“逃げられない” 知ってほしい「広場恐怖症」

“逃げられない” 知ってほしい「広場恐怖症」
年末年始のラッシュや初詣。
交通機関の混雑や人混みはわずらわしいものですが、それだけではありません。飛行機や電車など「逃げられない場所」にいると「死の危険すら感じるほどの恐怖」に襲われる人がいるのです。

これは「広場恐怖症」と呼ばれる症状です。もしかしたら、身近な人もその症状に苦しんでいるかもしれません。誰かを誘って出かける前に、知ってほしいことがあります。
(ネットワーク報道部記者 大石理恵 後藤岳彦 松井晋太郎)

雪の日の満員電車から始まった

「学生時代はバックパッカーとして旅をした経験があり、社会人になってからは海外で勤務していました。飛行機も好きでした。まさか僕がこうなるなんて」
ことし広場恐怖症を発症した、千葉県に住む20代後半の男性が自身の体験を聞かせてくれました。
ことし1月。大雪が降った日の夕方のことでした。男性が乗っていた満員電車が緊急停止。「気分が悪くなった乗客の救護のため停止する」という車内アナウンスが流れました。

「この満員の車内でもしかしたら僕もそうなるかも」
そう思ったとたん、本当に気分が悪くなり、過呼吸になりました。男性は以前に一度だけ自宅で過呼吸になった経験があったため、まず電車から降りることが第一だと考えましたが、あいにく彼が立っていたのは車両の真ん中でした。
「すいません、すいません」と言いながら人をかきわけて、ドアが閉まる直前になんとか降りることができました。

ホームで休憩して症状が治まった後、彼はもう一度別の電車に乗りましたが、再び過呼吸の症状が出て次の駅で降りました。それを何度も繰り返し、ついには救急車で病院に運ばれました。
「また過呼吸になるんじゃないかと思うと、それが新たな発作を生むんです。胸がずっしりと重くなってゆっくり呼吸できなくなる。手足が震え、ひどいときにはけいれんする。こうした体の症状に加えて、混雑した電車に閉じ込められてしまうという恐怖、死ぬかもしれないという恐怖が込み上げてくるんです」(男性)
その後、男性は精神科で「パニック症」と「広場恐怖症」を併発していると診断されました。
「広場恐怖症」は、自分が逃げられない、または助けてもらえないような場所や状況を避けようとする症状です。突然、激しいどうきや強い不安に襲われる「パニック障害」の患者の多くがこの症状を伴っているとされています。
「広場恐怖症」の特徴は、人混みや行列、電車や飛行機といった公共交通機関、1人ぼっちの状況などを避けようとすることです。
通勤や通学、買い物など、日常生活や仕事に支障を来す場合が多く、本人の生活の質に及ぼす悪影響は、見かけ以上に大きいとされています。また、症状が進むとうつ病になる場合もあります。
今回、取材に答えてくれた男性は、電車だけでなく、車やバス、タクシーやエレベーターに乗れなくなったほか、美容室や歯科医院など自由に動きにくい環境に置かれることも耐えられなくなりました。

飛行機は「降りられない」

広場恐怖症を発症した時、彼は転職しようと新しい仕事を探している最中でした。不安を抑える薬を飲んで、なんとか転職の活動を続け、希望どおり、海外にも展開している企業から内定をもらいました。しかし、精神科の医師と相談した結果、内定を辞退しました。
「辞退したのは広場恐怖症があったからです。海外で営業をするには飛行機に乗らないといけない。電車やバス以上に怖いです。乗ったら最後、降りられないですから」
今は無職だという男性。薬を服用しながら、過呼吸にならないための呼吸法などリハビリに励んでいます。いろいろなことをやってみたいという意欲はあるのに、移動が怖くて行動が制限されることに、もどかしさを感じているといいます。
それでも車の場合は比較的症状が出にくいことがわかり、バスとタクシーには乗れるようになってきました。そのうち誰かに付き添ってもらって電車にも乗ってみたいと思っています。
「もどかしさは感じますが、この病気を人生の転機ととらえて自分を見つめ直すきっかけにしたいと思っています。これまでは自由奔放にやってきましたが、これからはもう少し自分をいたわったり、自分に何ができるのかをもう1度考えたりしてみたい。ここで発症したことをなんとか前向きにとらえたい。いまはそう思っています」(男性)

もしかしたら… 広場恐怖症?

