お客様は神様ではありません

お客様は神様ではありません
「お客様は神様ではありません」。令和の幕開けとともに始まった大型連休中、ネット上では、接客業に関わっているとおぼしき人たちの、そうしたつぶやきが目立っていました。ほかにも「店員は奴隷ではありません」という声もありました。そんなことを言ったら、「お客様」から怒られてしまうのでは?でも調べてみると、今、多くの接客に携わる人たちが、客たちから理不尽とも思える要求やクレームを受けているんです。(経済社会情報番組部ディレクター 橋本真帆/ネットワーク報道部記者 木下隆児)

過剰なクレームで精神疾患

「居酒屋で、『自分の靴が見つからない』と腹を立てた客に、朝まで正座をさせられ、靴代も弁償」
「弁当を買った客に、タレが車にこぼれたからと、シートの洗浄代として2万円を要求された」
「女性の従業員の体にしつこく触る客に困り、警察を呼ぶと、逆恨みしてネットで名前を公開された」
これらはすべて、流通・サービスなどに携わる人が加盟する労働組合が実施した、現場へのアンケートに寄せられた回答にあったものです。
回答を寄せた8万人のうち、なんと7割が客からの過剰なクレームに苦しんでいました。
また、こうした行為によって精神疾患になった人は600人近くに上っていたというのです。「カスタマーハラスメント」(以下、「カスハラ」)と呼ばれるこうした行為。

国も問題視し、対応の基準を示すことが必要だとしていて、決して珍しいケースではないようです。多くの人たちが対応に苦慮している「カスハラ」の実態を調べてみました。

2時間なじられる

「カスハラ」を受けたという人に話を聞くことができました。

関西のスーパーで働く佐藤さん(仮名)です。ある日、佐藤さんの同僚が、レジでお年寄りの客の会計を手伝っていた時のことです。
「いつまでかかってる、お前ええかげんせえ」
耳を疑うようなことば。佐藤さんが声のする方を見ると、その声の主はレジに並んでいた、一見どこにでもいるような中年女性でした。
するとその女性は「わざと時間をかけているだろう」と激しいけんまくで迫り、その同僚にカゴをぶつけ始めました。佐藤さんは危険を感じて女性と同僚の間に入ると、矛先は佐藤さんにも向けられました。
「お前、気持ちが悪い」
「向こう行け」
「お前距離が近いねん」
女性はその後も2時間ほど佐藤さんたちをなじり続け、上司が謝罪して、ようやく店を出て行ったといいます。

どうしても納得してくれない

こんなケースもありました。
写真スタジオで働く大野さん(仮名)は、結婚の記念写真を撮影したカップルから受けた経験を話してくれました。
それはおととしのことです。撮影を終えた数日後、そのカップルから店に電話がかかってきました。
「仕上がった写真が、思っていたよりも格好よくない」
一生に一度の記念写真。大野さんは、嫌な思いを残さずに満足してほしいという思いで、改めて撮影をさせてもらうことにしました。

2回目の撮影では、カップルの要望を聞き、撮影中はポーズが変わるたびにカメラの液晶画面の確認もしてもらいました。

しかし、後日。
「全然イメージと違う。納得できる写真を撮れ」
再びカップルから電話があり、受話器の向こうの声は激しい口調でした。大野さんは、当時の心境を「パニックになりました。どうしたらいいのかという気持ちと、脅されているようで怖さも感じました」と明かしました。
しかし、これだけでは終わらなかったのです。
謝罪し、写真のデータを渡し、撮影料も返金。
にもかかわらず、カップルは三たび来店し、タダで3度目の撮影に応じるよう要求してきました。

困り果てた大野さんは上司に相談。
このスタジオは弁護士を依頼し、カップルに対して、要望がある場合は弁護士を通して伝えるよう伝え、それ以降、連絡は途絶えました。

なぜエスカレート?

