新元号には、いつ変わる?

新元号には、いつ変わる?
「新元号になるのは何日?」
「平成っていつ終わるの?」
実は「平成」から新元号に変わる日にちが正式に決まっていないことをご存じだろうか。
政府は、式典などの準備を着々と進めている。しかし、新たな元号の選定作業は秘中の秘としているのに加え、新元号をいつ決定し、いつ明らかにするのか、さらにいつ切り替えるのか、まだ判断していないのだ。政府内でいま、何が起きているのか。その真相を報告する。
(政治部官邸クラブ取材班)

新元号の公表「半年程度前」

去年12月1日、安倍総理大臣ら三権の長や皇族の代表らが出席して、宮内庁の特別会議室で皇室会議が開かれ、天皇陛下が2019年4月30日に退位、皇太子さまが翌5月1日に即位されることが固まった。
その1週間後の8日の閣議で、政府は陛下の退位の日程を正式に決定し、現行憲法下では初めて、そして過去をさかのぼれば江戸時代後期の1817年以来となる退位が実現することになった。

新元号の公表時期について、この頃、政府内では「半年程度前には公表」というのが相場観だった。
退位に向けた特例法の付帯決議に、「政府は、本法施行に伴い元号を改める場合においては、改元に伴って国民生活に支障が生ずることがないようにする」などと明記されたからだった。

政府関係者は当時、「カレンダーや手帳などだけでなく、公文書などの変更なども考慮して余裕を持って準備を進めようと思えば、半年程度が適当ではないか」などと話していた。

後ろ倒しになっていく発表時期

しかし、それが日を追うごとに、後ろ倒しになっていった。

「半年程度前」から「来年2月24日に開かれる、天皇陛下在位30年の記念式典のあと」が有力に。天皇陛下の在位30年を祝う式典の前に、新たな元号を決めるのは好ましくないというのが、その理由だった。
この前後、ある政府関係者は「カレンダーのことが話題になるが、一定程度前となると、新元号が入れられる業者と、入れられないところが出てきてしまう。むしろ全社が間に合わない時期の方が混乱しない」などと話していた。

それが、ことし5月を過ぎると、皇太子さまが即位される来年5月1日の少なくとも1か月前になった。
これは、すべての府省庁の連絡会議で、税や社会保障などの行政システムを改修するには1か月程度の期間が必要だという報告が行われたことがきっかけだった。

これを受けて、政府は、皇太子さまが即位される来年5月1日の午前零時に元号を改めるという前提に立って、新元号の公表時期はその少なくとも1か月前とすることを想定して準備を進めることを申し合わせたのだった。
しかし、この後も、ある政府関係者は、「誤解しているマスコミもあるが、1か月前はあくまでも想定であり、4月1日に新元号発表と決め打ちしているわけではない」などと述べ、それ以前の可能性もにおわせていた。

それが、ここ最近では、「1か月以上前に公表」という主張は聞かれなくなっている。
加えて「4月10日よりあと」という選択肢も浮上している。
天皇・皇后両陛下がご結婚から60年を迎えられる4月10日に、超党派の議員連盟や経済界なども参加する民間団体が、天皇陛下が即位されて30年になることを祝い、感謝する集いを開くことを決めたからだ。

改元手続きはどのように進む?

時期は決まらないまでも、改元の手続きはどのように進むのだろうか。
まず「昭和」から「平成」への代替わりの際の手順を見てみたい。

昭和64年1月7日、午前6時33分、昭和天皇の崩御を受け、政府は改元の手続きに入った。
政府は、事前から改元の準備を進めていたが、崩御前にそのことが明らかになることを嫌い極秘裏に作業は行われた。そして崩御当日、事前の準備に沿って一連の手続きが進められ、午前8時台には臨時閣議が開かれ、元号の選定手続きが始まった。
そして、
▽竹下総理大臣が、高い識見を有する若干名に元号の候補名の考案を委嘱する。
▽候補名の提出を受け、竹下総理大臣の指示により、小渕官房長官が味村・内閣法制局長官と協議して、数個の原案を選ぶ。
▽有識者による「元号に関する懇談会」の意見を聞く。
▽衆参両院の正副議長の意見を聞く。
▽全閣僚会議で協議する。▽最終的に新元号を閣議で決定する
という手順を踏むことになった。

