シェルターの母子 守れなかった幼い命

シェルターの母子 守れなかった幼い命
「産まれたあなたを見たらちょっと幸せで涙が出ました」。望まない妊娠。子どもを育てる気持ちがないと話していた24歳の母親はわが子と会えた喜びをそうノートに記していました。しかし、その2か月後。母親は赤ちゃんを死亡させたとして逮捕されました。親子が暮らしていた保護施設は「シェルター」の機能を備えていました。なぜ、幼い命を守ることができなかったのか。取材を進めました。(山口放送局記者 五十嵐淳 大友瑠奈)

『なんか動かない』

「なんか動かないから一緒に来て」
ベビーベッドに冷たく横たわった生後わずか2か月の赤ちゃんが見つかったのは2月11日の午後7時ごろ。
山口市にある母子生活支援施設、いわゆる「シェルター」の一室でした。

その3日後、娘の頭に複数回、暴行を加えて死亡させたとして、24歳の母親が傷害致死の疑いで警察に逮捕されました。
捜査関係者によると司法解剖の結果、死亡した赤ちゃんには複数のくも膜下出血の痕がありました。1日以上間隔を空けてできたものだとみられています。

母親は逮捕された当初、黙秘を続けていました。山口地方検察庁は母親の刑事責任能力を調べるために専門家による精神鑑定を今月4日から行っています。
およそ2か月かけて行われ、その結果を踏まえ検察庁は起訴するかどうか判断することにしています。

『行く場所がない』

母親が山口県柳井市の保健センターを訪れて妊娠の届け出を行ったのは去年9月。すでに妊娠7か月でした。スエット姿でかばん1つだけを持ち、窓口の職員に「行く場所がない」と話しました。
柳井市の保健センター
仕事はしておらず、おなかの赤ちゃんの父親やみずからの家族については口を閉ざしたといいます。

柳井市は母親と生まれてくる赤ちゃんの生活を支援する必要があるとして「シェルター」で生活できるように対応しました。

そして山口県内の施設で暮らすようになったあとも担当者が月に1度程度、直接訪ねて面会を続けました。

母子を守るための“シェルター”

母子生活支援施設は児童福祉法に基づいて設置される、母親や子どもを保護するための施設です。

経済的な困窮や、夫や家族などからの暴力=ドメスティックバイオレンスを受けた母親や子どもを守り、支援します。
厚生労働省によりますと、平成29年度の時点で母子生活支援施設は全国232か所に設置。

このうち山口県内には1か所あり、今月1日現在、13世帯が暮らしています。

設置の基準は全国の自治体が条例でそれぞれ定め、山口県ではシェルターに「母子支援員」や嘱託の医師、それに調理師などを配置することが原則として義務づけられています。

「母子支援員」は保育士や社会福祉士の資格を持つなど専門的な知識や経験が必要です。母親や子どものプライベートを尊重しつつ、家庭の状況に応じて育児や就労、生活の相談に乗ったり、助言をしたりして自立を促します。

『子どもに愛情がわかない』

母親がシェルターでの生活を始めて1か月余りがたった去年11月ごろ。出産予定日までは1か月半。日ごとにおなかが大きくなり、おなかの中で赤ちゃんが動く「胎動」も感じていたはずです。
しかし母親は柳井市の職員に「子どもに愛情がわかない」と話しました。子育ての意思がないことをはっきりと伝えていたのです。

そして去年12月13日、女の子の赤ちゃんを出産。出産から5日後、柳井市から連絡を受けた児童相談所は初めて母親と面会し、本人の意向を確認したうえで、赤ちゃんを一時保護することになりました。

一時保護とは子どもの安全を確保するため、児童相談所の所長などの判断で家族から一時的に引き離す対応です。

家庭内暴力=ドメスティックバイオレンスが認められる場合だけでなく、保護者からの申し出で行われることもあります。

『産まれたあなたを見たら涙が出た』

出産からおよそ1か月後。年が明けたことし1月10日。
母親に変化が表れます。この日は赤ちゃんが一時保護されたあと、初めての面会でした。
わが子を抱いて「お母さんよ」と声をかけ、「子どもの顔を見たら育てたくなった」と育児の意思を示します。

