メルケル首相から“AI”のラブコール

メルケル首相から“AI”のラブコール
今月上旬、3年ぶりに日本を訪問したドイツのメルケル首相。世界中からひっきりなしに面会者が訪れる“超多忙”なメルケル首相が、日本だけを訪れる外国訪問に出ました。その理由は、アメリカと中国が先行するAI=人工知能の開発で、日本に熱い“ラブコール”を送るためでした。(国際部記者 曽我太一)

メルケル首相 日本のAIに関心

「第4次産業革命やデータの保護の分野で、日独は緊密に連携できる。AIや自動運転技術の分野で協力を進めていきたい」
今月4日、安倍総理大臣との会談後の記者会見で、メルケル首相は、AI分野における日本とドイツの協力を高らかに宣言しました。
翌5日には、AIの開発に力を入れる大手電機メーカー「NEC」の本社を視察。物理学の博士号を持つことで知られるメルケル首相は、災害の予知などができる最先端のAI技術について、少しでも吸収しようと、担当者に積極的に質問をしている様子が印象的でした。

官民で進む日独のAI協力

両国の政府は、2017年、自動運転技術の共同研究を進めることで合意。ほぼ完全に自動で運転できる「レベル4」以上の技術を実現するため、ドライバーや歩行者の行動を共同で分析することにしています。
NEC本社を視察するメルケル首相
また、産業界では、日本の「NEC」やドイツの「シーメンス」などが、製造業の生産性を高めるためのAIの開発に向けて、共通の仕組みを作ることですでに合意しています。

日独が同じ周波数を使うなどして工場内のワイヤレス化を進め、AIの開発に欠かせないデータの取得をより容易にするのがねらいです。

NECは、「日本とドイツは、製造現場に近いという強みを持っている。日独で協力し、製造から物流まで、産業界を総合的に効率化できるAIの開発を進めたい」としています。

圧倒的優位に立つアメリカと中国

日独が急接近する背景にあるのが、アメリカと中国によるAIの覇権争いです。AIの分野で、アメリカと中国は圧倒的な優位に立っています。
大手コンサルティング会社の試算では、AIが2030年までにもたらす経済効果約16兆ドル(約1700兆円)のうち、中国が7兆ドル、北米が3.7兆ドルで、合わせて3分の2を占めるとしています。

一方、ヨーロッパは2.5兆ドル、日本を含むアジア先進国はわずか0.9兆ドルにすぎません。
なぜアメリカと中国が有利なのか。それは膨大な量のデータを利用できるからです。
アメリカの大手IT企業、グーグルやアップルなどの頭文字を取った「GAFA」。世界中のユーザーから大量の情報を集め、ビッグデータとして分析し、広告収入や商品開発につなげています。

また、2030年までにAI分野での世界トップレベルを目指す中国。スマートフォンで店舗での支払いなどができるアプリの利用者が10億人を超え、こうした個人データに政府がアクセスできるとみられています。
屋台もスマホで決済 中国・杭州
AIには、学習をすればするほど能力が進化する「ディープラーニング」という技術が用いられています。このため、データが多いほど学習が進んでAIは成長し、それを利用する企業は、商品やサービスの開発で優位に立てます。

その結果、市場の寡占化が進み、ほかの企業の参入が難しくなります。

“第3極”の必要性

1月下旬に開かれた世界の政財界のリーダーが集まる「ダボス会議」でメルケル首相はこう指摘しました。
「いま世界は両極に分かれている。アメリカでは、データの扱いが民間企業まかせになっている。中国は国家が多くの個人データにアクセスできる状態だ」
プライバシーなどの個人の権利を尊重しながら、データを活用する国々による「第3極」をつくる必要性を訴えました。

日独は巻き返せるか

AIの「第3極」の構築を目指す日独連合は、アメリカや中国では、サービス業での技術開発は進んでいるものの、製造業などへの活用が進んでいないことに着目し、互いの強みを生かそうとしています。

産業分野のAI活用に詳しい、「ドイツAI研究センター」のアンドレアス・デンゲル所長は、中小企業も活用できる共通の仕組みを作ることが重要だと指摘します。
アンドレアス・デンゲル所長
「今後のAI開発は、データの量だけでなく、質が鍵を握る。日本とドイツには、アメリカや中国にはない製造業の“現場”を持つという強みがあり、大きな可能性がある」
日本とドイツが掲げるのは「人間中心のAI社会」。政府主導の中国型システムや、アメリカの「GAFA」による民間寡占型のシステムに対し、どのように巻き返しをはかるのか。

高い技術で世界をリードしてきた製造業大国によるAI連合の動向に注目していきたいと思います。
国際部記者
曽我太一
平成24年入局
札幌局などをへて国際部
現在、ドイツをはじめヨーロッパと東南アジアを担当