法律で小さな命を守りたい

法律で小さな命を守りたい
「お父さんにぼう力を受けています。先生、どうにかできませんか」
少女が勇気を振り絞ってアンケートに書いたSOSは生かされませんでした。このニュースに心を痛めた法律の専門家のツイートが今、注目を集めています。「だれにもわからないから、あんしんしてそうだんしてください」。
(ネットワーク報道部記者 芋野達郎・鮎合真介・目見田健・岐阜局記者 岡本綾)

べんごしにそうだんしてね

子どもたちが読めるようすべてをひらがなで書いた文章を投稿したのは、鹿児島市の弁護士、芝原章吾さんです。
「こどもたちへ。いじめ・ぎゃくたいなどをうけて、どこにそうだんすればいいかわからないときは、べんごしにそうだんしてね。ひみつはまもります。べんごしにそうだんしたことはだれにもわからないから、あんしんしてそうだんしてください」
千葉県野田市で小学4年生の栗原心愛さんが死亡し、傷害の疑いで両親が逮捕された事件。心愛さんが父親による暴力を訴えたアンケートのコピーを、市の教育委員会が父親に渡していたことが大きな問題となる中で、投稿されたものでした。
「必ずしも子どもが見ているとは限らないというのはわかっています。でも、見ていてほしいなと、見ているかもしれないと思って書きました。法律によって、子どもを虐待から守ることができるんです」(芝原弁護士)
投稿は大きな反響を呼びました。

「なんか泣けました。信用できる大人がいない。弁護士さん、裏切らないで守って下さい」
「先生も人間。そして、教師になるために教科は学んでも、威圧的な保護者への対処方法は、恐らく学ばないです。守ってくれる人、必要です…」
「このツイート、このまま学校や駅前のポスターにしてほしい」

同業の弁護士も同じような呼びかけをしています。

「我々は、威迫・脅迫には慣れておりますし、訴訟もお手の物です。共に子供を守りましょう」(東京都・中村剛弁護士)

もし弁護士が対応したら

ツイートが注目されたことについて芝原弁護士は「学校の先生たちは頑張っているんだけど、対応には限界がある」ことを多くの人が感じているからではないかと指摘。

では今回、野田市の教育委員会が父親の強い要求を拒みきれず、アンケートのコピーを渡していた問題に、もし自分が関わっていたとしたら、どう対応したのでしょうか。
「親であっても加害者です。親だからといって加害者が子どもの書いたものを見る権利があるかというと、たぶんないですよね。ないのであれば、あなたの要求には応じられませんと拒否をすることは可能だったと思います」

“弁護士も教育現場へ”

芝原弁護士は、大人である教師も法律の専門家に頼ってほしいと言います。
「虐待は家庭の閉じられた空間で起きます。その情報がもたらされた学校も閉じられた空間です。その中で知識や経験がなくて、大人も誤った対応をしてしまうおそれがあります」
一方で、法律の専門家みずからが教育現場に協力する姿勢も大切だと訴えます。
「弁護士に相談するのはまだ敷居が高く弁護士の側も学校の先生と気軽に話をできる関係性を作っていくことが重要だと思います。正直、何がどこまでできるかというのは僕も分かりませんが、まずは、つながることからスタートするしかないと思います」

各地で導入 スクールロイヤー

学校などで起きるさまざまなトラブルを弁護士のアドバイスを受けながら解決をはかるスクールロイヤーという制度の導入も各地で始まっています。岐阜県可児市は平成28年に導入しました。
その仕組みです。学校で解決が難しいトラブルが起きた場合、学校は、教育委員会の担当者に連絡します。教育委員会は、メールや電話で弁護士に相談。法的な視点から、解決方法をアドバイスしてもらうのです。

怒る保護者 学校へのアドバイスは?

