観光活況の裏でバスの“安全”は

観光活況の裏でバスの“安全”は
桜咲く季節も近づき、春の観光シーズンが本格化します。去年1年間の訪日外国人観光客は初めて3000万人を超え、観光が日本の一大産業となるなか、重要な交通インフラとなっているのが、全国で5万台余りが走る「ツアーバス」です。

そのツアーバスが転落し、スキーに向かっていた大学生など15人の命が失われた長野県軽井沢町の事故からことし1月で3年。事故を受けて国やバス業界は安全対策を進めたものの、国のまとめでは、ツアーバスが関係する命に関わりかねない重大事故は今も年間300件起きています。ツアーバスの「安全」はどうなっているのか改めて取材を進めると、不安が残る実態がわかってきました。
(長野放送局記者 高橋圭太)

軽井沢の事故で「下限割れ」が浮き彫りに

3年前、2016年1月15日の未明、長野県軽井沢町の国道でスキー場に向かうツアーバスがセンターラインを越えて100キロ近いスピードで道路脇に転落し、乗客の大学生など15人が死亡、26人がけがをしました。

事故のあと、バスを運行していた東京の会社では安全管理に関する多くの法令違反が見つかりました。

その1つが、バスを安全に運行するために最低限必要な金額として国が定めた「下限運賃」をさらに下回って仕事を請け負う「下限割れ」でした。国が委託した事故調査委員会は、安全を軽視した事業運営が事故につながった背景にあると指摘しています。

「下限割れ」と事故後の対策

「下限割れ」の危険性は具体的にどこにあるのか。

旅行会社などがバス会社に仕事を依頼する際に支払う運賃。国が定める「下限運賃」は、人件費や車両の維持費などに、それぞれ運行管理に必要な人件費や新車の購入費など、安全のための費用を上乗せした基準額を設定し、そこから10%を差し引いて算出します。安全のために必要なコストを最低限含んだ金額です。
もしこの金額を下回って「下限割れ」となった場合、バス会社が安全に必要な投資を十分に行えないおそれが出てきます。そのため国は、軽井沢の事故を受けてバス会社と旅行会社などが取り交わす書類に「下限運賃」の記載を義務づけて監査の際に確認できるようにするなど対策を強化しました。

その結果、国の調査では、「下限割れ」でバスを運行する業者の割合が、軽井沢の事故前の70%余りから、事故の後は15%程度まで減ったとされています。

対策の裏側では…

しかしバス業界への取材を進めると、「下限割れ」がより巧妙な形で根強く残っていることがわかってきました。それが、バス会社が旅行会社に支払う「手数料」を使った「“実質”下限割れ」です。

関東地方にある中規模バス会社の安全管理担当者がその方法を説明してくれました。

例としてあげたのが、「下限運賃」が約9万9000円のツアー。仮にこの金額で受注した場合、下限割れにはなりません。記載が義務づけられた書類にもこの金額が記されます。

ここで出てくるのが「手数料」です。この会社では、約9万9000円の「下限運賃」から「手数料」として運賃の40%にもなる約3万9000円を支払った結果、“実質”の運賃約6万円でツアーを請け負ったこともあったといいます。
バス会社が「運賃の○○%」という形で旅行会社に手数料を支払うことで下限運賃を“実質”的に下回り、「下限割れ」となる場合があるのです。

この会社の担当者は、「『手数料』で割り引かれる状態は法的にはグレーだと思うが、仕事が欲しいから、旅行会社に適正な運賃を全額払えとは言えない」と苦しい胸の内を話します。そのうえで、こうした契約を行うことで、「いつか事故をやってしまうのではないかと思うと怖い」とまで打ち明けました。

この状況に国は…

「手数料」を使った「“実質”下限割れ」については、国土交通省の担当者も「実質的な下限割れは、法令違反にあたると考えている」との認識を示しています。

一方で、具体的な対策に話が及ぶと、「バス会社と旅行会社の間の民間の企業間取引になるため、『手数料』を国で一律に決めることは困難と考えている」として、どの程度の割合の手数料なら“法令違反”になるのか、明確には答えられないと話します。

こうした国の姿勢について、交通政策に詳しい首都大学東京の戸崎肇特任教授も「長年の商習慣として、バス会社は旅行会社に『手数料』を支払って、乗客を集めるための宣伝などを行ってもらってきた。『手数料』は旅行会社の収入源でもあり、どの程度の割合なら問題になるのか一概には言えない」と難しさを指摘します。
首都大学東京 戸崎肇特任教授
そのうえで、「『手数料』が引かれても下限運賃を下回らなければもちろん問題はない。また、例えば、旅行会社とバス会社が年間で契約を結び、繁忙期と閑散期でツアー料金を変更する場合。閑散期の料金が下限運賃を下回ったとしても、年間トータルで見た時に下限運賃が守られていると言えるのであれば問題だとはいえない。ケースごとに判断する必要がある」と話します。

旅行業界も困惑…

「下限割れ」について、旅行業界からは利益を優先して安全対策を後回しにするようなバス会社や旅行会社を厳しく非難する声が聞かれます。

大阪府内の旅行会社約110社が加盟する大阪府旅行業協会の徳原昌株理事長は、「運賃の10%から15%など一定程度の『手数料』は必要だ」としながらも、関東地方の中規模バス会社が例に挙げた40%もの割合の「手数料」については、「異常であり、そうした割合で契約するバス会社や旅行会社は、まじめにやっている会社にとって迷惑な存在であり業界から退場すべきだ」と話します。
大阪府旅行業協会 徳原昌株理事長
そのうえで徳原理事長は、「“実質”下限割れ」が起こる背景として、競争の激化があると指摘します。ツアーバスは、平成12年に規制が緩和されたことを受けて、その後、参入するバス業者が2倍近くにまで増えました。その多くが中小の業者です。その中には、外国人向けのツアーを請け負う会社も数多くありますが、旅行のスタイルの変化もあり、競争がさらに激しくなっているといいます。

徳原理事長は、「外国人観光客は年々増えているが、団体ツアーではなく個人旅行の人気も高まり、ツアーバスを使わない人も以前に比べて増えている。そうしたなかで、比較的新しくバス事業に参入した業者の一部が、安全より受注を優先し、無理をするケースが多いのではないか」と指摘します。

バスの安全 実現するために

交通政策に詳しい首都大学東京の戸崎特任教授は、どの程度の割合の手数料なら“法令違反”になるのか明確でないうえ、シーズンによる運賃の変化もあるなか、国による取り締まりだけでは限界があると指摘します。だからこそ、「国は、企業どうしのやり取りだからと民間任せにするのではなく、先頭に立って、対応策を検討すべきだ」と強く求めています。

取材を通して見えたのは

どうしたら事故が二度と起こらないようにできるのか。軽井沢のバス事故で次男を亡くした遺族の1人の田原義則さんは「『事故がゼロで当然』になってほしい」と常々、訴えています。その言葉を重く受け止め、国には、明らかに安全を軽視している業者を厳しく処分するとともに、バス業界とともに何ができるのか知恵を出し合って、安全の確保について、考え続けてもらいたいと思います。

それと同時に、手軽な移動手段としてツアーバスを利用する私たち自身が「安全にはお金がかかる」ことを自覚し、業者を選んでいく必要があると改めて感じました。
長野放送局記者
高橋圭太