さよなら スーパースター イチロー

さよなら スーパースター イチロー
満を持しての大リーグ挑戦だった。日本での実績は申し分ない。でも「大リーグで通用するの?」という声がアメリカのファンやメディアからあがった。それを開幕直後からの活躍で黙らせた。大リーガーとなったイチローは、私の取材姿勢も、報道の拠点も変えてきた。希代のプレーヤーが海を渡って間もない時から、取材にあたれたことは、何にも代えがたい財産になっている。(国際放送局 中島健夫)

取材できないイチロー

2001年のシーズンから大リーガーとなったイチロー。
連日の活躍が取り上げられる中、日本のプロ野球を担当していた私は7月に、「イチロー取材」の指示を受け、アメリカへの長期出張へと向かった。期限は「シーズンが終わるまで」およそ5か月、それまでに短い出張で大リーグの取材をした経験はあったが、これだけの長期は初めてだった。

シアトルについてみると、新聞社、通信社など大勢の取材担当者が毎試合毎試合、マリナーズの試合を追いかけていた。その数は大リーグデビューの年には多いときで50人近かったと思う。
大リーグでは、試合前と試合後の一定の時間、選手のロッカールームに報道陣の入室が許可されている。そこで選手一人一人に話を聞く。試合後、まず監督室に入って試合を振り返ってもらい、その後選手のロッカーへと向かう。

でもロッカールームでイチローを取材することはなかなかできなかった。日本の取材陣があまりにも多く地元メディアや他の選手の取材に支障が出かねないことへの配慮もあったと思う。

漂う緊張感

だから大リーグデビューシーズンにテレビカメラでイチローの試合後の声を取材するチャンスは本当に貴重なものだった。

時にはロッカールームの前、時には球場内のインタビュールームと、話を聞くことができる場所はそのたびに異なっていたが、変わらなかったのはインタビューの際の独特の緊張感だった。
イチローはこちらの質問の言葉一つ一つに耳を傾け、その意図を理解できなかった場合は聞き返してくる。
引退発表時の会見でも「(その質問)いる?」「いちいち説明するとやぼったい」など、質問に対してある意味の手厳しさを見せていた。

当時、質問する側だった私は貴重なチャンスにイチローの本音に迫ろう、それをカメラに納めようと、必死で言葉を考え記者会見に臨んだことを覚えている。

私を鍛えたイチロー

レギュラーシーズン終了時に聞くシーズンを総括するインタビューでは、こちらはイチローが自分の成績をどう評価するかがいちばん聞きたいところだった。
でも「今年もシーズン200安打達成できましたね」なんて安易には聞けない。野球は団体競技、チームのこと、その中でのイチローの立場や役割などもインタビュー前に取材して、それを十分踏まえて限られた短い時間の中、言葉を引き出せるかが勝負だった。

その後も多くのスポ-ツ選手の取材やインタビューに関わるチャンスをいただいたが、イチローの取材で鍛えられた部分が少なくなかったと思っている。

未明1時間半の会見

3月22日未明のイチローの引退会見をご覧になった方も多かったかもしれない。この会見で「記者が言葉を選ぶように聞いているな」、「記者の側も必死だな」と感じられた部分があったとしたら、私の緊張感も想像していただけるのではないかと思う。

その引退会見は未明だったにもかかわらず、1時間半近くに及んだ。試合後疲れているにもかかわらず、あれだけの質問に丁寧に答えたイチロー、そうした姿勢が日本のファンヘのメッセージでもあったのかなと感じている。

支局を作ったイチロー

イチロー選手が首位打者、盗塁王、新人王、MVPとタイトルを総なめにしたのが2001年。その翌年、NHKはシアトルに支局を設立した。(2007年に機能をニューヨークに統合)
イチローのための支局と言っても過言ではなかった。
イチローの活躍をはじめとした大リーグの日本選手のニュースは連日報道され、注目を集めた。テレビおよび新聞各社は特派員もしくは出張ベースで記者を送り込み、マリナーズの試合に同行しアメリカ中を飛び回った、私も例に漏れず、遠征に出ると3日に一回は飛行機で移動というスケジュールだった。

その後松井秀喜、松井稼頭央そして現在の田中将大や大谷翔平に至るまで取材スタイルは大きく変わっていない。支局をいわば作ったのも今ある大リーグ取材のスタイルを作ったのもイチローだった。

イチロー...

今年2月、休暇を利用してアリゾナ州のマリナーズのキャンプ地を訪れた。12年ぶりに生で見る大リーグのオープン戦、先発出場したイチローは決していい当たりではなかったが、バットを折りながらもタイムリーヒットを打ってファンの大きな声援に答えた。
しかし、その後打ったヒットは1本だけ。日本での開幕戦2試合でも、かつてヒットを量産したバットから、1本のヒットも出ず、イチローはバットを置いた。

いずれこの日が来るのはわかっていたが、いざ現実を突きつけられると「とうとうこの日が来たか」と感慨深いものがある。
交代を告げられてグラウンドを後にする際の鳴り響いていたファンの拍手、そしてチームメイトとの抱擁、歴史に残るスーパースターの引き際だった。