3つ子の母 過酷な育児の果てに

3つ子の母 過酷な育児の果てに
3人の赤ちゃんが同時に泣いたら、どうしますか?

全員が泣きやむまでずっとあやし続けたり、ミルクを飲ませたり。まともに睡眠をとることもできず、追い詰められた3つ子の母親(30)は、生後11か月の次男を床にたたきつけて死なせてしまいました。
その行為自体は許されるものではありませんが、懲役3年6か月の実刑判決に対して、大きな波紋が広がっています。
背景には、双子や3つ子を抱える「多胎家庭」では、子育てがあまりにも過酷になるという現実があります。

今回の裁判から見えてきた「多胎家庭」の実情を、6日間の法廷でのやり取りをもとに改めて振り返ります。(名古屋放送局記者 白井綾乃)

去年1月の夜 事件は起きた

去年1月11日。翌日は寒気の影響で厳しい冷え込みになると予想されていました。

3つ子の子育てに追われていた母親とその夫が暮らす愛知県豊田市のマンションで、夕方、次男が大声で泣き始めました。
夫は入浴中。つられて長女も大声で泣き出しました。

母親の中で、何かがぷっつりと切れました。
次男を抱えると、衝動的に2回、畳にたたきつけたあと、ベビーベッドに戻しました。

なぜこんなことをしたのか、後で激しく後悔しましたが、この時は自分を止めることができませんでした。
入浴を終えた夫は、夜勤の仕事のため、家を出ました。
母親はミルクをあげようとしましたが、次男は全く反応しませんでした。意識不明のまま病院に搬送された次男は、2週間後、1歳の誕生日を迎えたあと、亡くなりました。

母親は、傷害致死の罪に問われました。
裁判では、消防に通報した時の母親の音声が公開されました。

「1歳前の男の子を落としてしまって、息をしていません」

取り乱しそうになるのを抑えながら救急指令の質問に答える母親。

「胸の真ん中を指2本で押してください。1、2、1、2で」

消防の指示で心臓マッサージを行う母親の荒い息遣いや、3つ子の2人のうちどちらかが泣き出す声が記録されていました。

初めての育児 泣き声に戸惑い

3つ子が産まれたのは、その1年前のおととし1月。
3人とも低体重でした。

法廷で母親は出産の時の心境を次のように話しました。

「自分の指の太さくらいしかない腕に点滴がささり、触れるのが怖いほど小さな体でした。この子たちがおなかにいたんだと、いとおしい気持ちでした。病院へ行くたびに“3人のお母さんなんだ”と自覚しました」

初めての出産で、愛知県内の実家に里帰りしていた母親。
しかし、3人の育児は予想以上に大変でした。
1人につき1日8回、3時間おきにミルク。3人で1日24回に及びました。睡眠時間はわずか1~2時間でした。

「赤ちゃんはこんなにも泣くんだとびっくりした」と法廷で話すほど、何より戸惑ったのは子どもたちの泣き声でした。常に誰かが泣いていて、3人が同時に泣くと、どうやってあやせばいいのかわからなかったといいます。

出産前の不安 解消されぬまま

母親は出産前から不安を抱えていました。

2年間の不妊治療を経て妊娠し、当初は双子だと聞いていましたが、3つ子とわかり少し不安を覚えたと言います。
育児教室には4回参加。しかし、1人の赤ちゃんを出産する妊婦向けで、双子以上の育児に対応したものではありませんでした。
3つ子を無事出産できるのかという心配も重なり、結局、育児への不安が解消されないまま、出産を迎えました。

実家は、豊田市から遠く離れた場所で飲食店を営んでいました。
母親の両親は、店の切り盛りだけでなく、自分たちの親の介護も抱え、甘えるわけにはいきませんでした。

“泣かれること”が恐怖に

「泣き声が実家の飲食店の迷惑になってはいけない」

そんな思いから、母親は5月に豊田市の自宅マンションに戻りました。夫は半年間の育児休暇を取り、交代で子育てにあたりましたが、子どもたちの泣き声がもとで隣人とトラブルにならないか心配になり、泣かれること自体に恐怖を感じるようになりました。

当初は夫も入浴やおむつ替えを手伝ってくれましたが、夫がやると子どもたちがさらに泣いてしまうことから、次第に頼るのをやめるようになったということです。

市や保健師からは、育児を助けてくれる「ファミリーサポート」のサービスや双子の親向けのサークルを紹介されましたが、面接やサークル活動に参加するには3人の乳児を連れて外出しなければなりません。

