安に思った」という趣旨の供述をしていることについては、「人を傷つけることは決して肯定はされないが、『親の育て方が悪い』、『親が何とかしなければいけない』という自己責任のムードが社会に広がるとさらに声を出すことができなくなり、追い詰められる家族が増えてしまう」と話しました。

そのうえで、「中学のころから課題があったのであれば早期に専門機関につなげることもできたかもしれないので、家族が孤立しないよう相談できる環境を整えることが急務だ」と話していました。

経験者の団体「一人で悩まず相談を」

全国でひきこもりに悩む人たちの声を聞いたり、交流会を企画したりしている団体「ひきこもりUX会議」は、メンバーの多くもひきこもりだった経験があります。

この団体には、先月の川崎市の殺傷事件や1日、東京で農林水産省の元事務次官が長男を刺した事件のあと、ひきこもりの当事者や家族から相談のメールが数多く寄せられるようになったといいます。

相談は、「社会から追い詰められているように感じる」とか、「自分も事件を起こすと思われているのではないか」といった内容だということで、団体では、一人で悩まず相談するよう呼びかけています。

代表理事の恩田夏絵さんは「ひきこもりになる人にはさまざまな背景があり、ひとくくりにして見るのは非常に危険だ。ひきこもっている人は社会に復帰しようともがいている人が多いが、本人や家族だけではなかなか解決しない。年齢が高いひきこもりの人たちは、教育や福祉の支援からこぼれてしまうケースもある。家族や本人はどうか一人で悩まずに相談をしてほしい」と話しています。

専門家「抱え込まず情報共有を」

父親が「川崎の事件を見ていて自分の息子も周りに危害を加えるかもしれないと不安に思った」と供述していることについて、ひきこもりの人や家族の取材を続けているジャーナリストの池上正樹さんは「私のもとにも『ひきこもっている子どもを殺して自分も死ぬ』と父親が言って大げんかになったという相談のメールが母親から寄せられるなど、不安を訴える声がたくさん届いている。ひきこもりの子どもがいる家庭では似たような状況が起きているところも多いと思う」と話しています。

そして「ひきこもっているから事件をおこすというようなことはないので、家族の皆さんは心配をする必要はありません。川崎の事件の場合は容疑者自身に何かしらの事情があったのだと思います。ひきこもっている本人に『ひきこもり』だとかぶせるように言ったり、ひきこもっていることを悪く言って存在を否定したり、働けなくて家に居るのに『働け』と言うなど傷口に塩を塗って追い込むようなことはしないでほしい。追い詰めることで、ものに当たったり、まれに家族に暴力をふるったりすることなどはあっても、それが外の人に向かって事件を起こすということにつながるわけではありません」と話しています。

そのうえで、どうしたらよいかについては「周りに知られたくないと思い問題を抱え込んでしまうと、家族それぞれがストレスを抱え煮詰まって悲劇につながってしまいます。家族会などに出て、同じような当事者を抱えた人たちにつながると理解し合えたり、ヒントになるような気付きを得られるので、情報を共有するようにしてほしい」と話していました。