消えた“駿河湾の宝石”

消えた“駿河湾の宝石”
富士山を背景に鮮やかに広がるピンクのじゅうたん。春と秋に見られる駿河湾特産のサクラエビを干す美しい光景です。うまみがギュッと詰まっていて、かき揚げやお好み焼きなどにも欠かせません。でも、その“駿河湾の宝石”が今、大変なことになっているんです。(静岡放送局記者 市川不二子 玉本重陽 山田俊輔 )

サクラエビ 記録的な不漁に

サクラエビ、実は国内でまとまった漁獲ができるのは静岡県の沖合、駿河湾だけです。漁は産卵期を避けて解禁され、毎年3月から6月ごろに「春漁」、10月から12月ごろに「秋漁」が行われてきました。
去年の春漁 初競り
大きな異変が現れたのは去年の「春漁」。
水揚げ量はおよそ300トンと、前年の4割ほどにとどまり、ここ10年で見ても最も少ない、記録的な不漁でした。

サクラエビの漁業者で作る「静岡県桜えび漁業組合」は、資源を守ろうと予定よりも6日早く漁を終わらせました。そして迎えた秋。漁の解禁前の9月下旬、静岡県と漁業組合は初めての大規模調査に乗り出します。深海に生息し、日中は水深200メートルから300メートルにいるサクラエビ。夜、20メートルから30メートルにまで浮かび上がってくる群れが狙いです。
「サクラエビに何が起きているのか」
記者も漁船に乗って調査に同行。午後4時ごろから沖合に出て、およそ3時間にわたった調査の間、群れはなかなか見つからず、漁業者たちも音を上げます。
この日、確保できたのはわずか10匹ほど。大きさも「いつもより小さいんじゃないか?」と、数十年のベテランが首をかしげるほどでした。

不安を残したまま、秋漁は11月12日に解禁されたものの、漁ができる状況なのか、さらに確かめる必要があるとして調査は続きます。
しかし、体長が35ミリ以下で漁に適さない「子どものエビ」が大半を占めたまま。このため組合は、春に子どものエビが成長して産卵できるよう、秋漁を断念。漁の時期を春と秋に分けた昭和50年代以降では初めての異例の事態となったのです。

謎を解くヒントは

なぜ、記録的な不漁となったのか。
県は、駿河湾に生息するサクラエビの全体量は減少しているとみていますが、「生態には解明されていない点が多く、原因ははっきりわからず調査中だ」としています。何かヒントはないだろうか?

取材を進めるなか、サクラエビの生態に詳しい東海大学海洋学部の鈴木伸洋教授(64)のもとを訪ねたところ、こう話してくれました。
「これまでの春の漁で、産卵できる親エビを過剰にとり続けてきたために全体数が減り、不漁につながったとみられます」
え!?ちょっと待って。親が子どもを産む時期を避けて漁をしてきたはずですよね?どういうことですか?
「産卵の時期はおおむね6月から11月ごろまでとされていますが、近年、エビの小型化が進み、産卵の時期が早まっている可能性があります。つまり、産卵期を避けてきたはずの春漁で、産卵直前のエビが混ざって捕獲されていたと考えられるんです」
たしかに、そういうことなら、赤ちゃんが増えず、エビの数が徐々に減ってしまうことになりますね…。

広がる衝撃

サクラエビを専門に扱う漁業者も多い中、不漁は死活問題です。
駿河湾以外で、産地となっているのは台湾。この状態が続けば、消費者は価格が安く、供給が安定した台湾産を選ぶのではないか。漁業関係者からは、そんな切実な声が上がっています。

親子代々、100年以上もサクラエビ漁を営んできた静岡市の20歳の男性。漁が行えない今、収入は3分の2まで減りました。
おととし生まれたばかりの娘を養うため、引っ越しのアルバイトでしのぐ日々です。
男性は「資源を将来に残すためにも、欲張ってとりすぎてはいけないと思っています。ただ、生活のことを考えると、春の漁ではエビがとれるように回復してほしい」と話していました。

亡き父の姿に憧れて、漁を始めたという男性。一人前になるには、20年もの経験が必要だといいます。技を磨きたいと思う一方で、ふるさとの特産を娘に残したい。葛藤する思いがにじんでいました。
水産加工会社「原藤商店」
静岡市の老舗の水産加工会社「原藤商店」では、これまでサクラエビの釜揚げが陳列されていた冷凍庫の棚に、シラスやタチウオが並べられていました。

いつも棚を満たしていたサクラエビの姿はありません。冷凍庫のすぐそばには、豊漁の時代に撮影された真っ赤なサクラエビの水揚げ写真。白く曇る冷凍庫が際立ってさみしく見えました。

例年、年末年始にはサクラエビを求めて多くの客が店を訪れますが、ことしはその期待に応えることはできませんでした。
15代目の原藤晃さん(38)は、「加工食品などで工夫して対応していますが、お客さんの要望に応えることができず歯がゆい気持ちでいっぱいです。水産資源はもちろん、今回離れたお客さんが戻ってくるのかも不安です」と話していました。

各地の食堂なども

不漁の影響は、これだけにとどまりません。
静岡市の由比漁港に近い食堂では、地元で水揚げされたサクラエビを使った人気メニューの「かき揚げ」や「どんぶり」を提供していますが、不漁で価格が高騰し、100円ほどの値上げに踏み切りました。
さらに、11月下旬からは入荷がないため、臨時休業を余儀なくされています。
生のサクラエビを売りにしてきた沼津市の飲食店では、12月末から春の漁が行われるまで、一時的に台湾産に切り替えました。店ではホームページなどを通じて客に理解を求めています。
26年前に店をオープンしてから初めての事態だという社長の原田武虎さん(56)は「厳しい状況だが、漁業者だけでなく加工業者などサクラエビに関わるすべての人たちが建設的にきちんと資源管理ができるとよいと思う」と話していました。

打開策はどこに

今後の漁の在り方について、鈴木教授は、産卵期を控えたサクラエビが多くなる春漁では産卵直前の親エビを取らないよう、秋漁とは異なる自主規制をすべきだと指摘しています。
こうした中、静岡県は月に1回程度の調査を行って、この3月の春漁にどう臨むか、方向性をまとめることにしています。

これまでの調査では、秋の時点で前年よりも子どものエビが見られ、漁場の広い範囲でエビの群れも確認できたとして、県の担当者は「春以降に産卵予定のエビが育っていて明るい兆しだ」としています。

さらに、謎に包まれたサクラエビの生態などを把握し、将来にわたって安定した漁ができるようにしようという官民一体となった調査・研究も進められています。
東海大学海洋学部の坂本泉准教授(55)の研究グループと静岡市などの調査チームは、深海に潜むサクラエビの撮影に成功しました。

調査が行われたのは去年12月末。海中に複数のカメラを仕掛けて撮影を試みた結果、水深350メートルの海底付近でサクラエビが触角を広げて泳ぐ姿を捉えたのです。

深海で動き回るサクラエビの映像は非常に珍しいということで、今後、撮影する時間や場所を変えたり、魚群探知機から得られるデータなどと分析を行ったりするそうで、期待が高まっています。

“駿河湾の宝石”よ 再び

サクラエビの産地である台湾や、秋田県などのハタハタでも、漁獲量が激減したあと規制や禁漁といった対策を行い、回復に向かったケースがあります。去年の秋漁の自主規制が効果を発揮するには、ことしの春漁でいかに産卵エビを守る漁ができるかにかかっています。貴重な資源を守るため、一致団結して覚悟を決めた関係者たち。この春、再び桜色に輝く「駿河湾の宝石」を目にすることができるのか注目されます。