無給医~重すぎる代償

無給医~重すぎる代償
“給与がもらえない”
“社会保障がない”
“上の指示は絶対”
“保育園に入れない”
“うつ病になった”
こうした切実な訴えを私たちに寄せてくれた人たち。すべて大学病院で診療に当たっている『現役医師』たちです。(社会部記者 小林さやか)

無給医の深刻な代償

こうした医師。医療現場では、診療にあたっても給与が支払われないため、「無給医」と呼ばれています。国や大学病院は今もその存在を公に認めていないため、詳しい実態は分かっていません(注1)。

私たちは東京医科大の不正入試をきっかけに去年夏以降、取材を始め、無給医本人からたくさんの声を寄せていただきました。そのうちの何人かに直接取材させてもらうと、無給医の問題は給与面だけにとどまらないことが分かってきました。

注1:医療情報サイト「エムスリー」の調査では無給医が所属する大学病院は国公私立で合わせて34か所。国も現在実態調査中

大学院生になっても…

東海地方の国立大学に所属する30代の男性医師です。

「無給医の問題を取材してください。多方面に迷惑がかかるので、これまで公にしませんでしたがもう限界です」

男性医師はこう切り出し、みずからに起きた問題を語り始めました。

神経内科医を志した男性。医師になったあと、仲間が「野戦病院」と呼ぶ勤務が過酷な病院に医局から派遣され、2年間勤務しました。当時の心境を「人手不足のため派遣され、月100時間に上る残業をこなしました。それでもいつか大学で研さんができると信じて耐えました」と振り返ります。

そして、3年前、念願だった大学院に進学。高度な診療研修など、やっと研究中心の生活が送れると信じていた男性を待っていたのは、大学病院でほぼ無給で働く日々でした。

週に4日、入院患者の診療や外来を担当しましたが、給与は時給1500円で月8時間分しか支払われず、無給で働くことが多かったといいます。月収は、そのほかの手当てを入れても3万円ほどしかありませんでした。加えて週2日、遠方の関連病院での外来診療も任されました。結局、週6日間、働き続け、体調にも異変を来すようになったといいます。

うつ病になった…

そんな男性にとって、唯一の心の支えが研究でした。ある若い患者を担当した時のことです。その患者は難しい病気でしたが、論文を読みこんで最適な治療方法を検討すれば、改善が見込めるうえ、自身の研究にとっても役立つ症例だと考えていました。ところが、大学病院の勤務が忙しすぎて、こうした時間を作ることができず患者を退院させてしまったのです。

みずからが期待していた医師としての研さんも積めないことに焦りを感じ、精神的にも追い詰められていった男性。頭が重く、顔面にゆがみを覚えるようになりました。男性は病院を受診。うつ病と判明し、長期間の自宅療養が必要と診断されました。

男性は「同僚に迷惑がかかる」と思い、抗うつ薬や睡眠薬を服用しながら病院勤務を続けました。

医局には、「産業医に間に入ってもらい、職場環境を調整してほしい」と相談したといいます。しかし、大学からの回答は次のようなものでした。「正規の雇用契約がないので、産業医の介入はできない」男性はついに休学しました。

うつになっても労災なし…

このあと、男性が助けを求めたのが労働基準監督署でした。うつは労災だと認めてもらうためでしたが、労基署側は「大学院生であり、労働契約がなければ労働者とはいえない。よって労災は適用できない」と回答したといいます。

男性は取材の最後に、「目指していた研究もできず、博士号も取れないまま、このままでは退学を余儀なくされてしまう。医局の指示で働き続け、うつ病になったのに、救済を求める場所すらないのです」とつぶやきました。

保育園に入れない…

関東の国立大学に所属する30代の無給医の女性が直面した問題。それは、「子どもを保育園に入れられない」というものでした。

医学部を卒業後、一般病院で医師として働いたあと専門分野の研究のため、大学院に入った女性医師。大学院では、無給で診療や、学生の指導にあたっていました。この頃、女性は、子どもを保育園に預けようと、自治体に申し込んだといいます。ところが、保育園に入れられず、待機児童になりました。

この時の心境を女性は「自分のやりたい仕事やこの先のキャリアは諦めなくてはならないのかと何度も心が折れそうになりました」と振り返ります。

なぜ保育所に入れなかったのでしょうか。都市部で今も多い待機児童。自治体が運営する認可保育所は、家庭で保育ができないことを証明できた人から優先的に入所できます。しかし、女性の場合、大学病院で診療にあたっていても無給医だったため、仕事をしていることを示す就労証明書や源泉徴収票がありませんでした。このため優先度が低いと判断された可能性があるのです。

社会保障もなし…

さらに、雇用契約がないことで、女性には社会保障、つまり健康保険や雇用保険、福利厚生もありませんでした。このため、出産で休んだ期間は雇用保険からの手当てなども受けられず、完全に収入が途絶えたといいます。

今、女性は、高額な認可外保育所を利用しながら、認可保育所が空くのを待っています。

女性は、「医師として、高度な専門性を身につけたのに収入もなく、キャリア形成もままならない。何より社会的に不安定な立場であることが最もこたえます」と訴えました。

私たち患者にも影響が…

さらに、患者の立場から深刻な意見も寄せられました。

都内の私立大学の病院を20代の男性が受診したところ、医師2人から薬を誤って処方されたり、持参した紹介状を紛失されたりしたというのです。薬は幸い服用する前に、間違いだと気付き事なきを得ました。

担当医の名前が病院のホームページに記載されていなかったため、男性が不審に思い病院にただすと、一人は大学院生で、もう一人は「医局員」という回答でした。

取材では、この病院に無給医が数多くいることが分かっています。男性は「医師2人とも診察中、非常に疲れた様子でした。気の毒だと思いましたが、診察に影響することはあってはならないのではないでしょうか」と話しています。

みんなで議論を

無給医の本人たちに取材させてもらうと、その影響は医療の質や社会保障、さらに、人としての尊厳まで脅かされていると感じます。

ある無給医から寄せられたメールです。
「このような状況が続くのであれば、今の医局を離れようと考えております。患者を助けたい、病気を治してあげたいという気持ちは山々でありますが、小生も人間でありAIロボットではありません、養う家族もおります。我慢が美徳とされる風潮が残る日本だからこそ、こんなシステムがまかり通っているのだと思います」
私たちは、今後、このメールにあるようになぜこんな仕組みが今も医局に残っているのか取材を続けます。これまでと同じく、ぜひ情報をお寄せいただければと思います。

アドレスはhttps://www3.nhk.or.jp/news/contents/newspost/form.html

「無給医問題について」とお書きください。