愛離我灯!鬼怒鳴門

愛離我灯!鬼怒鳴門
「めちゃくちゃお茶目」「暴走族並みのすごい当て字だ」
日本文学研究の世界的第一人者、ドナルド・キーンさんが亡くなってネット上で注目されたのが、キーンさんの名前を当て字で表現した「鬼怒鳴門」。そこからは当て字文化の豊かさが見えてきます。(ネットワーク報道部記者 郡義之 伊賀亮人)

ロックな名前!?

「鬼怒鳴門」という名前は平成23年の東日本大震災のあとキーンさんが日本に移住することを決め、日本国籍を取得した際にみずから公表したものです。
そのキーンさんが96歳で亡くなったことを受け、ネット上にはキーンさんの功績をたたえ、日本への深い愛に感謝する声がたくさん寄せられている一方で、ちょっと変わった名前にもさまざまな反応が上がっています。

専門家は“しゃれた名前”

この名前について、当て字文化研究の第一人者で、早稲田大の笹原宏之教授は「なかなか凝った漢字表記だ」と言います。

「鬼怒鳴門」と書いてキーン・ドナルドとするために、「怒」の字を2回読ませる工夫が凝らされているからです。
「初めは変わった字を当てたと思いましたが、『怒』の字に『ヌ(ン)』と『ド』と2回読ませています。そして、鬼怒川と鳴門の2つの地名に基づいていて、なかなかしゃれていて、日本人でも思いつかないと思います」(笹原教授)

名付け親は三島由紀夫

この名前には、名付け親がいるとされています。

「金閣寺」や「仮面の告白」で有名な作家、三島由紀夫です。キーンさんとは長年、親交があり、何度も書簡を交わしていました。
「三島由紀夫未発表書簡(中央公論社)」によると、三島が昭和32年1月にキーンさんに送った書簡の中に「怒鳴土起韻様」という文字が出てきています。
その後も、「怒鳴門起韻様」や「ドナルド・起韻様」といったいくつかの記述が見られます。

それから60年余りたった平成24年、キーンさんは「日本で、日本人として死にたい」として日本国籍を取得した際に「鬼怒鳴門」という名前を披露したのです。

外国人名に当て字は戦国時代から?

外国人の名前と漢字の当て字の関係は、古くは戦国時代にまでさかのぼることができるといいます。

戦国大名の織田信長が家来となった外国人に、「弥助」と名付けたのは本名の発音に基づいて漢字の名を当てたものという説があるそうです。

江戸時代には、大分県臼杵市に漂着したオランダの船の乗組員で、後に江戸幕府に重用されたヤン・ヨーステンは、「耶揚子」と名乗りました。
さらに戦時中には、ロシアから亡命して日本のプロ野球選手になったビクトル・スタルヒンが「須田博」と名乗ったほか、最近では、「田中マルクス闘莉王」など、帰化した選手がみずから当て字を使う例もあります。

当て字好きの日本人

こうした歴史には、名前に限らずそもそも日本語全体で当て字を好んで使ってきたことが背景の1つとしてあると言います。
笹原教授が一例として紹介してくれたのが、「秋桜」という漢字です。

本来はコスモスですが、あえて日本人の好きな「秋」と「桜」を組み合わせることで、いろんな風景を思い起こさせてくれるようになるというのです。
「日本人は西洋人に比べて、ことばの音よりも意味を大切にする傾向が強い。漢字には意味があるので、ひらがなやカタカナを置き換えることで、ことばに奥行きが感じられるようになります。カタカナの外国人の名前も、あえて漢字に置き換えることで個性も表現され、そこに意味も生まれてくるので、日本人が見てもしっくりくることがあるのではないでしょうか」(笹原教授)

広まる 当て字大好き!

「自分の名前を漢字で書いてほしい」
今や多くの外国人がこう考えるようになりそれに伴うサービスも広がっています。
その1つが「KANJINAME」というサイト。

その名の通り、外国人の名前を漢字に変換してくれます。仕組みは、入力したアルファベットを辞書の発音記号にもとづいてひらがなに変換。それを自動的に漢字にあてはめます。

その際、否定的な意味のある漢字は省きます。さらにそれぞれの漢字の意味を外国人にもわかるように英語で説明してくれるのです。
運営するのは京都市のウェブサービス開発会社「LIBRE」。「外国人観光客の間で当て字のニーズがあるのではないか」(門田大輝社長)と2年前にサービスを始めました。

使った人の反応も上々で、外国人観光客向けのTシャツの制作にこのサービスを活用できないかという話も出ているそうです。

試しに「Donald Keene」と打ち込み変換してみるとー。1秒もたたずに出てきたのは「度成杜 寄无」の漢字。

さすがにドナルド・キーンさんの思いを反映することはできないようですが、変換のたびに変わる漢字を楽しめそうです。

当て字のはんこも

さらに当て字のはんこも登場しています。
神奈川県鎌倉市の専門店「鎌倉はんこ」では、3年前から外国人観光客向けに漢字の名前がはいったはんこを制作・販売しています。
日本人のはんこ需要が減る中で、新たな顧客の掘り起こしのために始めました。制作する際はまず、名前の発音をカタカナにしたうえで、当てはまる漢字を辞書で探し提案します。

外国人客に漢字の意味を説明しながら複数の選択肢を提案し、最も好みに合うものを選んでもらうと言います。
「外国人のお客さんはこだわりも強く、それに合った漢字を選ぶという体験自体を楽しんでいるようで、必ず4つか5つは選択肢を見て選んでいます」(「鎌倉はんこ」代表 月野允裕さん)
ただ、10文字以上になるフルネームをはんこに入れたいという難題や日本人は使わないような「悪」といった漢字を使いたいと言われて戸惑うこともあるとか。
「自分の名前に当てた漢字一つ一つに意味があり、そしてその漢字が自分のマインドに合うということで、みずからのロゴマークのようになると喜んでもらっています」

ありがとう!キーンさん

日本文学を世界に広めただけでなく、東日本大震災では日本を励ましてくれたキーンさん。生前に建てたお墓にはキーンの自称の当て字のニックネーム「黄犬」が描かれているそうです。ここまで日本を愛してくれてありがとうございます。