シェルターの支援もあることなどから、児童相談所は柳井市からの申請を受け、1月29日に一時保護を解除しました。

母親がノートに記した言葉からは、出産を機に心の変化が起きていたことがうかがえます。
『産みたくて産んだ子ではなくておなかにいるときは憎いと思っていたけど、産まれたあなたを見たらちょっと幸せで涙が出ました』

『ミルク飲まん もう知らん』

ところが…親子で暮らし始めてわずか3日後、ある出来事が起こります。
突然、母親が「シェルター」の職員に「ミルク飲まん もう知らん」と伝えたのです。

ミルクを飲ませきるのに2時間もかかったと話した母親は、子育てについて「もうきつい」と漏らします。

シェルターでは母親と赤ちゃんを別々にすることも検討しました。しかしその翌日になって「やっぱり一緒にいたい」と話したため児童相談所には連絡せず、毎日午後7時からの2時間、赤ちゃんを預かることにしました。
母親はミルクを全部飲ませないと気がすまないと話すなど子育てにこだわりを見せる一方で、この出来事のあとは「ちょっと眠たいから」「お風呂に入るから」などと赤ちゃんの世話を職員に依頼することも増えたといいます。

ただ、赤ちゃんを傷つけるようなそぶりはなく、いつも爪をきれいに切るなどよく面倒をみていたほか、職員とも打ち解けるようになりました。
シェルターの担当者は危険を感じることはなかったと話しています。

しかし2月11日の夜。シェルターの職員に赤ちゃんが動かないと伝えた母親。ベッドに横たわる赤ちゃんの顔色はあおく、すでに息はありませんでした。

『可能なかぎりの対応をした』

児童相談所と柳井市、それにシェルターがそれぞれ対応していたにもかかわらず、防ぐことができなかった今回の事件。
山口県中央児童相談所 山根正昭所長
山口県中央児童相談所の山根正昭所長は2月15日に開いた記者会見で「各機関が可能なかぎりの対応をした。母親に粗暴な行動などはなく、暴行の可能性を認識していなかった」と述べました。

去年9月から担当者が1か月に1度程度、母親と面会していた柳井市も「母親の気持ちに寄り添い、関係機関と協力しながら対応していた」と話していました。

専門家『一時保護の解除 面会して判断すべき』

しかし専門家は特に「一時保護」が必要なケースなどでは、その解除や母親との関わりについて、より慎重であるべきだと指摘します。
今回のケースで児童相談所が母親と直接面会したのは、赤ちゃんが一時保護される前の去年12月18日と、解除された当日、1月29日の2回だけです。

解除の前に面会しなかった理由について児童相談所の山根所長は「日程調整が出来なかった」と説明しています。
児童相談所で勤務した経験があり、子どもの福祉や虐待などに詳しい東京通信大学の才村純教授は、「母親は子どもを育てられないという不安と、かわいいとか手元で育てたいという両極端な気持ちを行ったり来たりしていたと思う。一時保護の解除にあたっては児童相談所が面会に立ち会い、親子の関係を読み取ったうえで戻すかどうか判断すべきであり、対応に問題があったと言わざるをえない」と指摘しています。

また、「子育てはもうきつい」などと話していたことについては「極めて危険な予兆で、施設はその時に危機感を持ち、児童相談所に伝えるべきだった」と述べ、関係者のヒアリングを行い、詳細に検証する必要があると指摘します。

再発防止策を検討へ

山口県は母親が起訴されるか、もしくは起訴されない場合でも今後の捜査で虐待による死亡が明らかになった段階で、専門家や弁護士など5人からなる検証委員会を設置することになりました。

設置された場合、委員会では児童相談所や施設などの連携や対応が適切だったか問題点を洗い出して検証し、早ければ半年ほどで再発防止策をまとめ、県に提言することにしています。

母親の“心の揺らぎ”を明らかに

この世に生を受け、わずか2か月で亡くなった赤ちゃんの名前の由来について、母親はシェルターの職員に「とにかく幸せになってほしい。自分のようにつらい思いをする人生を送ってほしくない」と話していたといいます。
関係機関がそれぞれにさしのべていた支援の手。それでも幼い命を守ることはできませんでした。誰も気付くことができなかった母親の心の揺らぎを1つずつ明らかにすることが、何より求められていると感じます。