思わぬ出来事が引き金になることもあります。

私(記者・後藤)は、7年前、NHK仙台放送局に勤務していました。3月11日に東日本大震災が発生。被災地に入り、家族や自宅を失った被災者などの取材をしていました。
6月になって一時的に仙台に戻り、駅前に足を運んだときのことでした。このころには新幹線の運転が再開され、JR仙台駅前は多くの人で混雑していました。その人混みに足を踏み入れた瞬間、不安に襲われ、どうきが起きるような感じがして、立っていられなくなり、しゃがみこんでしまいました。周囲の人たちは会話をしているのに、その声さえもほとんど聞こえず、めまいのような症状に襲われたことを覚えています。

「また大きな揺れが起きるのではないか」
トラックなどの揺れでも地震が起きたのではないかと感じるようになり、しばらく、電車、バス、地下鉄、デパートなど、人の多い場所にはあまり近づけなくなりました。

町なかを歩くときもできるだけ人の少ない場所を選んで歩いていました。最近になって広場恐怖症という言葉を聞いたとき、もしかしたら自分もそうだったのかもしれないと感じました。

災害がきっかけの場合も

大きな災害や事故の被災者には同じような症状が現れるといいます。

東日本大震災の被災者の心のケアについて研究している、福島県立医科大学医学部災害こころの医学講座の前田正治教授。
前田教授によりますと、震災による原発事故でPTSD=心的外傷後ストレス障害になった人には「回避症状」、震災に関連した出来事を避けようとする症状が現れるということです。

例えば、自宅に戻れる状況になってもなかなか帰れない、といった症状です。前田教授は「自宅がある場所への帰還が進まないのも『また原発で事故が起きるのではないか』という大きな不安が背景にある」と話しています。

また、熊本地震では、震度7の揺れが2回起きましたが、多くの被災者が、避難していた体育館が倒壊するおそれを感じ、車などに避難したことも回避症状と考えられるということです。

こうした災害などによる回避症状とパニック障害から起きる広場恐怖症は、発症のきっかけは異なりますが、症状としては同じものと考えていいということです。

前田教授は「各地で災害が相次いでいるが、回避症状は被災者だけでなく、自治体職員や消防など被災者に寄り添って支援にあたっている人にも現れることが多い。物理的に被災地の復興が進んでも災害の記憶が消えず、思わぬ心の症状を抱えていることがある。誰にでも起きうる症状なので腰を据えて心のケアをすることが大切だ」と話しています。

私たちはどうすれば?

「広場恐怖症」の存在は、古くから指摘されていて、高校生くらいの年齢で発症することが多いということです。
心療内科が専門の「赤坂クリニック」の貝谷久宣医師によりますと、ストレスなどが原因と考えられていて、父親や母親が患者の家庭では、子どもが発症することもあり、決して珍しい症状ではないということです。

身近な人が発症したら、私たちはどうしたらよいのでしょうか。

貝谷医師は「症状が出ると、とにかく怖くてしかたがなくなる。苦しさは本人にしか分からないが、ほかの人たちにも症状を知ってもらいたいと思っている。周りにそのような症状を訴える人がいたら、症状のことを十分に理解して話を聞いてあげてほしい。笑ったりからかったりしないで『大変だね』などと同調してあげることで症状は全然違ってくる」と話しています。

治療方法については、薬が効く場合もありますが、徐々に恐怖に慣れていく認知行動療法が最も有効で、少しずつ症状が和らいでいくということです。
交通機関を利用したり、人混みの中を出歩いたりする機会が増えるこの時期。

もし、身近な人がつらそうにしていたら、そっと話を聞いてあげてください。