“早生まれ”の君へ

“早生まれ”の君へ
2月生まれで体の小さい君を、私は周りと比べたり、不安に思ったりしました。そして、「同級生はできるのに、なぜできないんだ」と言ったことも。4月生まれの私は、そのことばがどれだけ息子である君を傷つけたか、まるでわかっていませんでした。同級生より何か月も後に生まれた「早生まれ」の子が抱えているものに気がついた今、反省の気持ちとともに、君に伝えたいことがあります。
(ネットワーク報道部記者 松井晋太郎)

早生まれはプロ野球選手になれない?!

私が以前、プロ野球の取材を担当していた時のことです。チームの関係者から、こんな話を聞きました。
「プロ野球選手の7割近くが4月から9月生まれなんだよ。『早生まれ』は体が小さいから試合に出られなくて不利だからね」
1月から3月(正確には4月1日まで)に生まれた「早生まれ」の人はなかなかプロになれないというのです。

確かに練習中のグラウンドを見渡せば、巨人の高橋由伸選手(当時)、内海哲也投手(当時)、澤村拓一投手は4月生まれ。チームの主力で早生まれなのは阿部慎之助選手くらいでした。

私の長男は2月生まれ。幼稚園の入園式でもひときわ小さく見えました。生まれた時期で将来の可能性も限られてしまうのか、私は長く引っ掛かっていたこの問題の取材を始めました。

“早生まれ”は1割強

私が聞いた話は事実でした。野球の能力と子どもの発育の研究をしている東京農業大学の勝亦陽一准教授がまとめたデータによると、プロ野球選手の64%は4月~9月生まれ。1月~3月生まれは15%にとどまっていました。
年度のはじめに生まれた子は、同級生に比べて体が大きくなるのが早く、特にスポーツの分野では自信を持ちやすくなることが原因だと勝亦准教授は考えています。

上手にできるから、指導者や親からほめられる。そしてますます競技が好きになる。試合に出場する機会も増え、好循環の中で成長していくため、年度のはじめに生まれた子が有利な状況が続くというのです。

逆に、体が小さく試合に出る機会の少ない「早生まれ」の子は競技のおもしろさを感じられないまま、途中でやめてしまうケースが少なくないといいます。

子どものころから激しい競争にさらされる野球のような競技では、プロになるまでの過程で「早生まれ」の選手がドロップアウトしているとみられるのです。
「背景には、目の前の試合に勝つことにこだわる指導者の『勝利至上主義』があるのではないか」(勝亦准教授)

“諦めないこと”が大事

一方、勝利至上主義ではなく、選手に競技を諦めさせないことを第一に指導する動きも出てきています。
前橋市の中学生の硬式野球チーム「NPO法人 前橋中央硬式野球倶楽部」はユニークなチームづくりをしています。主要な大会の試合に出るのは3年生だけ。能力や体格に恵まれている選手が1年生や2年生のうちから試合に出ると、3年間、試合に出られないままの選手が出てくるからです。

さらに、3年生を体の大きいチームと小さいチームの2つに分けて大会に出場したり、練習試合をしたりすることで、試合に出る機会を確保しています。

理事長と監督を務める春原太一さんも、かつては勝利にこだわり、全国大会で勝ち上がったこともあります。

しかし、チームでレギュラーだった選手が高校であまり活躍できず、逆にベンチに入れなかったような選手が高校でエースピッチャーになるのを見ているうちに、疑問を感じるようになったといいます。
春原さんは、成長過程でのドロップアウトを防ぐことで、将来のスター選手を埋もれさせないことが大事だと考えるようになりました。ユニークなチームづくりはこのためです。
今月上旬、私が取材に訪れた時は3年生への進級を控えた選手たちのチーム分けを決めるための面接が行われていました。今後1年間の成長のスピードも考えて、大きいチームと小さいチームのどちらに入るべきか、本人の希望も聞きながら決めているのです。
1月生まれのある選手に、春原さんは、どちらのチームでプレーしたいか尋ねました。

その選手は「僕は早生まれで体格も小さいので小さいほうのチームで試合に出て経験を積みたいです」と答えました。

春原さんは「そうだね。そのほうがいい経験が積めるね。体が大きくなっている途中だから諦めずにやっていこうな」と声をかけていました。

逆に1メートル80センチ近い選手は面接で、「同じような体格の選手と高いレベルでやりたいです」と相談していました。

このチームでは、今の運営方針に変えてからも、全国大会に出場していて、前橋育英高校などの強豪校にも選手を送り出しています。

一方で、地元の公立の進学校に進む選手もいて、それぞれのレベルに合わせて野球を続けているといいます。
春原さんは「子どもたちの成長のレベルに合わせて練習することが大切だと思っています。10年先を見据えて指導することで、子どもたちに長く野球を続けてもらいたい」と話しています。

日本陸連も

野球の世界だけではありません。日本陸上競技連盟も「諦めさせない」ことを第一とする育成指針を作り、去年12月、全国の指導者に説明しました。

陸上の世界でも、小学生や中学生のころは、生まれた時期による差が大きいことがわかったからです。日本陸連がまとめたデータです。
小学生や中学生の全国大会の出場者が生まれた月を調べると、1月から3月生まれの選手はわずか1割前後。一方で、世界選手権やオリンピックに出場したトップ選手の生まれた月を調べると、ほとんど偏りはありませんでした。

つまりトップ選手の多くは、高校生以降に素質が開花しているのです。

成長の違いを認識した指導を

日本陸連がまとめた育成指針では「小学校期」や「中学校期」それに「高校期」など大きく6つのステージに分け、それぞれに応じたトレーニング方法を示しました。

そして指導者には「早生まれ」の選手が諦めてしまわないように、一人ひとりの成長の違いを認識して指導するよう求めています。

さらに日本陸連は、中学生が参加する「ジュニアオリンピック」の出場条件を今年度から見直しました。

「早生まれ」の選手を、1つ下の学年の4月から12月生まれの選手と同じ区分にしたのです。

この結果、以前の区分だと8位入賞に届かない記録だった「早生まれ」の選手が3位以内に入り、表彰台に上がったケースもありました。

自己ベストは28歳

かつて「アジアの風」と呼ばれた陸上男子100mの元日本記録保持者・伊東浩司さんも、実は1月生まれです。小学生のころは同級生より体が小さく、劣等感を抱き続けていたといいます。

唯一得意だったのは走ること。他の選手との比較ではなく、自分の記録を塗り替えることでほめられるのがうれしくて、陸上競技に打ち込むようになりました。
国内の多くの選手が20代前半で自己ベストをマークする中、伊東さんが10秒00の日本記録(当時)をマークしたのは28歳。まさに「大器晩成」でした。
「24歳、25歳のころになると、遅れを取り戻しているような感じでした。指導者には、早生まれの子や成長の遅い子にはできないことがあるということを知ってもらいたい。それだけで大きく違うと思います。子どもの親には、小さなことでもほめるようにしてほしいです。徒競走でいつも4位だったのが3位になった、身長が少し伸びた、そんなことでもいいです。そして子どもたちには『いつかできるようになる』と信じて、諦めずに競技を続けてほしい」(伊東さん)

可能性は、これから

けさも「行ってきます」と元気よく家を出た2月生まれの長男。その後ろ姿は、相変わらず小さいままです。取材を終えた今、私は自分に言い聞かせました。「焦らずに子育てをしよう」と。そして、長男に、すべての早生まれの子とその家族に、伝えたいことがあります。

「慌てないで。可能性は、これからだから」