こぐまのケーキ屋さんと、せんそう

こぐまのケーキ屋さんと、せんそう
平成の漫画家たちが描いた戦争を知っていますか?例えば、人気漫画「こぐまのケーキ屋さん」の作者が描いた「ぼくは、せんそうをしらない。」
取材すると、70年以上前の戦争を、今に伝えるためのそれぞれの模索が見えてきます。(ネットワーク報道部記者 大石理恵)

大人気 こぐまのケーキ屋さん

こぐまが店長のケーキ屋で交わされるユーモラスなやり取りが人気の漫画「こぐまのケーキ屋さん」。
ネット上で発表後、数日で書籍化が決定し、累計50万部を発行しました。

食堂で出会った“せんそう”

この作者の「カメントツ」さん(32)が3年前に発表したのが「ぼくは、せんそうをしらない。」
作者が近所の食堂でたまたま相席となった年配の男性との出会いがきっかけでした。

男性が「俺の母ちゃんさぁ」と話し始めると…
あまりの唐突さに、続きを聞かせてもらった作者。話は、戦時中にさかのぼります。
男性は、この様子をケバブに例えたのです。

予想以上の大反響

このとき受けた衝撃をそのまま描いてネットで公表すると、読者から大きな反響がありました。

「大仰に語られる悲劇よりずっと胸に来る」
「こぐまのケーキ屋さんとギャップが大きすぎる」
「戦争の怖さを知らない世代が1度は読んだほうがいい」
「一時サーバーが落ちるほどの予想以上の反響でした。なにかこう、やってやった、世界を少し変えたかもしれないという気持ちになっちゃいましたね」(カメントツさん)

遠い戦争 思いがけない批判

カメントツさんは、続きを描こうと別の戦争体験者から話を聞きました。
しかし、高齢の相手が語る地名や略語がわかりません。聞き直しても耳が遠い相手とは、意思の疎通を図ることすらできませんでした。
その隙間を想像や脚色で埋めることにも違和感を感じました。70年以上たった戦争を描くことは想像以上に難しいことでした。
また、戦争のとらえ方が多様になる中で、思いがけない声もメールで寄せられました。戦争被害を描くことが、日本を傷つけることにつながると考える人たちからでした。
「家を燃やしてやる」
「サイン会でお前の腹を刺す」
「お前の漫画をゴミ箱に捨てたぞ」
カメントツさんは第2話を描いて以来、戦争とは距離を置いてしまったのです。
「誹謗中傷だったり殺害予告みたいなものに負けたと思われるのは、しゃくですけど事実、恐怖でしたね」

平成の漫画家たちの模索

戦争の記憶がますます遠ざかり、その見方も変わる平成の今。同時代の漫画家たちは、その課題をどう乗り越えようとしているのでしょうか。
沖縄戦で犠牲になった少女たちを題材にした「cocoon」。2010年に発表されると、新しい戦争漫画として話題になり、その後、舞台にもなりました。

70年以上前の痛みをリアルに

最大の特徴は、その画風。作者が「自分でも印象に残っている」と語るのが下の場面です。

現代の少女漫画のような透明感のあるタッチで、空を見上げる少女たちの日常が描かれています。
その日常を、戦争は一瞬にして凄惨な光景に変えてしまいます。
砲撃ではらわたをえぐられ亡くなる少女。そこに舞うチョウ。
今と変わらない日常のすぐ隣にあった戦争を描くことで、70年以上前の痛みをリアルに感じてもらうのです。

作者の今日マチ子さんは、事前に沖縄を何度も訪れ、当事者にも取材しました。しかし、史実に忠実に描いても伝わりにくいとして、あえて今の女の子が戦争の夢を見ているような設定にしたといいます。
「体験者から『作品は非常におもしろく読んだ、ただ私たちが体験したのはこれとはまた別の戦争だった』という声をいただいた。でも当事者の体験と同じものを目指すというよりは、今の女の子がナチュラルに感じる表現に気をつけました。歴史上の出来事になってしまうと直接的な痛みは感じづらいので、想像する力を駆使しなければならないんです」(今日さん)

今とあの時 重なる地獄

74年前の状況に、現代との共通点を見いだし、描かれた漫画もあります。
去年12月に出版された「結ばる焼け跡」です。舞台は終戦直後の東京・上野。闇市で生きる孤児や女性が虐げられながらも懸命に生きる物語です。
平成生まれの作者・雨瀬シオリさんは、弱者の苦しみや悲しみは、今も昔も変わらないと感じています。
「この漫画は地獄を描いているんです。地獄とは子どもが死にたいと思う世界です。昔の教育を信じて生きてきた子どもたちは戦後、価値観が一変した世の中から取り残され、孤独に苦しんだのではないでしょうか。そして、今の時代にも、虐待やいじめ、劣悪な環境での労働など、地獄はあります。そこで疲弊している人たちに、弱い人間どうしが助け合い、縁を結んで生きる希望を感じ取ってもらいたいんです」(雨瀬さん)

カメントツさん 再び

2年間、戦争を描くことをやめていたカメントツさんも今、新しい作品を発表しようと準備を進めています。気持ちを後押ししたのは、読者の声です。
「『こぐまのケーキ屋さん』を読んでファンになった人が、過去の作品として『ぼくは、せんそうをしらない。』に触れ、続きを読みたいと言ってくれているんです。僕もいずれは描かなければいけないという思いはあったんですが、読者の後押しは強いと思います」
カメントツさんは漫画の参考にするため、焼い弾の痕跡が残る東京 八王子市の橋も取材に訪れました。
「コンクリートがこんなにへこむくらい、焼い弾は刺さるものなんですね」

こう言いながら、雨が降りしきる中、ぬれるのも気にせず弾痕を見つめていました。

食堂のおじいさんとの偶然の出会いから戦争を描き始めたカメントツさん。
戦争体験者の言葉や街の痕跡から、今を生きる人たちの心に届く1コマをもう一度、描こうとしているようです。
「食堂で知らないおじいちゃんから戦争の話を聞くことができた。そしてぼくが漫画家だったということに、なにか責任や使命めいたものを感じるんです。ペンを持つことができる人間は描かないといけない。描きたいか、描きたくないかと言われると正直描きたくないです。でも、目を背け続けたり、戦争というものをまっすぐ見つめないことが、いちばん残酷な結果を生んでしまうんじゃないかな」

平成の終わりに

私は広島で生まれ育ち、記者としても戦争や原爆の取材をしてきました。命が尽きるぎりぎりまで体験を伝えたい人がいる一方で、戦争の話は聞きたくないという若い人もいます。その溝をどうやって埋めることができるのかを考えてきました。

今回、取材して改めて感じたのは、どの作者も、それぞれの方法で遠ざかりつつある歴史を、漫画で現代に鮮やかによみがえらせていることです。

ケバブと戦争が重なった瞬間をとらえる感性や、「沖縄と少女」「日常と戦争」を結び付ける想像力。70年以上の時を隔てても共通する弱者の苦しみを見抜くまなざしが、それを可能にしました。
平成がまもなく終わろうとしている今でも、まだ伝えることができる。3人の漫画家から教わったような気がします。
ネットワーク報道部記者
大石理恵