関空タンカー衝突事故 なぜ航行規制できなかった?

関空タンカー衝突事故 なぜ航行規制できなかった?
「なんであんな所に船がいたんだ」

海上保安庁の幹部が取材の際につぶやいたひと言です。
2018年9月の台風21号で、強風に流されたタンカーが関西空港の連絡橋に衝突した事故。橋桁が大きく壊れ、4か月近くたった今も連絡橋は一部の道路が使えないままです。
海上保安庁は、関西空港の周辺海域では“悪天候が予想される場合、航行を原則禁止する”という新たな対策に乗り出します。
なぜ、こうした規制は今までできなかったのでしょうか?
(社会部記者 浅川雄喜)

陸上に比べて少ない海上の規制

今回、海事関係以外の取材先からよく聞かれたのが、「関空の近くに停泊していてよかったの? 道路だと取り締まりを受けそうだけど?」という疑問でした。

取材を進めるとわかってきたのが、海の上は基本的に自由に航行し、規制は必要最低限にするという考え方でした。
自動車を運転する場合、すべての公道で道路交通法が適用され、警察も厳しく取り締まりますが、海の上では航行が規制される範囲は限られています。

海上保安庁が船舶の管制を行っているのは、交通量の多い「東京湾」「伊勢湾」「瀬戸内海(関門海峡を含む)」の3つの海域の特定の航路だけです。また、異常気象時に退去を命じることができるのも、船の出入りが多い特定の港などに限られているのです。

要請が守られない背景には

関西空港周辺では台風などの際、3海里(約5.5キロ)以内に停泊しないよう海上保安庁が2011年から船会社などに“要請”を行ってきました。

しかし、その要請はこれまでほとんど守られてきませんでした。衝突事故があった当日も、この海域にはタンカー以外に少なくとも10隻の船が停泊していました。
第2の事故が起きてもおかしくない状況だったのです。
停泊していた船は、衝突のおそれがない安全な場所になぜ移動しないのでしょうか。
関係者がその背景として指摘するのは、次の運航への影響です。

特に、大手海運会社と異なり、所有する船の数が少ない中小の海運会社では、台風が過ぎ去ったあとすぐに目的地に向かえるよう、あまり遠くに避難せずに、近くに停泊して台風を耐え忍んでやり過ごそうとする傾向があるといいます。
また、風や波などが刻々と変化する海の上では、現場の船長の裁量に任せるという考え方も根強くあります。

そうした中で、事故の再発を防ぐため、海上保安庁は強制力のある規制が必要だと判断したのです。

異常気象で増加する走錨(そうびょう)

今回の事故で衝突したタンカーは、風に流されないよう錨(いかり)を海底に下ろしていましたが、その錨が強風によって外れて動いてしまう「走錨」という現象が起きていました。
走錨は船にとって最も危険な現象の1つで、10月の台風24号の際に川崎市の岸壁に衝突した貨物船の事故でも同じ現象が起きていました。

走錨自体は昔からあり、船乗りの間ではいわば“常識”となっているのですが、近年の異常気象によって急増している可能性があるのです。

海上保安庁は、各地にある管制センターから「走錨を起こしている疑いのある船」に対して、注意するよう情報提供をしています。2018年に情報を提供した船は全国で360隻(10月1日まで)で、年々増加傾向にあります。

残された課題は

しかし、岸壁や海上の施設から距離を取るだけでは事故は完全に防げないおそれがあります。

運輸安全委員会の調査で、関西空港の連絡橋に衝突したタンカー以外にも、当時、大阪湾では走錨を起こしていた船が少なくとも20隻あったことがわかりました。

最も距離が長いケースでは、タンカーのおよそ6倍の13キロ近くも流されていました。規制に加えて、錨を2つにするなど適切な停泊方法をとることが重要だと運輸安全委員会は提言しています。そのうえで、運航を現場の船長任せにせず、運航会社が事故防止に積極的に関わる体制を作れるかが課題になると指摘しています。
今回、海上保安庁は法律の改正ではなく、運用の範囲内で航行を禁止する措置をとることにしました。
これは次の台風シーズンに備え迅速に対応するためで、2019年1月以降、関西空港周辺の海域では必要に応じて新しい規制が適用されることになります。

しかし、事故のリスクがあるのは関西空港だけではありません。羽田空港をはじめとした海上にある空港や、橋などの海上施設は全国各地に存在します。
海上保安庁は現在、ほかの施設での対策についても検討を進めていますが、具体的な議論はこれからです。
再発防止策を検討している、海上保安庁の委員会のメンバーの神戸大学大学院の若林伸和教授は「これまでの停泊の自粛の呼びかけから、法律の解釈によって強制力を持った規制ができるようになるのは、迅速な対応という点で評価できる。航行を制限する場所を定めるだけでなく、走錨以外の危険性も洗い出し、最終的には法律の改正も含めて議論していく必要がある」と話しています。