住んでいたのはエレベーターのないマンションの4階。そもそも外出することが容易ではなく、結局、利用することはありませんでした。

見過ごされたSOS

もう1つ、大きな不安がありました。

ほかの2人に比べ、体重が2000グラムほど軽く、発育が遅れていた次男のことでした。音に敏感で、わずかな物音でも泣き出したといいます。

地区を担当する保健師には、次男が泣きやすいことやミルクの吐き戻しが多いことを伝えました。保健師も、こうした実情を記録に残していましたが、3つ子の育児に留意した助言はしていませんでした。

また、母親は市の健診で「泣き声が気になり、長男と次男の口を手でふさいだことがある」と打ち明けていましたが、その後、具体的な対応はとられませんでした。

母親は、市に、こども園に入園させられないか思い切って相談に行きましたが「年度の途中に3人そろっての入園は難しい」と断られ、育児休暇を延長するしかありませんでした。

法廷で、母親は当時を振り返り、「成長にいちばん不安があったのも、体重が増えていちばんうれしかったのも、次男でした。次男の発育について指摘されると、しっかりやらなければと思っていました」と話しました。

そして、こう続けました。

「長男と長女はかわいいと思う一方、次男だけ、接することが憂うつになりました。同じ自分の子どもなのに、次男にだけそう感じる自分は愛情が薄くひどい人間だと思いました」

母親は、次第に追い詰められていきました。

孤立深めた末に…

事件の2か月前、夫は職場に復帰しました。
同じ頃、それまで担当していた保健師が交代しました。
1人だけでこなさなければならない3人の育児。

「会話する気力がなくなり、先の見えない育児のつらさに死にたくなった」

法廷では母親が、自殺サイトを閲覧していた履歴も明らかにされました。事件の1週間前、夫に「次男の泣き声を聞くと死にたくなる。乳児院に預けたい」と打ち明けました。

異変を感じた夫は妻の実家に相談しましたが、状況はすぐには変わりませんでした。法廷での最終陳述。母親は涙ながらに次男への気持ちを語りました。

「何の罪もない次男に痛い思いをさせてしまって本当に申し訳ない気持ちです。夫や家族からも大切な次男を奪ってしまいました。次男は一生、心の中にいます。11か月しか一緒にいられなかった。本当にごめんなさい」

“夫も含めて支援されるべき”

法廷では関係者が証言に立ちました。
夫もその1人です。

夫は、出産前に子育てをどう考えていたかについて「1人の子どもの育児と、2人、3人の育児も変わらないと思っていた」と話しました。
また、半年間の育休後に職場復帰したことについては「妻は家事も子どもたちの面倒も完璧でした。育児を手伝おうとすると『やらなくていい』と言われ、自分はどうしたらいいんだと思いました。1人での育児を妻は『大丈夫』と言うので、経済的な理由もあり、復帰しました。家族を守れなかったことを私も反省しています」と話しました。

弁護側の証人として、多胎家庭の育児に詳しい岐阜県立看護大学の服部律子教授も意見を述べました。

「母親1人で3つ子は育てられない。妊娠期から切れ目のない支援が必要です。支援計画もなく、周囲の無理解が事件の原因の1つと言える」

そして、服部教授はこう続けました。

「夫も含めて支援されるべきだった」

判決 “3つ子の育児 同情できるが…”

判決の日。名古屋地方裁判所岡崎支部は「無抵抗の乳児をたたきつけた犯行は危険で悪質と言うほかない。うつ病になるなか、負担が大きい3つ子の育児を懸命に行ったことに同情はできるが、執行猶予をつけるほど軽い事案とは評価できない」と指摘しました。

また、夫や市の対応にも触れましたが「減刑すべき事情は認められない」と述べ、懲役3年6か月の実刑判決を言い渡しました。

傍聴続けた3つ子の母は

今回の裁判は、同じ3つ子を育てた経験がある糸井川誠子さん(59)も傍聴していました。

糸井川さんは今、多胎家庭の支援に取り組む岐阜県のNPO「ぎふ多胎ネット」の理事長を務めています。

3つ子を出産したのは24年前。
子どもたちに囲まれて幸せいっぱいでしたが、育児が始まると生活は一変したと言います。
“寝る暇がなく外出もできない”
“死にそう”

当時の育児日記には、疲労と孤立感で極限状態だったことがつづられていました。

糸井川さんは「本当に過酷でした。ミルクをあげたりおむつを替えたりするロボットになったように、感情を動かさずに作業をしていました。寝る暇もなく、日々生きているだけで精いっぱいでした」と振り返りました。
糸井川さんの支えになったのは、多胎家庭の親を対象にした地元のサークルでした。同じ悩みを持つ人と話し、共感してもらえることが救いになったということです。

