その肉 「培養肉」かも

その肉 「培養肉」かも
「培養肉」って聞いたことありますか?生きている動物から採取した小さな細胞を、特殊な培養液に浸して、肉の塊になるまで増やして作ります。やがて訪れる食糧不足の解決策になるのではと、いま世界各地で研究開発が進んでいます。2013年、培養肉で作られた世界初のハンバーガーの試食会が、ロンドンで開かれ、大きなニュースになりましたが、ハンバーガー1個分の肉を作るのに、当時は、なんと3000万円以上かかっていました。それが、生産コストが劇的に下がり、いま商品化の一歩手前まで来ているというのです。いったいどんな“肉”なのか?取材に行きました。(ワシントン支局記者 田中健太郎)

培養肉、食べてみた!

向かった先はアメリカ・カリフォルニア州。培養肉のスタートアップ企業「JUST」です。

生きている鶏から採取した細胞をもとにチキンナゲットを商品化しようとしています。なんとか頼み込んで、撮影用に、1個だけ、試食させてもらいました。

目の前で油に落として待つこと1分。「量産前なので、まだ相当なコストがかかっているのだろうな。1個、数万?いや数十万円だろうか?」などと思っていたらできあがり。カラッと揚がりました。
培養肉で作ったチキンナゲット
見た目はナゲットそのもの。2つに切ってみると、中は、ちょっと、つるっとした感じ。白っぽく、ナゲットというよりも「かまぼこ」のようです。
では、その味は?おそるおそる口にしてみましたが、いい意味で、予想を裏切られました。食感は思ったより弾力がありました。かみしめると、鶏肉の風味もします。目隠しをして試食すれば、お店で普通に売っているチキンナゲットとの違いはわからないかもしれないな、と思いました。

ラボで増殖する“肉”

ナゲットの“肉”はどうやって培養しているのでしょうか。研究室を案内してもらいました。

開発競争が激しいので、撮影禁止のエリアばかりでしたが、中は、試験管や機材が並ぶ、よくある研究室のイメージでした。
見せてもらったのは、細胞を培養する装置。透明な容器の中に、培養液が入っています。見た目は透き通っていますが、実はこの中で、細胞が分裂を繰り返し、どんどん増殖しているといいます。

顕微鏡で拡大してみると、確かに、生きている細胞が、網の目のように増えています。私たちがみた培養液の中で、細胞は、すでに数千万個まで増えているということでした。
培養液の拡大画像
1個の細胞が、チキンナゲット1個分の“肉”の塊になるまで、2週間余りだそうです。培養液の中身が気になったので聞いてみたところ、植物由来のたんぱく質などが入っているそうです。

世界中の植物から採取した栄養分を組み合わせ、いかに早く、安く、細胞を培養することができるか、膨大なデータベースを構築して日々、研究しているということです。
研究員
「家畜の餌と同じような栄養分を細胞に与えると、自然と成長していくんです」

販売まであと数か月?

本当に商品化は近いのか。CEOのジョシュ・テトリックさんに話を聞きました。
ジョシュ・テトリックCEO
Q 販売はいつごろ、値段はいくらくらいを目指しているのですか?
「数か月後には販売するつもりだよ。最初はチキンナゲットだ」「最終的な目標は、ふつうの肉より、安く生産することだ」
技術的には、販売できるくらいまで開発は進んでいるようです。では、いくらで食べられるのか、何度もたずねましたが、CEOは、各社との競争で、価格設定は最も重要な戦略の1つ。量産の規模によっても変わってくるので秘密だと、はっきりとは教えてくれませんでした。

Q 最初に売るのはどこの国ですか?
「アジアのどこかになるだろう」
「中国政府が関心を持っているのは間違いないよ。シンガポールや香港もそうだね」
テトリックさんには、食糧不足への危機感が強い中国など、アジアの国が最初の販売先になるという感触があるようです。実は、私たちの取材の日取りも、テトリックさんの突然の中国出張で、一度延期になっています。

培養肉はフェイクミート?