実際に起きたケースです。

LINEに悪口を書き込まれたとして、中学生の保護者が怒って来校。学校に対して、今後、二度とトラブルを起こさないと文書にするよう求めてきました。
学校は弁護士に相談。回答は「学校は争いの当事者ではないため、文書を書く必要はない」というものでした。代わりに提案されたのが、校長から保護者へのお便りでした。

要求をただ突き返すのではなく、保護者が納得できる方法を見いだして、折り合いをつけることができました。

弁護士は現役教師

こうした対応ができる秘けつは、担当の神内聡弁護士が東京の私立の中高一貫校の、現役の教員でもあり、教育現場での経験が豊富なことにもあります。

神内弁護士は可児市とのやり取りを、日中の空き時間や教員としての仕事が終わった後に行います。
「とにかく正確さと早さが大事。なるべく早く答えを出してあげて助言ができれば、すごく有効だと思う」(神内弁護士)
可児市の小学校の校長
アドバイスを受けている可児市の小学校の校長は「われわれは教育に関してはプロですが、法律的なことや法的な根拠については全くの素人なので、法的根拠ということで示してもらえると非常に心強い」と話しています。

広まるかスクールロイヤー

こうした取り組みは文部科学省も注目し、今年度から大阪府や三重県など全国5か所で学校に弁護士を派遣し、いじめなど学校でのトラブルの相談に応じる取り組みを始めました。文部科学省では来年度もこの制度を続けて効果を検証し、将来的には全国の学校にスクールロイヤーを配置して教員の負担を減らしたいとしています。

身を守るこども六法とは?

子どもたち自身に身を守るための法律を知ってもらおうという取り組みを進めている大学院生もいます。一橋大学大学院社会学研究科の修士課程で「法教育といじめ問題解決」をテーマに研究を続けている山崎聡一郎さんです。
山崎聡一郎さん(中央)
山崎さんは刑法や民法などの法律の中から子どもたちの身を守ることにつながる法令や条文をピックアップし、小学校高学年以上であれば理解できるようにやさしい言葉で書いた「こども六法」を作成しました。

例えば刑法では、傷害罪を規定した204条を「人をぶつ、蹴る等して怪我をさせた人は15年以下の懲役か、50万円以下の罰金とします」と言いかえたり、逮捕及び監禁の罪を定めた220条は「勝手に人を捕まえ、どこかに閉じ込めた人は、3か月以上7年以下の懲役とします」などと表現しています。
法律の条文をやさしい言葉で記した
「こども六法」を作成した理由について、山崎さんは「大人の世界では犯罪になることも、閉鎖的な学校社会では独自のルールが作られ一般社会のルールが通用しません。でも、それは犯罪なんだということをこども六法を通じて被害者が気付くことができれば、いじめから抜け出すことができる可能性があります」としています。

原点はいじめられた経験

実は山崎さんは小学生の時に毎日のようにいじめを受けた経験があります。小学6年生の時には左手首を骨折させられるなどして学校に行くのが苦痛で何度も自殺を試みたそうです。

ところが中学校の図書館でたまたま開いた六法全書に衝撃を受けました。

「自分がされてきたいろんなことが『犯罪』としてそこには書かれていた。当時の自分に法の知識があったら、自分で自分の身を守れたかもしれない」

そうした思いから生まれたのが「こども六法」なのです。

教育現場に広めたい

「こども六法」を教育現場で広く教材として使ってもらいたいと、山崎さんは去年9月、インターネット上で出版費用を募る「クラウドファンディング」を行いました。ことし秋には出版にこぎつけたいとしています。

「今回の千葉県の事件でも、女児が父親から受けている仕打ちが違法な人権侵害であると知っていれば、助けを求めることができた可能性はあります。今回の事件は子どものみならず大人にとっても法によって守られている権利や、権利を守る仕組みの認識が不足していたことによって生まれた悲劇であり、法教育は少なからず状況を改善する手がかりになるのではないでしょうか」(山崎さん)

虐待やいじめなど、教育現場には今、課題が山積しています。その現実にさまざまな知恵を持つ大人が対応して小さな命を守りたい。心からそう思います。