糸井川さんのNPOは今、家庭を訪問して支援にあたる保健師と、双子や3つ子を育てた経験を持つ親との連携に取り組んでいます。
糸井川さんは、多胎家庭になぜ支援が必要なのか、もっと知ってほしいと訴えています。
「多胎は支援が必要な対象なんだっていうことをしっかりわかってもらって、行政とか医療とか周りの人にしっかりとシステムを考え直してほしい。みんなで見守っていくというか、一声かける。踏み込んで声をかけることが大事なんです」

多胎家庭で虐待リスク↑

「多胎家庭」は、排卵誘発剤の活用や体外受精といった不妊治療の普及で、1980年代以降、増えたと考えられています。

医師や専門家でつくる日本多胎支援協会によりますと、こうした家庭は2005年をピークに減少しましたが、100人の妊婦のうち1人は双子や3つ子を出産しているということです。
石川県立看護大学の大木秀一教授が9年前に行ったアンケート調査では、「子どもを虐待しているのではと思うことがあるか」という質問に対し、多胎家庭の母親の30%~40%が「はい」と答えていました。

この割合は、1人で生まれた子どもを育てる母親の2~3倍で、双子や3つ子を育てる母親の精神的負担が大きく、虐待リスクが高いことを示しています。

動き始めた行政

豊田市では事件後、新たな支援策を始めています。

出産前に必要な情報が得られるよう、ことし2月、双子や3つ子を出産予定の親に特化した教室を初めて開催しました。出産前に多胎特有の育児のノウハウを知ってもらうほか、同じ境遇の人とつながることが重要だと考えたためです。
また、新年度からは、多胎家庭がこども園に入園しやすくする取り組みを始めるほか、家事を手伝うヘルパーの利用期間を多胎家庭は特に長くすることにしています。
豊田市子ども家庭課の塚田知宏課長は「市としてできることはなかったかという視点も含めて、多胎妊娠の方への支援が不足していたと思っている。すべての家庭に寄り添っていきたい」と話しています。

ネット上で大きな波紋

一方、ネット上では、母親に懲役3年6か月の実刑判決が言い渡されたことに対して、2審では執行猶予をつけるよう求める署名活動が始まり、賛同する声は3万件を超えました。

署名の呼びかけ文では「虐待死は許されることではありません。でも3年6か月は長すぎます。服役を終えて出てきた時、2人のお子さんは5歳半です。11か月から5歳半まで母親に会えずに過ごすことになります。2人の子どもに向き合って育てながら罪を償うほうがいいと思います」と訴えています。
これに対して、同じネット上で、虐待を受けて育ったという人が、「実刑判決は妥当だ」という意見を示すための署名活動を始めています。

「執行猶予を求める方々を批判する意思はありません」としたうえで、「虐待を受けて育った私の感覚では、どんな理由や事情があろうと虐待死や心中は親による殺人だと思っており、絶対に許されるものではなく、必要以上に減刑するべきではないと考えます」と訴えています。
裁判は2審の名古屋高等裁判所へ
裁判のあと、母親は「次男の命を奪ったことは決して許されることではなく私の命をかけても償いきれないことだと思いますが、これからの一生をかけて償なっていきたいと思っています。残る2人の子どもたちの母でもあることを考えると、1日も早く子どもたちとともに生活していきたいと思います。その際には、児童相談所にご指導いただき、また、家族、病院、カウンセラー、多胎支援や地域の方々など、多くの皆様の助けを借りながら、しっかりと子どもたちに向き合っていくつもりです」というコメントを出しました。

母親は、先週、名古屋高等裁判所に控訴しました。2審では刑の重さが改めて争われることになります。

悲劇を繰り返さないために

妊婦100人に1人が多胎の時代。

子どもの命が失われなければ、支援の必要性に気付けなかったのは本当に悲しいことです。
全国的に見ても、多胎家庭の支援に乗り出している自治体は多くありません。今回の事件が大きな波紋を呼んでいるという事実は、同じ思いをしている母親が、それだけいることを示していると言えます。

どんな事情があっても、子どもを死なせるのは決して許されることではありません。

ただ、同じ悲劇を二度と繰り返さないためにも、多胎家庭の現実に社会が向き合い、早急に支援の手を差し伸べる必要があるのではないでしょうか。