なぜ暴言や、過剰とも言える要求がエスカレートするのでしょうか。

消費者の心理に詳しい関西大学の池内裕美教授は、日本のサービス業における「過剰サービス」が一因だと指摘しています。
「私たちは、今の状況を『過剰サービスによる過剰期待』と呼んでいます。どういうことかと言うと、過剰サービスをやってもらうのが当たり前、それが日本人のサービスの標準になっています。こうした過剰サービスをやるたびに、消費者の期待はどんどん上がっていきます。そうすると、どこかでサービスが、消費者の期待に追いつかなくなってしまいます。それが新たな不満につながる要因になっているとみられます」(池内教授)

「おい、生ビール」は、1000円

一方で、客と店員の関係を見直そうという動きも出てきています。去年、都内にある居酒屋の貼り紙がネットを中心に話題になりました。
「お客様は神様ではありません。また、当店のスタッフはお客様の奴隷ではありません」
そして、その文章の上には。
「おい、生ビール」…1000円(税別)
「生一つ持ってきて」…500円(税別)
「すいません。生一つください」…380円(定価)
どういうことなのでしょうか?
居酒屋に聞いてみました。この貼り紙を発案したのは、副社長の蒲池章一郎さん。きっかけは店員につらく当たる客を目にしたことでした。

そのとき、客と店員の関係に一石を投じたいと感じたそうです。
「スタッフはお客様に当たり前のように敬語を使います。でもその逆はありえなくて、お客様がスタッフに敬語を使わないことが、常識のようになってしまっています。私はずっと、お客様も、サービスを提供する店側も、立場はあくまでも対等だと思ってきました。この貼り紙で、そういうメッセージを発信できればいいなと思いました」

クレーム対応の悪循環を断つ

消費者からのクレームと、その対応が陥っていた「悪循環」を断ち切るために、動きだした業界もありました。
それは菓子業界でした。「悪循環」は、それぞれの企業がバラバラの手法で消費者からのクレームに対応していたために起きてきました。

例えば、ある企業に消費者から「お菓子に異物が入っていた。謝罪として多くの商品を渡して」というクレームが寄せられると、同業他社も渡しているかもしれないと考え、対応を不満に思った消費者から風評被害が広がるのを恐れて、要求に従うほかありませんでした。

同じようにほかの会社も対応を迫られれば、より多くの商品を渡さざるをえませんでした。

そこで、菓子業界では「カスハラ」に業界全体として取り組もうと、統一の「お客様対応指針」を改めて作ることにしました。

例えば、先ほどのような「異物が混じっている」というクレームを寄せた消費者には、必ず現物を確認させてもらうことにしました。
会社どうしは、クレームの情報を共有して、同じ基準で対応することで、消費者の過剰な要求に応じないで済むようになりました。

菓子メーカー150社以上が加盟する「日本菓子BB協会」の天野泰守常務理事は、この指針に基づいた対応が、消費者との信頼関係を作り直すきっかけにしたいと話しています。
「『お客様=神様』ではなく、消費者と店が互いに信頼し合ってやり取りができればと思っています。お客様には商品を選択してもらい、私たちは選んでもらった商品に対してしっかりと責任を持つ。改めて、この基本に立ち返る必要があると思います」

客と店員を対等な関係に

ネット上で「カスハラ」をめぐる声を調べていると、こんな意見もありました。
「確かにお客様は神様。でも、そうであるなら、神様としてふさわしくない言動する人は、お客様ではありません」
「お客さんも従業員も同じ人間です」
客と店員が対等な立場でやり取りする。当たり前のことのようですが、現実には深刻な事態が起きています。引き続き「カスハラ」の実態をお伝えしていきます。

「カスハラ」被害やその実態、それに対策などありましたら、以下のリンクからぜひ情報を提供してください。投稿には「カスハラ問題」とお書きください。ご協力をよろしくお願いいたします。
https://www3.nhk.or.jp/news/contents/newspost/

また、NHKでは5月29日のクローズアップ現代+でも放送を予定しています。