実際に
▼午前10時ごろ、新天皇が、剣璽等承継(けんじとうしょうけい)の儀で歴代天皇に伝わる剣や曲玉などを受け継ぐ儀式が行われた。
▼午後0時台、小渕官房長官と味村内閣法制局長官が協議。
▼午後1時台、総理大臣官邸では、当時の小渕官房長官らが選んだ「平成」を含む3つの原案を、学識経験者やマスコミの代表など8人で構成する「元号に関する懇談会」に示して意見を聞いたうえで、衆参両院の正副議長の意見も聴取した。
そして「全閣僚会議」を開き、新しい元号を「平成」とする方針を固めた。

▼午後2時すぎ、全閣僚会議が閣議に切り替わり、新しい元号を「平成」とすることを正式に決定。
▼午後2時35分、小渕官房長官が「平成」を発表。
▼午後3時台、天皇陛下が新しい元号の政令に御名・御璽、一般的に言えば署名・なつ印を記された。
▼政令は官報に掲載され、実際に国民の目に届く状況が整い、「昭和」は1月7日24時をもって終わり、1月8日午前零時から「平成」に切り替えられた。

日を越えて元号が改められたことが、「踰日(ゆじつ)改元」と言われるゆえんだ。

「前例踏襲」強調する政府

政府は、今回の皇位継承の一連の儀式、そして改元の手続きでは、前回・平成への代替わりの際の手続きを踏襲するとしている。

政府が前例踏襲を強調する背景には、前回の反省があると見られる。

前回、平成への代替わりの際には、現行憲法との関係で、政府の行為が憲法違反に当たるとして訴訟が相次いだ。

それだけでなく、過激派による、皇室ゆかりの施設へのゲリラ事件も起きていた。
政府が「静かな環境」を強調するのも、こうしたことの再発を防ぎ、平穏に、混乱なく、一連の儀式を終えたいという考えがあるものと思われる。

また、前回の一連の訴訟は最高裁ですべて政府側の勝訴という結果となった。こうしたことから政府内には前例を踏襲すれば、訴訟が起こされても負けることはないという判断があるものと見られる。

発表時期が決まらない背景には

政府が前例踏襲を強調し、一連の儀式、さらに予算までが決まる中で、なぜ新元号の発表時期は決まらないのか。

政府内の動きを取材すると、大きな理由は安倍総理大臣の支持層でもある保守層との調整が整わないからだということが分かってきた。

政府は、新元号の発表時期決定にあたって、カレンダー業界やIT業界など、さまざまな業界や団体の意見を聞いてきた。

そしてこれらの意向も踏まえて時期を最終的に決定する方針だったが、伝統を重視する自民党内の保守色の強い議員や、これらの議員が参加する日本会議、さらには神道政治連盟など、保守層との調整が難航していて、いまだに決着を見ないのだ。

保守層の求めるものは

では伝統を重視する保守層は、何を目指しているのか。
取材を進めていくと、保守層の意見は統制が取れているわけではなく、さまざまな意見があることが分かってきた。

ただ通底するのは、新元号の事前公表に否定的な考えだ。

現行憲法が施行されるまで、元号は天皇が決めていて、過去には、ひとりの天皇がみずからの治世に元号を何度も改めたこともあった。この背景には、天皇が時代、時間も支配しているという考えがあった。明治憲法下で、天皇一代に元号1つとする「一世一元制」が導入されたが、元号は天皇が決めるという伝統は維持された。こうした伝統を踏まえて、保守層からは、新元号は、新天皇のもとで決定され、発表されるべきだと主張しているのだった。

保守層の中でも、日本会議系と言われる議員たちの間では、当初、新元号の「公表」「公布」「施行」すべて、新天皇が即位する5月1日以降に行うべきだという意見が多かった。

