スポーツ界は変われるか 山根明氏と向き合い考えたこと

スポーツ界は変われるか 山根明氏と向き合い考えたこと
ことし、最も話題になった人物かもしれません。
日本ボクシング連盟の山根明 前会長。

「奈良判定」と呼ばれる審判の不正や助成金の流用が指摘され、8月に辞任。取材を続けると、「カネ」の問題について新たな疑惑も見えてきました。一連の騒動から、私たちは何を学ぶべきなのか解説します。(スポーツニュース部記者 清水瑶平)

“奈良判定”の衝撃

「奈良判定」。
競技団体トップの山根前会長が審判の判定に介入し、ゆかりの深い選手に有利な判定が行われたとされる疑惑をあらわした言葉です。

ことしの新語・流行語大賞のトップ10にも選ばれたこの言葉ですが、私は初めて耳にしたとき、にわかには信じられませんでした。

私自身、大学時代はボクシング部に所属し、全日本選手権で都道府県代表に選ばれたこともありました。事実であれば、リングの上に青春をかけてきた多くの選手たちの努力が、すべて意味のなかったことになるのではないか。スポーツの価値そのものが根底から揺るがされているのではないか。

私がその後、取材を続ける支えとなったのが、このとき感じた行き場のない“怒り”でした。

“奈良判定”はなぜ?

関係者によると「奈良判定」は、山根氏が会長に就任した平成23年ごろから存在するようになったといいます。

取材の中で見えてきたのは山根氏の“絶大な権力”でした。

当時の審判員の1人は「奈良の選手を負けさせると、山根会長に嫌われ、全国大会に審判員として呼んでもらえなくなる」と話しました。
また、別の関係者は「山根会長の機嫌を損ねると、自分が処分されるだけでなく、指導している選手が勝てなくなるおそれがあった」と証言しました。

人事、代表選考、すべての権限が山根前会長1人に集中し、競技結果まで左右されてしまう不健全さが、当時のアマチュアボクシング界に根づいていたのです。

追い出された山根氏の初取材

私が山根氏を初めて直接取材したのは8月初め、うだるような暑さの中でした。大阪市内の自宅でカメラの前に座り、審判不正の疑惑を文字どおり一笑に付して、否定しました。

そのうえで、山根氏が話し続けたのは自分がいかにボクシング界に貢献してきたか、国内外で影響力を持っているか、そういった内容でした。およそ2時間が経過し、私が「会長職を辞任する考えはないか」と尋ねたとき、山根氏は突如として声を荒げました。

「なぜ辞任しなければいけないのか。もうやめだ」

取材を一方的に打ち切り、私は自宅を追い出されたのです。

終始、みずからの主張を展開し、最後まで私の疑問に真摯(しんし)に向き合ったとは感じられませんでした。山根氏が会長の辞任を表明したのは、そのわずか3日後のことでした。

残る疑問・使途不明金2400万円

9月、第三者委員会は一部に不正な審判が存在したことを認定。ボクシング連盟は30人いたすべての理事が辞任、再発防止を誓って新体制が再スタートを切りました。

しかし、私は問題が終息したとは考えていませんでした。
依然、連盟の会計、すなわち「カネ」の話については不透明な部分が多く残っていたからです。

その取材の中で、カギになったのは、連盟の事務所に残されていた膨大な資料です。
会計の出納帳、口座の記録、領収書など、全く整理されず、“ゴミ屋敷”のように山積みになった書類。新体制となったボクシング連盟は、11月からこうした書類について、税理士とともに詳細な調査を始めました。

すると、領収書がなく使途不明になった支出が、これまでの段階で2400万円にものぼることがわかってきたのです。

ずさんな実態 チェック機能働かず

あまりに膨大な使途不明金。

会計処理のずさんな実態を、当時、事務局で会計を担当していた女性が私たちの取材に初めて証言しました。
大阪と東京の2つの事務所に職員は合わせて4人しかおらず、会計担当は2人だけ。それをチェックする担当の理事2人も、会計に口を出すことはなかったといいます。チェック機能が働かない中で、ずさんな会計処理が重ねられていきました。

たとえば、海外遠征や合宿に行く際は多額の現金を引き出し、交通費や宿泊代、現地の食事代などにあてます。
しかし、領収書を紛失しているなどの理由で帰国してから精算できず、何に使ったかわからない、使途不明の支出として残されていったというのです。

税理士はこうした会計をチェックするすべがない以上、支出の中から私的に流用されていた可能性も否定できないと指摘しました。

相次ぐ疑惑 領収書の偽造も?

