いったい何が!? 津波浸水想定域にマイホーム

いったい何が!? 津波浸水想定域にマイホーム
私は去年の夏、宮崎に転勤してきました。しばらくして、海に近い場所に新築の住宅が売りに出ていることに気付きました。しかもけっこうな数が。日向灘に面した宮崎市は南海トラフの巨大地震で津波に襲われるとされています。いったい何が起きているのでしょうか?今回の取材はその“疑問”から始まりました。
(宮崎放送局記者 一柳和人)

とりあえず調べてみた!

私が“疑問”を感じたのは不動産会社のサイトをネットサーフィンしていた時のことでした。

「ここ、大丈夫かな?」

以前、仙台で勤務し、津波の被災地も取材してきた私は思わずつぶやいていました。

30年以内に70%から80%の確率で起こるとされている南海トラフの巨大地震。
宮崎市の津波ハザードマップでは市街地を含めて、広い範囲が浸水する想定です。

サイトで見つけた新築の住宅はそうした地域に建っていました。まずは宮崎市内で浸水が想定される場所に建てられた住宅がどれぐらいになるのか調べてみることにしました。

とりあえず宮崎市の建築指導課というところに聞いてみました。
「そのようなデータはありません。ただ、どこにいつ、どんな建物が建てられたのかはわかります」
建物を建てるとき、「建築計画概要書」という書類を自治体に提出します。書類には建築主、建てる場所、建物の種類などが書かれているといいます。

早速、宮崎市に情報公開請求をすると、閲覧の許可が出ました。津波ハザードマップの浸水想定域と建築計画概要書の情報をひたすら照らし合わせる…地道な作業が始まりました。

土地込みで2000万円の住宅も

建築計画概要書
「建築計画概要書」の「建築主」の欄を見ていくと、住宅メーカーになっているケースがありました。業者が家を建ててから売る、いわゆる建売住宅です。

いちばんの「売り」は安さのようです。土地込みの価格で2000万円前後の住宅もあります。

さらに取材をしていくと、こうした住宅が数多く建っている地区では宮崎市が区画整理事業を進めていることもわかりました。
宮崎港のすぐ西側の地区に、約40万平方メートルの新たな宅地を作り出そうという計画で、きれいな道路や公園の整備も進んでいます。近くには大型ショッピングセンターをはじめ、多くの店が並びます。

「夫婦とも職場に近い場所で、周りに公園も多い。高台よりも土地が安かった」
「新しい街で、買い物に便利」
「毎月の支払いが賃貸の家賃と同じくらいで済むのがよかった」

新築の住宅を回って住民に聞くと、こんな声が聞かれました。多くは小学生以下の子どもがいる家庭です。憧れのマイホームを手に入れたい若い世代の人たちが手ごろな価格や、買い物、通勤の便利さにひかれているようです。

防災面での不安

こうした取材の一方で、宮崎市に提出された「建築計画概要書」を調べる作業も進めていきました。

その数はこの5年間で約9800件。すると…宮崎市全体では津波で1メートル以上の浸水が想定される場所に少なくとも370軒のマイホームが建っていることがわかりました。

国は浸水が1メートルを超える津波に巻き込まれた場合、ほとんどの人が死亡すると想定しています。そして区画整理が行われている地区では約100軒の新築住宅ができていました。区画整理が行われている地区の人口は将来的に6500人になる計画です。

一方で「防災」の面から不安な点も見えてきました。区画整理が行われている地区は4つの町にまたがっているのですが、そのうち2つの町では、自治会も消防団もないそうです。避難訓練に参加したことがないという住民が大半でした。

「ハザードマップは見たことがないし、あるのも知らなかった」
「いつ来るか分からない津波を気にしていてもしかたがない」

住民の皆さんに話を聞いて回るとこんな意見もありました。

市長に聞いてみた

宮崎市 戸敷市長
津波のリスクを抱える地区の住民の安全をどうやって守っていくのか。宮崎市の市長に記者会見で聞いてみました。

区画整理が進められている地区の対策については、避難ビルには7700人が収容可能で、避難に使う道路も整備されているという回答でした。
記者「そういった対策で住民の命は全員守れるとお考えですか?」
市長「行政ですべてできるとは考えていません。自主防災組織をつくっていただいて住民みずからの命と財産を守る努力をしていただかないと」

「逃げれば大丈夫」は本当に「大丈夫」!?

でも本当にそれで津波から逃げられるのでしょうか。宮崎市の説明では、津波避難ビルは歩いて15分以内のところに必ず1つはある計算です。昼間、健康な大人だけだったら逃げられるでしょう。

でも小さな子どもが2人も3人もいる人は? 停電で真っ暗になったら? 避難にどれだけ時間がかかるのでしょうか。

「津波が来たら逃げれば大丈夫」は本当に「大丈夫」なのでしょうか。

できあがった街が移転するのはそう簡単なことではないでしょうが、最悪のケースを十分にイメージしながら、防災対策に取り組んでほしいと思います。津波の浸水が想定される場所に多くの人が家を建てている現実があるのですから。

あのときの教訓はどこへ行ってしまったのだろうか…。そう感じながら迎えた東日本大震災8年でした。