みずとはなんじゃ?

みずとはなんじゃ?
ことし5月、92歳で亡くなった絵本作家のかこさとしさん。もともとは東大卒の理系の研究者でしたが、絵本作家としてさまざまな題材を取り上げ、600点以上の作品を生み出しました。そんな第一人者がのこした最後の絵本、テーマは「水」でした。(横浜放送局記者 中村早紀)

「みずとはなんじゃ?」はどんな絵本じゃ?

11月、神奈川県藤沢市の図書館で開かれたおはなし会。カーペットが敷かれた部屋に親子10人ほどが集まり、子どもたちは座ったり寝転んだり、思い思いの格好で話を聞いていました。

読まれていたのは、できたばかりの絵本「みずとはなんじゃ?」です。

『みずは、まるで
 にんじゃのように
 すがたを けして
 みえなくなったり…』

取材しながら、絵本の朗読の様子を見守っていましたが、子どもたちが身を乗り出して聞き入る姿が印象に残りました。

“さまざまな生き物が暮らす海や川の大切さ”を伝える絵本。

ことばにすると簡単なようですが、飽きっぽい子どもたちの集中力は本来、長くは続きません。それでも、絵本は最後まで子どもたちをひきつけて離しませんでした。

「どんな幼い子どもにもわかるやさしい本に…」

難しい言葉は使われていません。体の中をめぐる水の役割を医者や料理人に例えるなど、分かりやすく、興味がもてるように説明されています。

聞き終わった子どもたちは?
「水、なんかすごかった!」
「楽しかった」

絵本の力というものを強く感じました。

絵本作家かこさとしの原点

「だるまちゃんとてんぐちゃん」「からすのパンやさん」「はははのはなし」「どろぼうがっこう」そして今回の「みずとはなんじゃ?」。

かこさんは、ユニークでかわいらしいキャラクターが登場する絵本や科学をテーマに、子どもたちに親しまれる作品を生み出してきました。
かこさとしさん
亡くなる4か月前には半世紀にわたって愛されてきた人気のだるまちゃんシリーズ3冊を同時に出版。東日本大震災の被災地や戦争の記憶が色濃く残る沖縄を舞台にしました。

かこさんの、絵本づくりの原点は戦争体験です。戦時中に軍人を志していたかこさんは、多くの友人を亡くし、19歳で終戦を迎えます。
「『死に残り』の自分は必要のない人間なのではないか」

これまで戦争を肯定していた大人たちが態度を一変させた姿に幻滅し、軍人に憧れた自分にも強い責任を感じていました。

絵本作家の道を歩み始めた理由を生前、こう語っていました。

「僕自身も軍人になろうとしたんだから、その償いをしなくてはいけない。そういうものに染まっていない未来を生きる子どもたちにこそ、なんとか自分の頭で考え、賢く判断できる力をもってもらいたい」

描けなかった最後の絵本

「みずとはなんじゃ?」の下絵
そのかこさんが3年前から構想していたのが科学絵本の「みずとはなんじゃ?」です。

東京大学を卒業し、工学博士でもあるかこさんは、子どもたちが、自分の身の回りのものごとに興味を持ち理解を深められるようにと、科学絵本を数多く手がけてきました。

「かわ」や「海」「地球」など、水をテーマにした絵本を世に送り出してきましたが、生活の中に当たり前にある身近な水の特性を幅広く総合的に紹介し、自然の力や命の大切さを伝えたいと考えていたのです。

でも、かこさんの体がそれを許してはくれませんでした。原稿や構成、下絵は描いていたものの、いざ作画に取り組もうとしたとき、その力は残されていなかったのです。

緑内障を患っていたために左目は見えず、右目の視野も年々狭まり、指の先ほどしか見えなくなっていました。悪化する体調に、アトリエで過ごす時間は自然と減っていました。

「作品は完成しないかもしれない…」

2018年3月、かこさんは決意しました。以前から作品を読んで信頼していた絵本作家の鈴木まもるさん(66)に協力を仰ぐことにしたのです。
鈴木まもるさんとかこさん
亡くなる1か月余り前のことでした。自身が描いた下絵や原稿を鈴木さんに託し、絵を描いて絵本を完成させてもらうように頼みました。

“残された時間は少ない”

依頼を受けた鈴木さんは、急ピッチで作業を進めます。通常、完成に数か月を要するラフをわずか1週間で仕上げ、かこさんに届けました。

「ずっと会いたかった、尊敬するかこさんに一刻も早く会いたいと思いました。絵本の完成を機に元気になってもらいたいという気持ちもありました」

かこさんは、鈴木さんの手をとって「こんなお願いで申し訳ないんですけれど、ひとつよろしくお願いします」と伝え、「頼みますよ」と繰り返して絵本の完成を託しました。
かこさんは最後の打ち合わせの翌日から寝たきりに…。3週間後に帰らぬ人となりました。そのころ、庭にはふだんは姿を見せないウグイスが朝な夕なに訪れて鳴いていたといいます。

身の周りの世話をしていた長女の鈴木万里さん。亡くなる直前まで子どもたちのことを考え、ベッドの上で絵本のチェックを行っていたと振り返ります。

「子どもたちのために絵本を描き続けるというのが生涯の目標でしたから、それをやり遂げられたのではないかと感じています」

絵本の中で生きているかこさん、最後のメッセージ

11月、「みずとはなんじゃ?」が完成しました。鈴木さんは、かこさんの家を訪れ、遺影に向かって新作絵本を手向けて報告しました。
「かこ先生に、一番に見ていただきたくて、喜んでいただければいいなという一心で描いてきました。直接見てもらえず残念だけど、こういう形で完成したことで、先生の気持ちがいろいろな所のお子さんたちに伝わればと思います」

絵本の最後のページ。鈴木さんは、かこさんに託されたメッセージを絵に込めました。

海辺には何百という魚や動物などのありとあらゆる生き物たちが集まっています。砂浜にはかこさんの下絵にはなかっただるまちゃんやてんぐちゃんなどのキャラクターもいます。そして、真ん中にはかこさんの姿が描かれていました。
そのページに寄せられた、かこさんの文章です。
『ちきゅうの いきものの
 ひとりとして、
 うみや かわを
 よごさないようにしましょう。

 せっかくの みずの
 ちからを まもり、
 いきもの みんなが
 いきてゆけるよう
 つとめましょう。』

身近な水の物語からかこさんが子どもたちに伝えたかった最後のメッセージ。それはすべての生き物が共に生きる平和な世界への願いだったのかもしれません。

かこさんは、これからも絵本の中で生き続け、子どもたちがすこやかに育つよう励まし、見守り続けていくのだと思います。