それでもアメリカを目指す! “無法地帯”の壮絶な現実

それでもアメリカを目指す! “無法地帯”の壮絶な現実
“世界一危険な無法地帯”とも言われる中米・ホンジュラス。危険と隣り合わせの生活から逃れたい一心で、人々は、連日、アメリカの国境を目指しています。なぜ、国を捨ててまで逃げたいと思うのか。ホンジュラスを訪ねると、壮絶な現実がありました。(ロサンゼルス支局記者 神津全孝)

1人の少女との出会い

取材のきっかけは、去年10月、メキシコ南部で「移民キャラバン」の集団で出会ったひとりの少女でした。両親とともに母国・ホンジュラスを捨て、アメリカを目指していました。別れ際、彼女は私の名刺を手に、こう約束してくれました。
「アメリカに入れたら英語を勉強して、連絡するね」
しかし、少女一家はメキシコ当局に捕まり、行方はわかりません。電話もつながりません。アメリカへの移住を目指す「キャラバン」で出会った多くの人は、ホンジュラスから来ていました。

「家族が殺された」
「ギャングの性奴隷だった」
「彼らに納める“戦争税”が払えず、逃げた」

彼らが語った故郷を離れた理由、それは、どれも壮絶でした。
人口900万人ほどの小さな国で何が起きているのか、私たちは、キャラバンの出発地・ホンジュラスのサン・ペドロ・スーラに向かいました。

貧困地区で一変する空気

サン・ペドロ・スーラ
到着して最初の印象は、「ここは、アメリカ?」

空港から車で30分ほど走ると、サン・ペドロ・スーラの市街地に到着します。アメリカ資本のファストフード店や大手ホテルチェーンも立ち並んでいます。主食のバナナやチキンも慣れてくればおいしい。

「いいじゃん、この国」
しかし、この印象は、ギャングの支配地域となっている貧困地区に入ると一変します。

道路は舗装されておらず、商店は、頑丈な鉄柵に覆われています。道には人が倒れ、道端の男たちは奇声を上げながら、われわれをにらみます。一気に緊張が高まりました。

“世界最悪”の都市

サン・ペドロ・スーラは、ホンジュラス第2の都市。産業都市として、ホンジュラスの経済を支える一方で、ギャンググループの拠点としても知られています。

最も多いときの殺人事件の被害者は、年間10万人当たり187人。この割合を、東京の人口1300万人で換算すると、都内だけで、毎日、66人が殺害される計算です。
2011年からは4年連続で殺人事件の発生率が世界で最も高い「世界最悪の都市」になりました。

ギャング集団「マラス」

なぜ、そんなに人が殺されるのか?最大の理由は、世界屈指のギャング集団にあります。その名は「マラス」。中米各地で活動するギャンググループの総称です。中でも、「MS13」は、有名です。

「マラス」の構成員は、現在、国内外におよそ3万人いるとみられています。主な資金源は、麻薬の密売とゆすり。支配地域の住民に「戦争税」と呼ぶみかじめ料を要求し、断れば見せしめのために殺害することもいといません。

凶悪な犯罪を繰り返す「マラス」が、中米で勢力を拡大していることが、急激な治安の悪化につながっているのです。

アメリカの移民政策にも影響

その影響は、アメリカ・トランプ政権の移民政策にも影響を与えています。

不法移民を防ぐため、国境沿いに「壁」の建設にこだわるトランプ大統領は、2月5日に行われた一般教書演説でも、「MS13」に言及しました。
「野蛮なギャング集団『MS13』は、いま、少なくともアメリカの20の州で活動していて、ほぼ全員、南部の国境をこえてアメリカに入ってきた。われわれは、ギャング集団を追い出す。国境の安全を万全にしないかぎり、やつらはアメリカにまた流入してくるんだ!」

