生と死と…語りはじめた“虐待サバイバー”

生と死と…語りはじめた“虐待サバイバー”
13万3778件。昨年度、児童相談所が対応した虐待の件数です。1日平均300件以上、それでも氷山の一角とも言われています。

虐待を受けた当事者たちは、生き延びても、大人になっても、心に深い傷を負っています。そうした“虐待サバイバー”たちが、あえてその傷をみずから人前で語る動きが出ています。生と死の恐怖を超えて、前に歩み出すために。(社会部記者 間野まりえ)
当事者が語る会(会場 東京大学東洋文化研究所)
都内の大学で開かれた、虐待を受けた当事者が語る会。“虐待サバイバー”たちが語りはじめると、会場の雰囲気が一変。緊張感が張り詰めた、静寂さに包まれました。
「物心ついた時から私は殴られ続けていました。あなた(母親)は仕事で疲れて帰ってきては大声でどなり、うまくいかないことがあると平手でほおをたたき、こぶしでおなかを殴り続けましたね。それでも私はそれが親の愛だと信じ続けていました」

「私が小学2年生のある日から、くさったごはんだけを残し、男のもとへいってしまい、かえってこない日もありましたね。きっとうまくいかない日常から私に死んでほしかったのでしょうか。その日から今まで何度「死にたい」と思ったかわかりません」(岐阜県 20代女性)
「親に虫を食べさせられたり、目に殺虫剤をかけられたり、煮えたあぶらを浴びせられたり、手をライターの火であぶられたり、トイレを使わせてもらえずバケツで排せつさせられたりしました」

「家を出てからもPTSDの発作とうつ病からくる死にたいという衝動に苦しみ、自分で自分をコントロールできず、最貧困の泥の中をただもがいていたように思います」

「自分でどうにかしないと誰も助けてくれません。社会福祉なんて嘘っぱちです。苦しんでいればいるほど殺しにくるのが社会です。実際に私を助けてくれたのは世間で嫌われている夜の仕事の人々です」(東京都 20代女性)
「娘のためだといい過保護、過干渉で、何もかも手を出し、逆らうとことばの暴力をふるいつづけました。思い出すといまだに吐き気や体調不良。ことばにならない激しい怒り、憎しみがこみあげてきます。そしてそれは生涯けっして消えることはありません」(東京都 30代女性)
彼女たちが語る言葉。浮かんでくる情景。息をのみ、胸がしめつけられるような思いをしながら、ただただ必死にメモをとっていました。

生き延びてなお…

「もうおねがいゆるしてください」

去年3月、東京 目黒区で亡くなった船戸結愛ちゃんが残した言葉です。結愛ちゃんは、食事を十分に与えられないなど、両親から繰り返し虐待を受けていました。

昨年度、児童相談所が対応した虐待の件数は13万3778件と過去最多を更新。ほぼ毎日1人が虐待で亡くなっているという専門家の推計もあります。

私の記者としての担当は、殺人、強盗などの凶悪犯罪を担当する警視庁捜査1課。「虐待」が背景にある事件やトラブルが想像以上に多くあると感じていました。

でも、報じることができるのは、そのごくわずか。結愛ちゃんの事件のように衝撃的なケースは大きく報道されるけど、そうでない、多くあるケースにもっと向き合えないか、そんな気持ちから“虐待サバイバー”の取材を進めるようになったのです。

あえて傷を語る26歳

私が、前述した当事者が語る会で声をかけた人がいます。岐阜県に住む、ひとみさん(仮名、26)。

物心ついた時から殴られ続けていたこと。家にも学校にも地域にも居場所がなかったこと。涙ながらに、でも力強く、淡々と語る姿がとりわけ心に響いたからでした。
ひとみさん
改めて話を聞かせてほしいとお願いすると、「少しでも虐待される人を減らせればと思っています。私の話でよければ、大丈夫です」と取材に応じてくれました。

ひとみさんが大勢の人の前でみずからの体験を話したのは、実はこの日が初めてだったそうです。虐待を受けていたことをむしろ隠して過ごしてきたのだといいます。

時に、友達や恋人に勇気を振り絞って話してみたこともあったのですが…。
「『ドラマみたい』と流されたり、『気持ち悪い』と拒絶されたりして…どんどん言えなくなっていきました。それでも大学生のときにひとり話したことがあるんですけど、きもいって言われてそれがショックすぎて、ちーんって…」(ひとみさん)

ツイッターではじめた語り

そんな、ひとみさんですが、去年の夏ごろから虐待の経験を少しずつツイッターでつぶやくようになりました。

「ちっちゃい頃はよく殴られて、1日の大半を布団か押し入れで過ごしたけど、今は仕事もできるし、旅行も行ける」
自分のつぶやきに、「いいね」と共感してくれる人、リツイートをしてさらに拡散してくれる人。中にはコメントを寄せてくれる人もいました。
「あなたを知らない

 誰かであっても、

 心に届きます」
なんだか、気持ちが軽くなったような気がしたそうです。

そもそもツイッターに書き込むきっかけは?とたずねると、返ってきた答えは「子どもの表情」でした。数年前から保育施設で働き始めたひとみさん。心がざわつく光景を目にしました。
衣服が汚れていたり表情のなかったりする子どもがいること。その子たちが周囲から敬遠されていること。

まるで、あの時の自分のようだ。まわりから白い目で見られて居場所のなかった過去の自分。自分のようにつらい思いをする人を増やしたくない。

そのためには、周囲の理解が必要で、経験者が語るしかないのではないかと思い始めたそうです。
「自分のつらさとかを広めることができたら、自分みたいにつらい思いしている人がいたら、共感してあげれるんじゃないかなって。中学とか高校の時に、同じ思いをして話せる人がいたらもっと変われたんじゃないかなって思って…」

痛みを“自分ごと”に

今、虐待を受けた当事者たちがみずからを語る場が増え始めています。

取り組みを支える1人がフリーライターの今一生さん。親から受けた虐待の体験記をまとめた「日本一醜い親への手紙」の著書など、こうした人たちの声に耳を傾けてきました。当事者たちが語る意味をこう話します。
今一生さん
「報道や書籍、映画、マンガなどで語られる虐待は、どうしてもひと事になりがちで、『同情』はできても自分のことと考えてもらえない。目の前で経験者が当事者としての痛みを告白すると、そのリアルな痛みに『共感』しやすくなり、自分のこととして考えてもらえると思っています」

「実際、講演会をきっかけにして、地元の当事者が集まれる『お茶会』のような集まりが去年から大阪、岡山、広島、仙台、千葉、東京などで生まれていて、同じ痛みを癒しあう自助グループの機能も果たし始めています」
他人の経験を自分ごとに。言葉以上に難しいことではあります。でも、壮絶な体験を乗り越えた“虐待サバイバー”の告白は、その壁を超えていけると感じました。

毎日どこかで360件余りも寄せられている虐待の相談。ひとつでも、ひとりでも救えるように。聞いてみませんか、虐待サバイバーのことばを。