しかし、天皇陛下の退位に向けた特例法の付帯決議に「改元は国民生活に支障が生じないようにするなど万全の配慮を求める」という内容が盛り込まれていることから、新元号を事前公表することには理解を示す意見が主流となりつつある。

新元号の公布・施行の時期が焦点

ただ、新元号を定めた政令を公布(=国民に広く知らしめ)・施行(=法令の効力が発生すること)する時期をめぐっては強いこだわりを見せている。

元号の法的な裏付けとなる元号法では、「元号は政令で定める」、「元号は皇位の継承があった場合に限り改める」とだけ規定していて、改元のタイミングについての規定はない。政令は、閣議で決定されたあと、天皇みずからの署名と印である御名・御璽を得て官報に掲載されることで公布となる。そして政令に施行日の定めがあれば、その施行日から効力が生じる「施行」となる。

だが、天皇の御名・御璽を得て、政令を公布する(=官報に印刷して掲示板などに張り出す)ためには、どうしても一定の時間が必要となる。

平成の代替わりの際も、昭和天皇が崩御された当日の1月7日午後に天皇陛下の御名・御璽を得て政令は即日公布されたが、元号の切り替え(=施行)は翌8日の午前零時となった。
こうした事情を踏まえて、保守層の一部には、5月1日に新天皇が即位されたあとに、新元号の閣議決定、公表、それに公布をあわせて行うことを求める意見がある。そして施行は1か月の準備期間が必要だというのであれば、施行日は1か月後の6月1日でもよいのではないかという意見もある。

さらに年の途中で元号を変えるのは混乱を招くとして、再来年、2020年1月1日に改元すればよいという声まで出ている。

こうした中、保守層の中で有力となりつつあるのは、あらかじめ新元号を定める政令に、施行日を5月1日午前零時と定めておいて、1日に新天皇の御名・御璽を得て公布する案だ。

こうした手法をとれば、政令の公布が5月1日の夕方になっても、さかのぼって1日午前零時から新たな元号にすることができると主張している。

働きかけを強める保守層

伝統を尊重する保守層は、新元号の決定、発表時期の決定を前に、働きかけを強めていて、その一翼を担っているのが総理大臣補佐官も務める自民党の衛藤晟一氏だ。
安倍総理大臣とも近く、日本会議の調整役も担う自民党の保守派の代表格だ。

衛藤補佐官らは、新元号を定める政令の「公布」は、5月1日に行うべきだと主張している。そして強く推すのが、政令に施行日を5月1日午前零時と定めておき、実際に公布された後にさかのぼって改元が行われたことにする案だ。

衛藤氏に近い自民党内の保守派の議員のひとりは調整状況について次のように解説した。
「安倍総理大臣は、政府側の責任者である杉田官房副長官と、保守派の衛藤補佐官に対し、よく相談して成案を持ってくるよう指示を出している。そして改元時期の決定にあたっては、
(1)国民生活に影響がないようにすること
(2)政令の施行は5月1日にすること(改元は5月1日)
(3)歴史・伝統を重視すること
という3点を守るよう命じた」

「われわれの主張は(3)の歴史・伝統を重視するものであり、政府側に主張を受け入れるように求めているが、衛藤氏と杉田氏の調整は難航を極め、時には激しい言葉の応酬となっている」
「総理にわれわれの考えを正確に伝える必要がある」

頂上作戦、決行

杉田氏と衛藤氏の調整が難航する中、保守派の議員らは頂上作戦を決行する。安倍総理大臣への直接の働きかけを行ったのだ。

12月18日の午後3時前、杉田官房副長官と協議を続けてきた衛藤補佐官が総理大臣官邸の安倍総理大臣の執務室に入った。

皇太子さまが即位される5月1日には、新天皇が歴代天皇に伝わる剣や曲玉などを受け継ぐ「剣璽等承継の儀」が国事行為として行われる。衛藤氏はこれを踏まえて、安倍総理大臣に対して、「剣璽等承継の儀」で皇太子さまが御璽を引き継がれたあと、政令を公布することなどを訴えたものと見られる。
しかし、面会のあと衛藤氏は多くを語らず、関係者によれば結論は出なかったもようだ。

