私が不登校になったわけ

私が不登校になったわけ
全国の中学校で不登校の生徒は約10万人。その陰で“隠れ不登校”と言える生徒が33万人もいるとみられるという衝撃の数字が、ある調査で浮かび上がりました。理科の実験や英語の音読などの授業で、意味もなく男子と女子を分けてやらせることに違和感しか感じない。学校の給食を食べても、ゴムとか砂を口に入れている感覚しかしない。「私が不登校になったわけ」 生徒たちの声です。
(NHKスペシャル シリーズ 子どもの“声なき声”取材班 広島放送局記者 秦康恵)

抑えきれない違和感

現在16歳、広島県内に暮らす歩さん(仮名)は中学2年生のとき不登校になりました。

きっかけは小学校の高学年くらいから感じ始めた、自分の体と性への違和感です。胸が大きくなり生理もはじまったことで、中学生になるとその違和感が抑えきれなくなってきました。

ただこの頃は自分が感じている違和感が何なのかはっきりと分からず、漠然と悩んでいました。

違和感の正体

中学2年生のある日、転機が訪れます。何気なく見ていたテレビのドキュメンタリー番組に性同一性障害の当事者が出演していたのです。
「自分の思っている性は違う」
「制服がいやだった」
その人物が話すことばのひとつひとつが静かに心に広がっていくのを感じました。
「これだ、とピンときました。今まで情報がなくてLGBTのこともよく知らなかったけど、自分がこれまでなんで悩んでいたのかに気がついた」(歩さん)
違和感の正体がわかると、今までなんとなく嫌だったことが「はっきりと嫌だ」と感じるようになりました。

例えば制服。中学校では女子はスカートの制服と決められていましたが、「自分はこの制服じゃない」と感じました。

例えば理科の実験で先生が言う何気ないことば。
「班のなかの男子が先、女子はあとでやりましょう」

例えば英語の音読で「はい、じゃあ男子と女子が1文ずつ交代で読みましょう。せーの」という先生の掛け声。

なんで男女で分ける必要があるのか、そのたびに傷つきました。
「学校では自分らしくいられない」
まもなく学校に行けなくなりました。先生に理由を聞かれましたが、「理由はないけど行きたくない」と答えるのが精いっぱいでした。

体操服で登校

それでもある先生は向き合おうとしてくれました。中学3年生で担任になった中堅の男性教諭です。

「放課後、学校に来てみない?」と先生に言われたため、「制服を着たくない」と言うと「体操服でいいよ」。

ほかの生徒と会わないよう、部活が終わったくらいの時間に毎日、体操服を着て学校に行きました。
誰もいない教室で先生と世間話をしたり、たまに勉強を教えてもらったり、「学校に行きたい気持ちもあったから、うれしかった」と言います。

何を言っても無理

「この先生になら不登校の理由を打ち明けられると思わなかったのか」と聞いてみました。

すると、「言う必要はないかなと思った」という返事。通っていた中学校では男子はスラックス、女子はスカートという制服はもちろん、靴下の色や髪型に至るまで細かいルールが決められていました。学校には何を言っても無理だと思ったのです。

今、歩さんは自由な雰囲気の高校に通っています。
「制服もないし、男女で分けたりしない。そういう学校だったら、自分らしく過ごせると思う」

“隠れ不登校” 33万人の衝撃

“隠れ不登校”33万人という数字は日本財団がインターネットを通じて全国の中学生に行った調査から推計したものです。文部科学省によると平成29年度に不登校とされた生徒は10万人。その3倍もの子どもたちが「学校には行くが教室には行かない」「心の中では通いたくない」などという状況に陥っていると見られるのです。

ゴムや砂が口に…

もう1人、不登校になった生徒を紹介します。15歳の雄介さん(仮名)は写真の給食の中で、焼き魚とごはんしか食べることができません。
味の感じ方が人とは違い、和風のだしがきいているものや、いろんな素材が混ざったものが食べられないのです。野菜も単品であれば食べることはできますが、写真の給食のようにいろんな具材が入った汁物や野菜の和え物は食べることができません。口に入れてもゴムとか砂をかんでいる感覚しかしないのです。
「けんちん汁とかかき玉汁とかが、特に苦手でした。何か食べ物じゃないものを食べている感覚がして、最悪吐いてしまうものもあるしどうしても無理なんです」

どうしてわかってくれないのか

しかし小学校では「完食指導」が待っていました。給食時間が終わり昼休みや掃除時間になっても食べきれない毎日。先生に訴えても「好き嫌いをしてはいけません」「給食を作った方々に失礼」と言われました。
高学年になると班の全員が食べ終わってから食器を下げるというルールが設けられました。食器を下げるのが遅くなると、その分、休憩時間が少なくなります。

班のメンバーからは「おまえのせいで」と責められました。それでもいつまでたっても減らない給食とにらめっこするしかありません。
「がんばっても、食べられないものは食べられない。どうしてだれもわかってくれないのか」
6年生になると同級生から仲間外れにされ、「おまえに人権なんかねえよ」とまで言われました。そして夏休み明けの朝。とうとう学校に行けなくなりました。体が動かなくなり、布団から出られなくなったのです。

車内で解きほぐされた心

不登校になった理由を学校や両親にすぐに話すことはできませんでした。
その心を解きほぐしてくれたのが不登校の生徒の支援活動を行っている岩崎正導さん。みずからも4年間引きこもった経験があります。

岩崎さんが家にやってくるようになって話したのは好きなゲームやアニメ、ユーチューバーの話。岩崎さんはおもしろがって聞いてくれました。

3か月ほどたち、知っている人に出会うことのない夜になら、岩崎さんと2人で家から出ることができるようになりました。
岩崎さんの運転する車に乗り夜の街をドライブ。運転席と助手席、お互いに前を向いたままだから話しやすいのです。自分のことを少しずつ話すようになりました。
「子どもは自分の気持ちをことばにするまでに時間がかかります。つらかったころのことを振り返ることができるまでに気持ちが安定し、成長する必要があるんです」(岩崎さん)
夜のドライブで会話を積み重ねて1年近く。ようやく不登校になったいきさつや自分の気持ちを打ち明けることができました。

診断は「味覚過敏」

この頃、本人や両親も驚く事実に出会いました。病院に行ったところ「味覚過敏」と診断されたのです。

味覚過敏は口の中の感覚が過敏であるため、特定の食べ物や食感を受け入れられないほか、味が混じったものが苦手なこともあります。発達障害の人の中に見られる特性の1つともされています。

給食が食べられなかったのは好き嫌いではありませんでした。しかし学校に対する不信や不安はぬぐえず、中学校でも不登校は続き、登校したとしてもほとんど教室には入らず別室で過ごしたといいます。
「みんな同じことをしないといけない、みんな同じじゃないといけないという学校のなかで、枠からはみ出た人間はダメ、みたいな感じだった」(雄介さん)

学校の“当たり前”が生徒を苦しめる

不登校だった2人に共通していたのは学校で“当たり前”に行われていることに深く心を傷つけられていたことです。

しかも、なぜ自分が傷つくのかことばにすらできないのです。生徒一人一人に向き合おうとする先生もいますが、時間と会話を積み重ねる余裕がないのも現実です。
教育現場はどうあるべきなのか、1年間密着取材した模索する学校をもとに考えるNHKスペシャル「学校へ行きたくない中学生43万人の心の声(仮)」を5月30日(木)午後10時から放送します。番組では「#学校ムリかも」で現場の声を集めている日本財団とも連携します。あなたの意見をつぶやいてください。
広島放送局記者
秦康恵