“レイプ・ドラッグ” 薬に記憶を奪われて

“レイプ・ドラッグ” 薬に記憶を奪われて
「酔い止めの薬を勧められました。そこから記憶がありません」
これは、性的暴行のために使われる睡眠薬、「レイプ・ドラッグ」の被害を受けた女性のことばです。私たちは、先月13日に掲載した記事(下記のリンク参照)で、京都で起きた事件について報じました。こうした事件では、誰でも手に入れられる薬が「レイプ・ドラッグ」として使われています。被害者の記憶があいまいになることもあって、どれだけ被害が広がっているのか、実態はつかめていません。さらに取材を進める中で、ある女性が、同じ被害者を生みたくないという一心で、被害に遭うまでの状況を打ち明けてくれました。(名古屋放送局記者 白井綾乃)

“逮捕されることはない”と思っていた

今月11日、名古屋地方裁判所で懲役7年の判決を言い渡された愛知県新城市の28歳の被告。去年4月から6月にかけて、婚活アプリで知り合った女性2人と名古屋市内でそれぞれ食事をした際、ウソをついて睡眠導入剤を飲ませ、自宅に連れ込んだ上、性的暴行をした罪に問われました。

法廷で、被告は、薬を使った理由をこう話しました。
「薬を飲ませ意識を奪うことで、女性が嫌だと感じる状況を作らなければ、訴えられたり逮捕されたりすることはないと思っていた。相手に暴力をふるうほかのレイプ事件は『おかしい。残酷だ』と思うが、自分のやったことがそれと同等のことだとは思わなかった」
法廷で傍聴していた私は、終始、被告のことばに違和感を感じていました。
どんな手段であっても、合意のないまま性行為に及べばレイプだと考えていた私の感覚と、あまりにもかけ離れていたからです。

“決意”の告白

被害者はどう感じているのでしょうか。

私は取材を進めた結果、今回の事件の被害者の1人、愛知県内に住む30代の女性から直接、話を聞くことができました。
「同じ被害者を生みたくない」
女性は、その決意から、取材に応じてくれました。

希望する職業に就き、これまで、懸命に働いてきたといいます。結婚したいという気持ちはありましたが、職場と自宅を行き来する生活のなか、男性と知り合う機会は減り、友人の間で話題になっていた“婚活アプリ”に登録しました。

今回の事件の被告とは、SNSを通じてメッセージのやり取りを重ねましたが、今振り返ると、被告は、お酒の話題になると返信のペースが急に早くなったということです。
まるでターゲットを見定めるかのように、「お酒に強いのかどうか」「どんなお酒が好きなのか」と聞いてきました。

しかし、女性は、犯罪に巻き込まれることなど想像すらしていませんでした。その後もやり取りを続け、被告と食事に行く約束を交わしました。

机の下で“すり替え”

初めて被告と会った去年の6月。名古屋市内の飲食店で、互いの近況を語り、会話も弾み始めた頃、被告は、女性にアルコール度数の高い酒を飲むよう勧めてきました。

そして、食事を始めてから2時間が経過した夜10時ごろ、終電の話になると、被告から、ある錠剤を飲むよう言われました。
「酔い止めの薬と言って私に渡してきました。封を切っていない状態で私に見えるように見せてきて、手の平に2錠をのせて『これ飲みなよ』と言われました」
渡されたのは睡眠導入剤でした。
被告は一度、市販の本物の酔い止め薬のパッケージを見せ、机の下で封を開けるそぶりをしたうえで、睡眠導入剤にすり替えていました。
本物の酔い止め薬の色や形を知らなかった女性は、お酒も進んでいたこともあり、何の疑いもなく飲みました。
女性は、そこからの記憶が何もありません。どうやって被告の家へ行ったのかも、具体的に何をされたのかも覚えていません。
途中で一瞬、意識が戻り、ベッドの上にいることに気付きましたが、被告に殴られ、再び意識を失いました。

経験したことのない異常

女性は、気が付くと交番に来ていました。しかし、意識が戻ってみると、体に経験したことのない異常を感じたといいます。女性は、その時の様子をこう説明しました。
「交番の警察官に内容を話そうとした時に、話せないほど、しゃっくりが立て続けに出ました。体もふらふらして、歩くのに必死で、すべての感覚が鈍っている感じでした」
裁判の中で、被告は、初めから女性を襲うつもりだったことを認めました。

