なぜ起きる“がん見落とし”

なぜ起きる“がん見落とし”
病院で検査を受け、CT画像などに“がん”が写っていたにも関わらず、それが見過ごされてしまう。そんなミスが今、全国の病院で相次いでいます。ことし、少なくとも8つの医療機関がミスを公表。多くは名だたる大病院です。命に関わるミスは、なぜここまで相次ぐのか、検証しました。(社会部記者 本多ひろみ・社会番組部ディレクター 神津善之・ニュースシブ5時ディレクター 大谷陽子)

がんを見落とされた患者

今回私たちは、がんを見落とされた愛知県の男性のケースを、詳しく取材することができました。

男性は49歳。働き盛りの中で肺がんを患いました。

男性は去年1月に鎖骨を骨折し、上半身の状態を調べるためエックス線検査を受診。この時、右の肺の上部にがんと疑われる白いかげが写っていました。
ところが、病院側はこれを放置していたのです。

去年8月になって、改めて検査したところ、がんが確認されました。すでにステージ4の状態でした。骨盤やけい椎にも転移し、手術では取り除けなくなっていました。

この時、男性は、医師から見落としがあったことを告げられました。病院側は「最初の検査の時点で、がんがどこまで進行していたか分からない」としながらも、「根本的な治療ができたかもしれない」と説明したといいます。

男性の娘は私たちの取材に対し「病院から『エックス線には写っていたんです』と言われた時は、何とも受け止めきれない気持ちになりました。いちばん生きていたいと思うのは父だし、いちばん初期であってほしいと思っていたのが父なので、見落としはあってはならないと思います」と話していました。

大病院で相次ぐ“がんの見落とし”

今、全国の医療機関で、こうした“がんの見落とし”が相次いでいます。ことし少なくとも8つの病院が、過去に見落としがあったことを公表しました。

見落としはなぜ起きる?

なぜ見落としは起きるのか。

私たちは、公表した病院の1つ、千葉大学医学部附属病院を取材しました。この病院では、30代から80代の男女9人の検査結果を見落としていました。このうち2人が亡くなっていました。取材を進めると、がんの見落としには複数の原因があることが分かってきました。

原因1 情報伝達ミス

1つめは情報伝達のミスです。腎臓がんで亡くなった60代の女性の場合、平成25年に腸の病気で病院にかかり、CT検査を受けました。この時、画像検査を担当する専門医が、腎臓にがんの疑いを見つけていたにも関わらず、その報告書が、主治医に伝わりませんでした。
この結果、4年以上治療が行われませんでした。千葉大学病院で起きた9人の見落としのうち、6人はこうした情報伝達ミスによるものでした。

なぜ情報が伝わらなかったのか。

CTやMRIの検査報告書は、電子カルテの中に記載されます。主治医はカルテの中から報告書を開き、結果を確認する仕組みになっていました。

ところが、報告書がカルテに記載されたことを、主治医に直接、連絡する仕組みがなく、報告書が気づかれないまま放置されたのです。

原因2 専門医不足

見落としのもう1つの原因は「専門医の不足」です。

千葉大学病院では、CT画像などを「放射線診断医」と呼ばれる専門医がチェックしていました。病院ではCT検査だけで年間に4万件以上行われていましたが、診断医の数は5人。このため、検査全体の3分の1しか見ることができない状態でした。
体の内部を細かく調べるCT検査は、急速に技術が進歩しています。

40年前には5分で2枚程度しか撮影できませんでしたが、今では5秒で200枚の画像を撮影できます。全身を簡単に撮影できるようになったことで、思わぬ“がん”も見つかるようになりましたが、その分、放射線診断医は大量の画像を見なくてはなりません。
実は日本は、世界的に見ても、診断医が不足しています。先進国などと比較すると、CTの台数は最も多く「検査大国」となっている一方で、それを読影する診断医の数は、調査対象の26か国で最下位となっています。

千葉大学病院の山本修一院長は「CTの機械がすごく進歩し技術革新が進んでいるのに対し、われわれの診療体制がそこに追いついていない。そうしたギャップが、問題につながったのだと思う」と話していました。

原因3 医師の縦割り

さらに、別の病院のケースも取材すると“縦割り”という課題も見えてきました。

主治医の多くは「消化器」や「呼吸器」など専門が分かれています。自分の専門の臓器だけ検査結果に目を通して、他の臓器の結果を見落としてしまう、そんなケースも相次いでいたのです。
また主治医が忙しすぎて、検査結果を見落としてしまうという声もあがっています。

がんの見落としは、単に医師の不注意ではかたづけられない、今の医療界が抱える構造的な問題が背景にあると言えます。

情報共有の徹底

がんの見落としを防ぐには、どうすればよいのか。今、医療機関などで新たな対策が始まっています。

見落としが相次いだ千葉大学病院では、情報伝達のミスを防ぐ対策を模索しています。電子カルテの中から、未読の検査報告書を洗い出し、担当の職員が、診療科ごとに件数をまとめて院内に周知。特に多い科には直接電話をして注意を促しています。
医師だけに任せず、病院全体でチェックする仕組みを作ろうとしています。

千葉大学病院の山本院長は「一朝一夕で、すべてを変えることは容易なことではないが、職員が一丸となって対策に取り組んでいる」と話していました。

潜在医師の活用

もうひとつ、見落としの大きな原因となった、放射線診断医の不足。育児などでいったん現場を離れた「潜在医師」を活用する動きが出ています。

福岡県に住む、子育て中の放射線診断医 小西里奈さんは、自宅に画像診断の専用端末を用意してもらい、関東の病院から送られてくる画像をチェックしています。
また、画像診断を集約して行う取り組みも始まっています。

ことし8月、交通の便が良い東京駅近くのオフィスビルの1室に画像診断センターがオープン。子育てなどで遠くの病院に通えない放射線診断医30人ほどが登録。関東にある系列の5つの病院で撮影された画像を一括してチェックしています。

AI活用

さらにAIを活用する動きもあります。

東京都内にあるベンチャー企業は、放射線診断医の不足をAIで補おうという研究を始めています。

AIに、肺がんのさまざまな形を覚えさせ、膨大な画像の中からがんの疑いがあるものを見つけ出します。この研究には大学病院も参加していて、2年後の実用化を目指しています。

患者参加

そして、患者にもチェックの一員になってもらおうという取り組みまで広がっています。

過去にがんの見落としがあった慈恵医大病院では、画像診断の報告書を直接、患者に手渡すことにしました。医師用とは異なり、検査の対象範囲やその結果、さらに、今後気を付けるべき事などが、わかりやすい言葉で書かれています。
がんの見落としは、医師からすると1度のミスかもしれませんが、患者にとっては人生が大きく変わってしまう重大な問題です。

取材をして感じたのは、医師個人だけのミスとして片付けてはならないということです。たとえ主治医が見落としても、周りがチェックする体制が不可欠です。

また患者もすべて医師に任せがちですが、自分がどんな検査を受け、その結果はどうだったのかを気にして、医師にたずねていくことも必要だと感じました。