ただ働きする医師たち~知られざる“無給医”の実態

ただ働きする医師たち~知られざる“無給医”の実態
先月26日、私たちはNHKのニュースウオッチ9で「無給医」と呼ばれる医師を特集しました。
すると、ネット上で医師を中心に多くの反響をいただきました。「医学界のタブーである大学病院の無給医に首突っ込みますか」「学費払いながら診療に従事し、終電は当たり前の生活だった」「うちもトップが、この大学に無給医はいない(ということになっている。だから無給医とか会議でいうな)と言っていたらしい…」
「無給医」とは、診療をしても給料がもらえない医師のことです。取材のきっかけは、世間を騒がせたあの事件でした。(社会部記者 小林さやか)
それは、ことし8月の東京医科大学の不正入試事件です。

このなかで、大学が10年以上にわたり、女子受験生を一律に減点していたことが明らかになり私は現役の女性医師がどう感じているのか、取材していました。

この取材で、1人の女性外科医がこんなことを口にしました。

無給医の涙

それは、ことし8月の東京医科大学の不正入試事件です。

このなかで、大学が10年以上にわたり、女子受験生を一律に減点していたことが明らかになり私は現役の女性医師がどう感じているのか、取材していました。

この取材で、1人の女性外科医がこんなことを口にしました。
「4年前に大学病院勤務中に妊娠したところ、産休を取ることを理由にポストを後輩に譲るよう言われ無給になった」

女性医師によると、大学病院で働く医師は、給与をもらえる人数が限られていて、若い医師や、女性のように子育てなどで勤務に制限がある医師は、無給で働く場合があるといいます。

この医師も、産休に入るまで、それまでと同じく手術や外来診療に当たっていたにもかかわらず、「ただ働き」だったのです。

さらに、給料がもらえないため就労証明が整えられず、子どもを保育園に入れることができず、復職できなかったといいます。
「仕事を続けられなくて悔しい」涙を流す女性医師を前に、この無給医の実態を取材することを決めました。

無給医は本当にいるのか?

しかし、あらゆる会社が「働き方改革」に取り組む時代。
さすがに、当初は限られた大学病院の話ではないかと思いました。

ところが、さまざまな医師に取材すると、ほとんどが「大学病院で無給はよくあること」「自分も無給だった」と答えたのです。

そんななか、1人の無給医が匿名を条件にインタビューに応じてくれました。
男性は10年以上のキャリアがある外科医です。

「目の前の患者さんを治したいと考えているけど、疲弊してしまっている。現場でいちばん働いている人たちに給料が出ないのは制度として絶対におかしい」と訴えました。

男性は9月の給与明細を見せてくれました。
給与明細には基本給の記載はなく 支払われたのは当直料だけ
外来診療をしていたといいますが基本給の欄はありません。支払われていたのは当直料の1万円余だけでした。生活費は、別の病院で外来や当直のアルバイトを掛け持ちしてまかなっているといいます。男性が所属する大学病院では、多くの診療科で半分くらいは無給医だといいます。

無給の仕組み

どうして診療を行う医師がただ働きなのか。男性医師によると、それは大学病院における医師のキャリア形成と関係するといいます。

一般的な医師のキャリアです。
(1)医学部を6年間で卒業後、国家試験を受けて、医師免許を取得。
(2)2年間、「研修医」としてさまざまな診療科を回る。(この間は月額30万円ほど支給)
(3)大学病院の医局に所属。「勤務医」として働く。3年から5年かけて、「専門医」の資格取得を目指し、研さんを積んだり、大学院生として研究したりする。
(4)助教や講師、准教授、教授のポストにつく。

取材した男性医師によると、このうち無給医が最も多く存在するのは(3)の期間。
この期間は、いわば若手医師の「下積み」期間と見なされます。
大学病院からすれば、最先端医療の現場で「教育・研修させている」から無給なのだといいます。
しかし、取材すると、実際の現場はそうはなっていませんでした。

若手医師は外来や救急、そして当直など激しい勤務をこなす大学病院にとってはなくてはならない戦力です。

さらに医局の意向に従わざるをえない実態もあります。
さもないと、専門的な資格がとれない。最新医療に触れられないという不利益を被ります。市中の病院に行こうとしても、医局の紹介が必要な場合もあるといいます。

こうした事情から、医師たちはただ働きであっても声を上げることができないというのです。

戦後から続いていた無給医

実は、若手医師が無給で働くことは、医学界で戦後、慣習として続けられてきました。

1968年に始まった東大紛争。あの学生運動も、当時あった無給で働く「インターン制度」の理不尽さを訴える医学部生たちのストライキがきっかけでした。
しかし、その後も、若手医師の処遇はなかなか改善されず、1990年代から過労死する医師が相次ぎます。

国もようやく、2004年、現在の研修医制度をつくり、医学部卒業後の2年間は、給与が支払われるよう定めました。しかし、3年目以降は、大きく改善されず、無給、または非常に低い給与で働く慣習が、今も残り続けていると見られます。

国「無給医は存在しない」

無給医について、国はどのように考えているのでしょうか?私たちは大学病院を所管する文部科学省に無給だと証言する医師が複数いたことを伝えたうえで、見解をただしました。
文部科学省からの回答文
すると「無給医は存在しない」と回答しました。
その理由をただすと「平成24年の大学病院への調査で、診療にあたるすべての医師が雇用契約を結んでいることを確認したため」と答えました。

一方、医師の働き方を監督する厚生労働省は「仮に無給医が存在するとすれば労働法規上違反である可能性が高い」と答えました。

大学病院「調査します」

冒頭で紹介した妊娠を機に無給医となった女性医師が所属する大学病院にも見解を問いました。
大学病院からの回答のメール
大学病院は「本学の附属病院に無給医は存在しないと認識していますが、取材の申し出を受けたことから本学に関する調査を実施することと致しました。現時点での回答は差し控えたいと存じます」とメールで回答しました。

このままでは医療崩壊

無給医は医師だけの問題でないと専門家は警鐘をならします。
厚生労働省医師の働き方検討会の副座長を務める、東京大学の渋谷健司教授は「限界を感じた若手医師が大学病院を離れ始めている。こうした慣習に頼ることは持続不可能だ。質の高い医療、安心安全を担保した医療、患者さんに価値ある医療を提供することができない危険性がある」と指摘しました。

つまり限界を感じた若い医師が大学病院を離れてしまえば、今の医療水準は維持できない。

そうなると、診療を受ける患者側にも大きな影響が及んでしまうと懸念を示しているのです。

私たちに情報提供を

今回取材した無給医の言葉です。

「お金のために働いているわけじゃない。人の役に立ちたいという一心です。だからこそ最低限の保障はしてほしい」
この「無給医」問題、まだまだ分からないことが多いのが実情です。しかし、私たちは見逃すことができない問題と考え、これからも取材を続けたいと思います。
ぜひ、これを読んでいただいた皆さんからの情報提供をお待ちしています。

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