作品に罪はない? ピエール瀧作品 相次ぐ“自粛”の波紋

作品に罪はない? ピエール瀧作品 相次ぐ“自粛”の波紋
「なんのための自粛ですか?音楽に罪はない」(坂本龍一さん)

「あまちゃんの放送自粛では何も解決しない」(大友良英さん)

今月12日、コカイン使用の疑いで逮捕されたピエール瀧容疑者。過去の作品の公開が次々に“自粛”され、波紋を広げています。
事件のあと、NHKは瀧容疑者の過去の出演作の配信を当面停止、「電気グルーヴ」のCDやDVDも店頭から回収されました。

「なんで“あまちゃん”まで見られなくなっちゃうの?」

NHKにも多くの意見が寄せられたこの問題。私たちも考えてみました。(社会部記者 森並慶三郎 映像取材部カメラマン 小林賢大)

相次いだ“自粛”

「あまちゃん」「64(ロクヨン)」「とと姉ちゃん」「龍馬伝」…。
NHKの人気ドラマにも数多く出演してきたピエール瀧容疑者。
逮捕翌日、NHKはインターネットの「オンデマンド」で、過去に出演したドラマ6作品の配信を当面、停止すると発表。
現在、放送中の大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」は出演シーンをカットして放送し、代役を立てるなどの対応に追われました。

「出演中の番組はしょうがないけど、過去の作品まで封印する必要ってあるんだっけ?」

この疑問に対し、NHKは会見で「公共放送として反社会的な行為を容認する立場を取ることはできない」と説明。
「犯罪行為を是認するような取り扱いはしないなどと定めた国内番組基準に沿って、容疑の内容や視聴者に与える影響などを総合的に判断した」としています。
また、所属レコード会社「ソニー・ミュージックレーベルズ」も「電気グルーヴ」のCDやDVDの出荷停止を発表、作品は店頭から回収されました。

「今回の逮捕という事態を厳粛に受け止め、企業としてコンプライアンスを重視する立場から決定しました」とコメントしています。

買い占められるCD

思わぬ余波も起きています。

東京・新宿の老舗のレコード店を訪ねてみると、電気グルーヴのCDは1枚もありません。逮捕直後にCDを買い占める客が現れ、すぐに完売したというのです。
「電気グルーヴのCDはないかと在庫を確認する電話が毎日かかってきます。高値で転売するためだと思いますが、お金のためにCDを買うのはどうかと思います」(打矢香津子店長)
店長が話したとおり、「電気グルーヴ」の中古CDはネット上で異様な高値で売買されていました。

ヒット曲「Shangri-La」のシングルCDが1万9800円。最新アルバム「30」の初回限定盤は1万1990円。

こうした動きは5年前に人気アーティストが逮捕された時にも起きたということです。

求められる社会的責任

青山学院大学法科大学院 浜辺陽一郎教授
なぜ、作品の公開自粛が必要なのか?

企業のコンプライアンスに詳しい専門家に聞きました。
「犯罪への処罰感情は年々高まっており、企業やメディアの社会的責任ということを考えると一定の自粛は必要だと思います。薬物の使用については、単に個人の問題としてだけではなく、その先の反社会的勢力とのつながりも考えなくてはいけません。しかし『総合的に判断して』などと理由が不明確なケースも多く、企業やメディアには“自粛”の根拠や期間をきちんと示す責任があると思います」(浜辺教授)

作品回収はいつから?

過去にも有名ミュージシャンの薬物事件はありましたが、今回のような作品回収の動きは昔からあったのでしょうか?

1970年代から80年代にかけて、大物ミュージシャンが大麻や覚醒剤などの薬物事件で相次いで逮捕され、たびたび世間を騒がせて来ました。しかし、レコードやCDが店頭から回収されたと報じられていたのは、昭和51年に殺人事件で逮捕された元歌手のケースのみ。それ以外のケースは確認できませんでした。