米農業連盟の年次総会
開発が加速する培養肉ですが、アメリカでの事情は複雑です。まず農業界に警戒感が広がっています。

アメリカの全米農業連盟は、ことし1月の年次総会で初めて、培養肉に関するセッションを開きました。登壇した専門家は「イスラエル、オランダの企業も開発を進めている。中国も投資を始めている。アメリカで、すぐに販売されないとしても、世界中で、食べることができるようになるだろう」という見通しを報告しました。

畜産農家の人たちの反応は、厳しい声ばかり。
「販売するなら、ホンモノの肉と区別してほしい」
「細胞を培養したものではなく、動物由来のものを『肉』って言うのよ。私はちゃんとした『肉』を食べたいわ」
細胞を培養した“肉”は、フェイクミートだ。開発や販売をやめろとはいえないが、消費者が混同しないように、普通の「肉」と、しっかり線引きするべきだというのが、農家の声でした。

安全なの?規制の議論スタート

なにより、あなたは食べたいですか?安全なの?流通させていいの?
抵抗感があるのは事実でしょう。

これまでなかった「食べ物」だけに、アメリカでは規制の議論も、手探りの状態です。培養肉は「肉」なのか「加工食品」なのか、それ以外なのか。普通の肉と区別するため、どんな名前で呼ぶべきなのか。監督当局はどこなのか。さまざまな議論がありました。
米農務省
結局、去年11月、食品医薬品局と農務省が共同で監督することが決まりました。食品医薬品局が、細胞を培養する過程を、農務省が、培養肉を食品に加工する過程を監督します。

多くのスタートアップ企業が研究開発に乗り出し、培養液の成分や作り方は、おそらく会社ごとにばらばらです。一つ一つの安全性をどうチェックしていくのか、規制全体を整備するにはまだ時間がかかります。

ただ当局のお墨付きがない状態で、大量生産に踏み切るにはリスクもありますし、投資も集まりません。消費者も手を出さないでしょう。

CEOのテトリックさんも、それをわかっているので、各国の規制づくりに協力しているといいます。

日本の○○に熱い視線!

技術的には、どんな生き物の肉も培養できるといいます。そこで、次なる展開を聞いたところ、テトリックさんが注目しているのは、なんと日本でした。
「ベストな農家と手を組んで、世界最高の肉を作りたい。日本の和牛だよ」
テトリックさんは、去年12月、日本の鳥山畜産食品という会社と提携。和牛の細胞を使った培養肉の開発に乗り出しました。きめの細かい霜降りをどう実現するのか、研究しているといいます。

アイデアはそれにとどまりません。
「中国の市場も大きくなると思うけど、日本の市場も大きくなるよ。いつかは東京の魚市場で培養肉を売りたいんだ。ねらうのは世界最高の味、クロマグロだよ」
数が少なくなって、漁獲量が制限されているクロマグロの“培養モノ”が、食べられる日が来るのでしょうか?

日本のスタンスは?

1個3000万円のハンバーガーが登場してから10年たらずで、培養肉は、世界の食卓に上るまで、あと少しというところに来ています。
ジョシュ・テトリックCEO
「おいしくて安全で価格も安い肉を作りたい。数十年後には、地球上で生産される肉のほとんどを、培養肉にするのが目標だ」
テトリックさんの鼻息も荒いです。

培養肉が広がれば、家畜を殺さなくて済む。家畜に与える大量の餌や水がいらなくなり、環境問題や食糧問題の解決につながる。地下農業や宇宙農業といった未来の農業の可能性を開くことになる。日本の農林水産省でも、一部の若手グループがそう考えて、研究しているといいます。

世界で研究開発競争が進む中、日本はどのようなスタンスで臨むのか、本腰を入れた議論が必要になってくるのではないでしょうか。

未来の食卓を救う?

取材を終えたあと、サンフランシスコの焼き鳥店に足を運びました。2年半前に、アメリカに赴任して以来、焼き鳥店は初めて。ここぞとばかりに、モモ、手羽、ハツ、カワ、レバー、砂肝…と、片っ端から注文し、さまざまな部位の違った食感や味わいを楽しみました。

もしかすると将来、生きている鶏をさばいて、バラエティに富んだ焼き鳥を味わうことは、とてもぜいたくなことになるのかもしれないな。そんな未来の食卓を想像しながら、久しぶりの焼き鳥を堪能しました。

ニワトリさん、ありがとう。ごちそうさまでした。
ワシントン支局 記者
田中健太郎

平成9年入局
岐阜局をへて経済部
平成28年からワシントン支局