被災地のサイレントマジョリティー 在宅被災者の苦悩

被災地のサイレントマジョリティー 在宅被災者の苦悩
置いたボールがコロコロ転がる床。段ボールを敷き詰めたリビング。震災から8年たった今も、自宅を直せずこうした壊れた家に住み続けている人たちがいます。避難所に行かず、壊れたままの家に住み続けた「在宅被災者」と呼ばれる人たちです。西日本豪雨などでも問題になっている「在宅被災者」。その背景を探ると、“単線型”と呼ばれる被災者支援の枠組みの問題が見えてきました。(仙台放送局 在宅被災者問題取材班)

リビングに段ボール…

石巻市の80代の女性は、自宅のリビングやトイレに段ボールを敷いて生活をしています。そのほかの部屋の床や壁も1階はベニヤ板のまま。一緒に住む夫とともに定期的に段ボールを張り替えながら生活しています。

震災の津波で自宅の1階部分は、およそ2メートル浸水して全壊。国の補助金で風呂場などを修理したものの、資金の問題からそれ以上直すことはできませんでした。

女性は去年には自宅で転倒して足を骨折。壊れたままの自宅に住み続けることに不安があります。「震災さえなければと毎日のように思う」。

石巻市では2430世帯「壊れた自宅を直したい」

こうした「在宅被災者」は津波の被害を受けた沿岸部を中心に一定数いるとみられていますが、詳しい実態はほとんど分かっていませんでした。石巻市は被災者支援団体などからの情報を基に在宅被災者の存在を認め、調査に乗り出しました。

地震や津波で大規模半壊以上の被害を受け、国の補助を受けて自宅を修理し今も住んでいる世帯を調査したところ、少なくとも2430世帯が「家を直したい」と思いながら壊れた自宅に住んでいることが分かりました。

東日本大震災による在宅被災者をめぐり自治体が本格的な調査を行ったのは初めてで、これまで見過ごされてきた被災の実態が少しずつ明らかになってきたのです。

取材した半数の人「直せていないところある」

私たち取材班は実態をより詳しく調べるため、津波の被害を受けた宮城県内沿岸部で自宅が半壊以上の被害を受けたものの、今も同じ家に住む350世帯に聞き取り調査を実施しました。

その結果、半数近くが8年が経過した今も「自宅で修理できていないところがある」と答えました。この人たちに自宅に戻った時期を聞いてみたところ、▼壊れた自宅にそのまま残った人が18%、▼1週間以内に戻った人が16%と3人に1人が避難所にいなかったことがわかりました。

「避難所に行けなかったこと」が支援の分かれ目となってしまう国の仕組みに問題があることが見えてきました。

なぜ生まれた“在宅被災者”

今の国の支援制度では、被災したあとに避難所に行けば食料や物資の支援を受けることができ、その後、一戸当たり500万円以上かけて造られる仮設住宅や災害公営住宅が整備されるなど住まいが保障されます。

一方、「在宅被災者」はこのレールから外れてしまいます。国からは最大で250万円余りの補助金を受け取ることができるものの、この資金で自宅を直しきるのは難しいのが実情です。避難所へ行かなかったため、支援物資ばかりか、生活再建に必要な情報も十分に受けられません。被災者支援の枠組みが“単線型”と言われる由縁です。

避難所に行きたくても行けず

では自宅が被災したあとなぜ避難所に行かなかったのか。そこには避難所に「行けなかった」やむを得ない事情がありました。
気仙沼市に住む小野寺明美さんは東日本大震災の地震の揺れで自宅が半壊となりましたが、重度の知的障害がある息子と生活をしているため、他の住民と団体行動をすることは難しく、自宅が被災したあと避難所に行けませんでした。

発生当初は自宅の水道や電気が使えないうえ、支援物資もありません。小野寺さんは井戸水をくむことができる近所の家から水をもらったり、営業している店を探して食料を調達したりしたといいます。

修理に使える支援金は50万円余りだったため、直せたのは玄関だけ。今も傾いたままの自宅に住み続け、地震が起きると倒壊するのではと不安を抱えています。
仙台市の庄司恵子さんは自宅の1階の天井近くまで津波につかり、1年間、2階で生活していました。避難所にいけなかったのは、がんで寝たきりだった夫の二千夫さんを介護するためです。

当時は、水や食料を自宅の2階に運び入れるために1日に何十回も階段を上り下りして夫の介護を続けました。その後、平屋の仮設住宅に入ろうと区役所に相談に行きましたが、募集が締め切られていたため断られました。仮設住宅への入居を募集する情報や応募期限は避難所で広報され、自宅にいた庄司さんには知らされていなかったのです。
夫の二千夫さんは自宅の再建を果たせないまま、震災の3年後に死亡。庄司さんはその後、介護疲れからか、ひざや腰を痛めて手術を繰り返すようになりました。

庄司恵子さんは「避難所に行けない事情はそれぞれ違います。行政には在宅被災者がどのくらいいるのか、何に困っているのかを把握して支援してほしかった。置いてきぼりにされたと感じます」と話しています。

聞き取り調査に協力してもらった350世帯のうち、被災後1週間以内に自宅に戻った人たちに避難所へ行かなかった理由を聞くと、「自宅が落ち着く」という回答が最も多かった一方で、▼「避難所の人が多すぎて入れなかった」人は19%、▼「家族に介護が必要な人がいた」人は12%いました。

こうした理由で避難所に行けない人がいるにもかかわらず、一度レールから外れると十分な支援を受けられない国の支援制度。去年発生した大阪府北部の地震や西日本豪雨の被災地でも、「家を修理できていない」という在宅被災者が相次いでいて、東日本大震災と同じように支援から取り残されていく可能性があります。

専門家は…

国の支援制度に詳しい兵庫県立大学減災復興政策研究科の室崎益輝研究科長は「避難所に来ないと支援しないとか、仮設に入った人だけ支援するといういわゆる単線型の仕組みではなくいろいろな道筋を認める複線型の制度に切り替えなくてはいけません」と指摘します。
また、首都直下地震などの大都市で災害が起きた時は人口に対して避難所が圧倒的に足りなくなるため、在宅被災者の問題がさらに深刻化すると指摘します。「在宅被災者の再建に向けた力を引き出せるように支援制度を手厚くしなくてはいけない」と話していました。

声に出さないから“被災者じゃない”はおかしい

今回、私たちが取材した在宅被災者たちは「もう8年たって慣れた」とか「今さら助けてと言っても何も変わらない」と最初は口にします。しかし、一歩扉を開けて家に入ると語る内容は切実です。東日本大震災から8年たっても在宅被災者が住まいの再建を終えられていない現状を教訓に、今後の災害に備えて新たな支援の枠組みを作っていくことが求められています。
仙台放送局記者
中島俊樹

福島の地元紙記者をへて平成21年に入局。東日本大震災の発生当初から被災地取材を続ける。
仙台放送局記者
平山真希

平成27年入局。仙台局石巻支局にて被災地の取材を続ける。