「重鎮」動く

その同じ日、自民党の重鎮も動いた。伊吹・元衆議院議長だ。
伊吹氏は杉田官房副長官と会談。国民生活に支障を与えないようにする必要があるという政府側の考えに理解を示しながら、新元号の事前の閣議決定と公表を容認する考えを伝えた。

しかし伊吹氏も、5月1日の新天皇即位後に新元号を公布すべきという主張は堅持し、政府側に受け入れを求めた。

さらに伊吹氏は、翌19日午前中には安倍総理大臣に電話で働きかけを行っていた。
「総理、5月1日の施行は可能です」
伊吹氏は、5月1日に政令を公布しても、その当日に新元号を施行(=元号を改める)することは可能だと力説したという。
「あらかじめ事前に閣議決定する新元号の政令に『5月1日から新元号を施行する』という内容を記しておけばいい」
政府関係者によると、この日の夕方、再び杉田官房副長官が伊吹氏を訪ね、さらに調整が続けられた。

そして直談判

伊吹氏から電話があった19日の夜、安倍総理大臣は総理大臣公邸にいた。
ザンビアのルング大統領と夕食会を行うためだった。
安倍総理大臣は午後8時半、ルング大統領を見送ったあとそのまま公邸に戻った。

当時、安倍総理大臣はそのまま休んだと見られていたが、その後の取材で、公邸には自民党の保守色の強い議員らが待ち構えていたことが分かった。

関係者によると、これらの議員らはその場で安倍総理大臣に直談判し、5月1日の新元号の公布を求めたのだった。ただ安倍総理大臣は、議員らの話を聞いたあと、政府内の意見などの説明を行い、決断を下さなかったということだった。

こうしたことから、保守派の議員の間からは「最後は総理が決めればよい」と諦めとも受け取れる声が出ているほか、「『憲法との関係で問題が生じる』などと、事務方が総理を脅しているのではないか」といった指摘も出ている。

一方、「平成への代替わりの際も、政治判断で実際の改元は8日午前零時と決まった。改元は高度な政治判断が伴うものであり、1日に政令を公布して当日の午前零時にさかのぼって改元を行うことにしても、憲法上、何の問題もない」として、あくまでも公布を1日にするよう求めていく必要があるという指摘も根強く残っている。

政府側のスタンス

ではこうした保守派の働きかけに対して、政府側はどのように応じているのか。
政府側は、大きな議論が起きることなく、平穏無事に一連の儀式を終えることを重視していて、保守派との調整について一切、明らかにしていない。

ただ政府内では、保守派との調整を経てもなお、皇太子さまが即位される1か月程度前に、新元号の政令を閣議決定し、新元号を公表、そして公布もその当日に行うという見方が有力だ。

その大きな理由は、憲法や元号法との関係から生じている。
◇憲法4条は、天皇は国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しないと規定し、◇憲法7条は、天皇は内閣の助言と承認により、政令を公布すると定めている。

また元号法は、元号は、内閣の責任において政令で定めると規定している。
「天皇の国事行為は、あくまでも『無色透明』でなければならない。そこに意思が働いたという疑念が生じれば、違憲のそしりをうけることにつながりかねない」
「元号は内閣が決めて公表する。それを『新天皇が公布すべきだから先延ばしする』ということになったら、天皇の政治利用にほかならない。『天皇は国政に関する権能を有しない』という憲法4条に違反し、権能を有する可能性が出てきてしまう」

5月1日午前零時にさかのぼると?