「レイプ・ドラッグ」を準備し、当たり障りのない会話を重ね、女性にドラッグを飲ませるタイミングをうかがっていたのです。

多量の服用で命の危険も

女性が飲まされたのは「ゾルピデム」という成分の睡眠導入剤でした。

寝つきの悪い人に処方される一般的な薬で、被告が以前、病院で処方を受けたものでした。1時間以内に効き目のピークが訪れ、効き目が切れるのも早い、“即効性”が特徴の睡眠導入剤です。
名古屋市立大学大学院 加藤秀章准教授
名古屋市立大学大学院の加藤秀章准教授は、アルコールと併用することで、一時的に記憶がなくなる「一過性前向性健忘」という副作用が強く出ると警告しています。

はた目にはふだんどおりふるまっているように見えても、飲んだ本人には全く記憶がないという作用が起こるのです。

さらに、この睡眠導入剤は1日の服用の上限が「10ミリグラムまで」と定められていますが、被告は、女性の意識を確実に奪おうと、その2倍の量を飲ませていました。
加藤准教授は「アルコールとの併用だけでも危険なのに、最大投与量の2倍を飲ませていて、呼吸抑制や血圧の急激な低下を招く命に関わる行為だった」と指摘しています。

闇に葬られる犯罪

被告は、法廷で「同様の犯行を1年間に10件は繰り返した」と証言しました。目が覚めた被害者が何もしていないか問い詰めても、「酔った勢いで関係を持った」、「つきあうことになった」などとかわし、相手から責められないようにしていたことを明かしました。

記憶を失うのをいいことに、「合意だった」と信じ込ませる。そして、被害者が記憶をたどっているうちに時間だけが経過し、薬の成分は体内から排出されていく。薬の成分が出なければ、犯罪としての立証は難しくなるだけに、罰せられないまま闇に葬り去られ、しばらくしてまた犯行が繰り返されるー。
ここに、「レイプ・ドラッグ」犯罪の根深さがあるのです。

名古屋市にある「性暴力救援センター なごみ」によりますと、去年訪れた相談者の中で、酒や薬が悪用されて被害に遭ったおそれがある人は、約6人に1人の割合だったということです。
片岡笑美子センター長は、「加害者は酔い止めやビタミン剤などと言って、『レイプ・ドラッグ』を飲ませようとする。差し出された薬は飲まないでほしい。トイレなどで席を外したすきに、水に溶かした薬を飲み物に入れられることもあるので気をつけてほしい」と話しています。

そして、「もし『被害に遭ったのでは』と思ったら、睡眠導入剤の種類によっては1日、2日で体外に排出されるものもあるので、速やかに検査を受けてほしい」と呼びかけています。

動き始めた対策

行政や捜査当局、製薬会社も対応を始めました。

愛知県では、国の通達を受けて、今年度から、被害者の血液検査の費用を公費で負担する事業が始まりました。尿検査はすでに公費で負担していますが、薬の成分や投与された時刻がより正確にわかる血液検査を積極的に受けてもらうためです。

さらに、愛知県警では、各警察署の刑事課長を集めた会議などで、女性から「食事の途中から記憶が全くない」などといった相談があったら、尿の採取などを促すよう指導しています。

去年6月には、すべての警察署の担当部署に、安易に「合意の上の性行為」と判断せず、証拠保全に努めるよう周知しました。
また、製薬会社のなかには、水に溶かすと青く変色する色素が含まれた睡眠薬を開発しているところもあります。

記憶がなくても消えない、心の傷

取材に応じてくれた女性は、病院での検査の結果、自分の体から被告の体液が検出されたことを知りましたが、事実を受け入れることが全くできなかったといいます。
そして、その気持ちは今も変わることはありません。

人間不信に陥り、あの日以来、心から笑えなくなったと明かしてくれました。好きだった仕事を辞めようとまで考えています。

自分が薬で眠らされている間、体に何をされたのかわからない。女性は取材の最後に、その葛藤と癒えない苦しみをこう訴えました。
「心から笑えないし、ふつうにしゃべるのもつらい。『本当に自分はおかしくなっちゃったんじゃないかな』と思う時があります。何をされたか覚えていないって怖い。でも、それを思い出したくない気持ちもあります。この気持ちは当事者にしかわからないと思います。薬を飲ませる行為は、暴力と何ら変わりません」
今回の事件の判決で、裁判長は、こう指摘しました。
「被害者たちはPTSDと診断されたほか、退職を余儀なくされるなど、精神的苦痛や社会生活への影響は甚大だ」

新たな事件も

取材を進めている間にも、「レイプ・ドラッグ」を使用した疑いのある、新たな事件が発覚しました。
知人の女性に睡眠導入剤を混ぜた飲み物を飲ませて愛知県小牧市のホテルで性的暴行をしたとして、今月17日、45歳の会社員が逮捕されたのです。
容疑者は保険代理店勤務で、知人の女性はその顧客でした。

私たちは、これからも取材を続けます。身の回りで同じような被害が起きていたら、ぜひ聞かせてください。
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