セックスを語れよ、私

セックスを語れよ、私
セックスを語ることは、“はしたない”とずっと思っていました。恋人ができてからも、結婚してからもそうで、その思いが自分を苦しめてきました。そうした価値観を持ち続けてきた「私」は、救いを求めるように「セックスをまじめに語る場」に足を運びました。そうした場は少しずつ増えていて「私」は少し、自分が変われた気がしています。(ネットワーク報道部記者 高橋大地)
冒頭の「私」は取材に応じてくれた38歳の女性です。「セックスをまじめに語る場」に取材に行った時に話を聞かせてくれたのです。
そもそものきっかけの1つは若者の性の本音を知るために、NHKが世界の若者に実施したネットアンケートを見たこと。

「セックスについてパートナーなどと話す?」という質問に「話す」は海外は82%。日本は56%。(回答は世界各国のおよそ7000人)。
日本はパートナーと話をしない傾向がありました。

「まじめに話す場」に行けば、話ができない故の何かが見つかるのではと思ったのです。

セックスを語る=「はしたない」「傷つける」

「まじめに語る場」はいま、少しずつ増えていて、この日の会場には20人ほどが参加し、ほとんどが女性でした。

毎月5000円ほどが会費で、性に詳しい講師の話を聞いたり、「性の楽しみ方」などテーマを決めて話し合ったり、フリートークの形で性に関する悩みや思いを語り合ったりするのです。
みんなが話していたのは“セックスへの思いが相手に伝えられない、その辛さ”でした。

「セックスが楽しいとは思えないけど、相手には言えない」
逆に「セックスをしたいと、女性からパートナーに伝えられない」
「楽しいと思えない」と言えないのは“相手を傷つけるから”で、「したいと伝えられない」のは、“はしたないと思われるから”でした。

悩みはその2つが多いように感じました。そして話せないことで2人の関係が崩れたり、自分を押し殺して、ただ耐えたりしていました。

セックスレス

冒頭の女性も出席していて、長く抱えていた悩みは“セックスレス”。

子どもができてから、セックスがなくなりました。フルタイムで働く忙しさもありました。
子どもに手がかからなくなったころ、セックスをしたいと思うようになったけど、セックスを求めること=はしたない、という考えが自分を支配していました。

勇気を出して誘ったことはあったけど、夫は「仕事が忙しくなった」と言って応じてくれず、またはしたないことを言わないといけないのかと思い、言葉を重ねることができませんでした。

そうだね、そうだね

その時に考えが、揺れ動いたそうです。

“私たちはこのまま一緒にいて幸せなのだろうか”
“もう女として終わりなのだろうか”
“いや、まだ終わりたくない”

「何よりも性はタブーという価値観の中で育ってきました。子どもの頃から30代半ばまでその価値観を持ち続けてきたんです」

苦しさの中で、救いを求めるようにまじめに語る場に来ます。自分のことを正直に話すと、同じ思いを抱いている女性もいて少しずつ考えが変わってきました。

「自分のセックスの赤裸々な話を、そうだね、そうだねって聞いてくれる。思いに共感を覚えてくれる、なにより否定しない。そうした人たちが集まる場に出会い、性について話すという自分の中のタブーが、そうではないと思えるようになったんです」

久しぶりのお酒

何回か語る場に出た日の夜、女性は久しぶりに夫とお酒を飲みます。
我慢してきたこと、悩んでいたこと、やっぱり夫が好きで大切なこと、だから悩んでいることを伝えます。夫は女性のさまざまな気持ちを受け入れてくれました。
「今は挿入とか、いくとか、そうしたことにこだわらず、スキンシップをとったりして満たされています。一緒に歩んできた道のりの分、これからも深く深くつながりたいと思えるようになりました」

会話のないセックス

ほかにも、何人かの方が取材に答えてくれて、「悩みはセックスの時に会話がなかったこと」という女性もいました。

「かつてのパートナーとの行為は、会話がない無機質な感じで、楽しさも気持ちよさも感じることがなかった。したくないけど、嫌いになってほしくないので我慢していました」

NHKのアンケートでも語れない中に、“嫌われたくないから”という理由が目につきました。
「私はセックスを恋愛のゴールのように考えていて、それをすることが気にかけてくれていることだと思っていたんです。でも語る場に出て、いろんな人と話す中で変わってきました」

「つまりセックスはゴールじゃない。こうしてほしくない、こうしてほしい、それを言うことは、2人の関係を続けていく上で大事なことなんだと考えられるようになりました。次にパートナーできた時は、きちんと話せるようにしていきたい。その方が、人生が潤うかなと思えるようになりました」

好き→だから話す

語る場にいた方に話を聞いてみると、特定のパートナーがいたり、別の相手がいることをパートナーが認めていたり、また抱き合うだけでよかったりといろいろな形がありました。

形は人ぞれぞれ千差万別だけれど、辛さを感じている人は相手のやり方だけを受け入れて、ことばを言えず悩んでいるケースが多いように感じました。

考えてみればセックスというのは、学校で教えてくれるものでもないし、語り合わないかぎりは、本だったり、アダルトビデオだったりが相手のベースになっていることもあり、互いの気持ちに寄り添う形が見つけられないのではないかと思います。
まじめに語る場が増えているのも互いが寄り添う形が見つけられない苦しさの裏返しかなと思います。

嫌われたくない→だから話さないではなく、
好き→だから話すになった方がよい、
つまり“相手を好きなのにもかかわらず、つらい時間を過ごさないためには、互いに性への思いを語り合えるようになった方がよい”。

こうした会を取材したのはまだ1回だけで、結論めいたことは言えないのですが、今の時点ではそう考えています。