さらに政令の公布に必要となる御璽は、5月1日の日中に行われる「剣璽等承継の儀」で即位された皇太子さまに引き継がれることになっている。
仮に、この儀式のあとに政令の公布を行うことになれば、公布は急いでも夕方以降になってしまうほか、さかのぼって政令が施行されたことにすると、1日の午前零時から政令が公布・施行されるまでの間、「平成」と新元号が並び立つことになってしまうおそれもある。

「1日午前4時に生まれた人がいたとすると、誕生日はいったん平成31年5月1日になり、その当日に元号が改まることになってしまう。天皇ひとりに元号1つとした『一世一元制』との関係から考えても問題が生じるおそれもある」

このような指摘が政府内からは出ている。

政府に衝撃

新元号の発表時期や改元の時期が明確にならない中で、政府に衝撃が走る事態が起きた。
それは11月30日の秋篠宮さまの記者会見での発言だった。
秋篠宮さまは、皇位継承に伴う伝統儀式「大嘗祭(だいじょうさい)」について、儀式の宗教色を踏まえ、憲法の政教分離の観点から、天皇の生活費などにあてられる予算の「内廷費」から費用を支出し、その範囲で儀式を行うべきだという考えを示されたのだった。

政府は、「大嘗祭」は国にとっての重要な儀式だとして、平成への代替わりと同様に、憲法に定めのある国事行為とはしないものの皇室の公的な予算にあたる「宮廷費」から支出することを決定済みで、政府の方針に異論を唱える形となってしまったからだ。
政府側は、菅官房長官が記者会見で、従来の方針を堅持する考えを示したうえで、「今回のご発言はあくまでも殿下ご自身のお考えを述べられたもので、政府としてコメントすることは控えたい」と述べるなど、取り立てて反応を示さず沈静化に努めた。
「大嘗祭」をめぐっては、平成への代替わりの際も、国の予算から費用を出すのは違憲だとして多くの訴訟が起こされた。

秋篠宮さまの記者会見のあとも、宗教関係者や大学教員などが「大嘗祭」だけでなく、「即位の礼」など国事行為として行われる一連の儀式に対して、公的な費用を支出するのは政教分離を定めた憲法に違反するとして、国に対し支出をやめるよう求める訴えを起こした。
その背景には「内廷費」であっても「宮廷費」であっても使途が異なるだけで、いずれも国の予算から拠出されたもので、もとは税金だという考えがある。

費用の在り方は

政府は12月21日、来年度の予算案を閣議決定し、皇太子さまの即位に伴う式典の費用が計上された。

即位に伴って憲法の定めのある国事行為として行われる一連の式典や祝宴、そしてパレード、さらにパレードに使うオープンカーの取得費用だ。
この中には、秋篠宮さまが指摘された、皇室の行事として行う「大嘗祭」の費用も含まれている。

その総額は、今年度の当初予算と第2次補正予算案に計上されたものも含めると、160億円余りとなり、前回、平成への代替わりの際と比べて36億円余り増えた。

一方、天皇陛下の退位に関わる一連の儀式の費用は、天皇の生活費などにあてられる「内廷費」として、来年度予算案に計上された3億2000万円などから支出されることになった。

退位に関わる儀式のうち、国事行為として行われる「退位礼正殿(たいいれいせいでん)の儀」があるが、これについて宮内庁は、既存の施設を使用し、新たな支出が生じないため、予算を計上していないと説明している。

このことから皇位継承に関わる一連の費用は、内閣府など各府省庁の予算、皇室関連の公的な予算である「宮廷費」、そして「内廷費」から費用が支出されるものがある。

さらに同じ国事行為であっても、皇太子さまが即位を内外に宣言する「即位礼正殿(そくいれいせいでん)の儀」には約10億円が計上される一方、天皇陛下の退位の儀式である「退位礼正殿の儀」には費用がかからないという状況となっている。

議論の行方は

新元号の発表時期はいつになるのか?そして実際に元号が改まる時期は?

安倍総理大臣は、みずからに近い議員の意見も踏まえながら、憲法との整合性も考慮に入れて最終的な判断を示すものと見られる。

天皇制と現行憲法との関わりを考えることは、戦後日本が歩んできた道のりをたどることにもつながる。

新元号は、皇太子さまの即位される5月1日に先立って決定・公表される方向となっていて、残る焦点はその時期と公布のタイミング、そして何よりも新元号そのものだ。

歴史に残る一代行事がどのように意思決定されていくのか、時期や新元号の名称だけでなく、その過程をこれからもつぶさに取材し、記録に残していきたい。