さよなら、ボディガード

ジェニファー・フェルナンデスさん(中央)
貧困地域に入る前に、待ち合わせをした人がいます。ジェニファー・フェルナンデスさん。職業訓練を行うNGO団体の代表です。ギャングが支配する地区の案内役を務めてくれた、とても小柄な女性です。

彼女が提示した取材の条件は、日が暮れるまでに終えることと、彼女の元を離れないこと。そして、最後に衝撃的な一言
「あなたたちが連れてきたボディーガードは置いていって、全く役に立たないから。私が乗っているのがわかれば、誰もあなたたちに手を出さないわ」
私たちは、屈強なボディーガードを車の中に残したまま、取材に出ました。

「マラス」の元幹部

街を支配する「マラス」の実態とはどんなものなのか。

今回、匿名を条件に、元幹部の男に接触することができました。男は12歳で組織に入り、いくつもの「任務」をこなして、「殺し屋」と呼ばれるナンバー2の地位にまで上り詰めました。
「マラス」の元幹部
Q マラス(MS13)に入るにはどうする?

A 13秒間、殴られ続け、それに耐えきることができれば合格、仲間入りさ。

Q 人を殺した経験は?

A そりゃ、あるさ。訓練を重ねて銃の使い方を身につけた。

Q 何人?

A それはいえない。
国民のおよそ5人に1人が、1日に2ドル以下の生活を強いられています。マラスは、こうした極度の貧しさにあえぐ若者や、親を殺され行き場を失った子どもに目を付けるといいます。最初は「家族」のように接して近づき、組織に誘い込んでいるのです。
Q なぜ組織に?

A 幼い頃から家庭の中でさげすまれていた。家を出て路上にいたときに手をさしのべてくれたのがマラスだった。大切にされていると感じたんだ。

Q いまでも同じように勧誘する?

A 多くの親が殺され、その子どもの多くがギャングの仲間入りをする。終わることはない。

一筋の希望の光

一方で、若者をギャングから守る取り組みも進められています。

私たちの、さながらボディーガードとなってくれたフェルナンデスさん。NGOの代表として、ギャングたちの更生プログラムを続けています。

次々に「マラス」の仲間入りしていく友人を救いたいとの思いから、19歳の時にNGOを立ち上げました。若者たちに、家電や車を修理する技術を身につけさせ、自立を促しています。

しかし、マラスのメンバーだったいとこが殺害されたことで、失望感から、施設を閉めることも考えたといいます。フェルナンデスさんを思いとどまらせたのは、自立したいという少年たちの切実な声でした。
ジェニファー・フェルナンデスさん
「私が見捨てたら、彼らは組織に戻り、殺されてしまう。彼らは私を必要としているの」
家族を殺された怒りを「復しゅう」ではなく、ギャングたちの「更生」にエネルギーを傾けるフェルナンデスさん。純粋で力強い意思を感じました。

『忘れられた地獄』を忘れない

支配地域をつくり、住民から税金を徴収し、従わないものは見せしめのために殺害する。人々は、そこから逃れるために、故郷を捨てていく。この現状、どこかに似ていると思いませんか?

私は、かつてシリアやイラクで勢力を拡大した過激派組織IS=イスラミックステートと重ね合わせていました。

5年前、シリアと国境を接するトルコの難民キャンプで取材した際に、故郷から逃げ出した難民たちが話していた地獄のような現状。あの“地獄”は、中米の小さな国にもあったのです。しかし、ニュースで語られることはほとんどありません。国際社会が関心を持つことも、ほとんどありません。
今回の取材で出会ったある家族もまた、“地獄”から逃れるために、アメリカの国境を目指していきました。街なかでマラスに突然、襲われて金を要求され、払えないと伝えると、消えないと殺すと脅されたということです。この街では、全く珍しい話ではありません。

「忘れられた地獄」

ほかにもこうした地域があるのかもしれません。その存在を知り、考え、忘れないこと。それが、私たちにできる最初の一歩です。
ロサンゼルス支局記者
神津全孝