さらに女性の証言からは、意図的な不正の疑いも次々に浮かび上がってきました。

特に悪質なのが、紛失した領収書の偽造です。
女性は会計責任者が会計のつじつまを合わせるため、たびたび他人の筆跡をまねて領収書を偽造するところを目撃していました。事務局では、偽造のために文字を模写する「トレース台」という器具まで購入していたのです。

また、ある時は、連盟に車の修理代金として請求書が2枚届いたといいます。
全く同じ内容で請求番号も同じなのにもかかわらず、1つは9万5000円、1つは12万4200円。
請求書の発行元は山根氏の長男が経営している会社でした。
山根氏の指示のもと、代金を上乗せして請求していた疑いがあるというのです。

女性は「私も最初はいけないと言っていたが、だんだんそれが普通になってくる感覚だった。不正を止められなかった悔しさがある」と打ち明けてくれました。
その口調からは当時のつらさと強い自責の念、そして、閉鎖的な環境で不正を止めることの難しさが感じられました。

村田諒太選手“ありえない”

取材を進めるとずさんな会計処理によって、選手にも影響が及んでいることがわかってきました。

連盟の財政状況が苦しくなれば、当然、遠征や合宿など選手の強化に充てる費用は減ります。
さらに、遠征のたびに領収書を紛失していたことで、本来、国に請求できるはずの強化費も請求できておらず、新しく就任したボクシング連盟の菊池浩吉副会長は「遠征や合宿の回数が減っていた可能性はある」と認めました。
これにひときわ強い憤りを示したのが、山根会長時代、ロンドンオリンピックで金メダルを獲得し、その後、プロでも世界チャンピオンになった村田諒太選手です。
村田選手は当時のことについては、「いまさら何かを言うのは男らしくない」と直接、不満を口にすることはありませんでした。

しかし、選手に影響があった疑いについて伝えると、穏やかだった表情が一変しました。
「それはありえないことだ。自分たちは海外の選手と試合をし、交流することで強くなってきた。選手にはそのチャンスを与えてほしい」と語気を強めたのです。

以前から「リング上の結果に責任を取れるのは自分しかいない」と言い続けてきた村田選手。そんな村田選手だけに、「組織が選手のチャンスを奪うことだけは許せない」という思いは、私の心に強く残りました。

山根氏の“揺るぎない自信”

寒さが厳しくなってきた12月、私は4か月ぶりに山根氏のもとを訪れました。新たに浮上した「カネ」の疑惑について質問するためです。私は取材の中で明らかになってきた疑惑について一つ一つ確認しました。

山根氏はそのすべてに対し、「経理については自分は一切知らない」「会計の透明性は担保されていた」と声を荒げ、強い口調で否定しました。
取材はおよそ1時間半、怒声を浴びながら私は山根氏の眼鏡の奥にある目を見つめ続けました。山根氏の言葉の真偽はわかりません。しかし、少なくとも自分がしてきた行為に揺るぎない自信を持っているように感じました。

私は、村田選手の言葉を思い出していました。

「自分の手が汚れていれば洗うけれど、汚れていると思っていなければ、洗わないでしょう」

スポーツ界に根付く問題の本質はそこにあるのかもしれない。山根氏の2回目の直接取材を終え、私はそう考えるようになりました。

“山根氏1人の問題ではない”

一連の取材で見えてきたのはボクシング連盟の中で1人の権力者が競技の判定や人事だけでなく、組織の資金までも自由にできる状態にあったという疑いです。

しかし、これは、山根氏という極めて特殊な存在がいただけで、起こった問題ではないと感じます。
スポーツの競技団体で、1人の人間に権力が集中する現象は珍しいことではありません。組織の運営がぜい弱で、権力者の行動を監視・チェックする体制が整えられないことが、問題の根底にあるのです。
ボクシング連盟は組織体制を見直し、4人しかいなかった事務局の職員を8人に倍増したほか、外部の弁護士や公認会計士とも契約してチェック機能を強化しました。

ボクシング連盟の菊池副会長は「組織を強化しなければまた同じ事が起こってしまうかもしれない」と強い危機感を持っています。

東京オリンピックまで2年を切りました。
真の選手ファーストとスポーツ界の健全な発展を実現するためには、競技の結果、すなわち金メダルだけを求めるのではなく、スポーツ界の組織の在り方までしっかり見つめていく必要があるのではないか。

山根氏とボクシング連盟の一連の問題は、スポーツを楽しむ私たち一人一人の意識も変えていかなければならないと、投げかけているように感じます。
スポーツニュース部記者
清水瑶平