事件から1年足らずで、テレビ番組などに復帰することも少なくなかったようです。

CDの回収が大きく報じられていたのは、平成11年に人気シンガーソングライターが逮捕された事件の時。
比較的、最近のことでした。

一方、音楽評論家に聞いたところ、欧米では薬物事件を起こしたミュージシャンの作品が回収されるケースはほとんどないようです。

“炎上”おそれる企業

専門家はインターネットの普及による社会の変化が、こうした動きに関係しているのではないかと指摘しています。
ジャーナリスト 佐々木俊尚さん
「インターネットの普及で企業の責任の取り方が大きく変化しました。クレームがどんなに少数の意見だったとしても、いわゆる“炎上”を恐れ、過剰に対処するようになったのではないでしょうか。ただ、自主規制を推し進めると、文化的な多様性を失うことにもなりかねず、性暴力から薬物まで十把一からげにして判断するのはおかしいと感じます。犯罪の内容や自粛の期間について業界でガイドラインを作り対応する必要があるのではないでしょうか」(佐々木さん)

作品に罪はあるのか?

この問題、ネット上などでは賛否の声が飛び交っています。
「なんのための自粛ですか?電グルの音楽が売られていて困る人がいますか? ドラッグを使用した人間の作った音楽は聴きたくないという人は、ただ聴かなければいいだけなんだから。音楽に罪はない」(坂本龍一さん)
「やはりどう考えても『あまちゃん』後編の放送自粛は良くない。再放送が三陸鉄道リアス線開通祝いのためにあること。犯した罪を裁くのは司法であるべきで、番組の自粛では何も解決しない」(大友良英さん)
また、ネット上で電気グルーヴの作品の出荷停止などの撤回を求める活動には、これまでに6万人を超える署名が集まったといいます。
活動の発起人の社会学者 永田夏来さん
「すでにCDが高額転売されている現状を踏まえると、出荷停止や在庫回収などは誰のためにもならない安易な方策なのではないでしょうか。薬物依存には排除や厳罰はむしろ逆効果であり、本人を受け入れる場所が用意されていることが回復の手助けになります」(永田さん)
一方で「子どもへの悪影響や薬物犯罪を許さない姿勢を示すためにもある程度の自粛はやむを得ない」という意見も少なくありません。

お笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志さんは、民放のテレビ番組の中で「薬物という作用を使ってあのすばらしい演技をやっていたのかもしれないと思ったら、それはある種のドーピング。僕は監督としては公開してほしくない」などと発言。
ネット上で議論を呼びました。

悩み抜いた末に…

瀧容疑者は近未来の麻雀クラブの常連役を演じた
こうした中、瀧容疑者が出演する来月5日公開予定の映画「麻雀放浪記2020」について、配給元の東映は今月20日、出演シーンのカットなどはせず、予定どおり公開することを発表しました。
会見する東映の多田憲之社長(左)と白石和彌監督
東映の多田憲之社長は、悩み抜いた末の決断だったとしたうえで、「映画は鑑賞の意思を持った人が見るクローズドな有料メディアで、テレビやコマーシャルとは性質が異なる。罪を犯した1人の出演者のために、作品を待ちわびるお客様に、すでに完成した作品を公開しないという選択肢はとらない」と説明。
そして「社内でもこの判断についておかしいじゃないかという意見はあるかもしれないが、真摯に説得したい。少々、株価が落ちることは覚悟している」と述べました。
そして、白石和彌監督は会見で涙を流しながら次のように話しました。
「絶対に犯してはいけない犯罪でいまはばか野郎としか言いようがないです。ただ個人に罪がある一方で、作品そのものには罪はないのではないかという気持ちがある。議論なく、社会の流れのなかですでに決まっていることのようにふたをしてしまうのは、個人的にはよくないのではないかと思います」

見たい作品、聴きたい音楽決めるのは誰?

薬物の恐ろしさは言うまでもなく、有名人の行動が社会に与える影響は計り知れません。「クスリに頼った作品なんて見たくない」という人も少なくないと思います。
ただ「議論なくふたをしてしまう」という白石監督の言葉が強く印象に残ります。

ひとたび不祥事や事件が起きると、一斉に世の中から排除しようとする、不寛容な社会の風潮には違和感も覚えます。

今回の問題、NHKには多くの意見が寄せられました。
「見たい作品、聴きたい音楽を決めるのは誰なのか」
メディアで働く私たちは、今回寄せられたさまざまな意見について考え続けたいと思います。