大坂、内村、羽生の敗者たち

大坂、内村、羽生の敗者たち
テニスの全米オープン、大坂なおみ選手が日本選手として初めて優勝した、その表彰式はブーイングの中で始まりました。“同じような”場面を確か、見たことがある、そう思いました。その時も今回も、まったく同じ思いを感じました。私がスポーツが好きな理由はそこにあります。(ネットワーク報道部記者 松井晋太郎)
大坂なおみ選手が対戦したセリーナ・ウィリアムズは確かに特別な選手です。歴史と伝統がある「四大大会」を23回も制する女王で、力強いプレースタイルは大坂も尊敬を隠しません。
大坂なおみ選手が対戦したセリーナ・ウィリアムズは確かに特別な選手です。歴史と伝統がある「四大大会」を23回も制する女王で、力強いプレースタイルは大坂も尊敬を隠しません。
「子どものころから“セリーナのようになりたい”とずっと言っていた」
「(決勝で)彼女と対戦できたのは、光栄なこと」(大坂選手)

その試合はテニス少女のころからの夢がかなった舞台だったのです。

2つの夢

ただこの試合、憧れていたウィリアムズは、プレーの中では女王らしくない行為を見せます。劣勢の中、みずからのラケットをたたきつけて壊します。審判に暴言を吐いて警告を受けます。(警告についてウィリアムズは“女性への差別だ”と訴えています)
ウィリアムズは劣勢を挽回することなく敗れ、大坂は憧れの選手と最高峰の舞台で戦う夢と、そこで勝利する夢を同時に果たしたのです。健闘をたたえ合って2人が抱き合い、表彰式を迎えました。それが、見たことのない表彰式になりました。

なりやまないブーイング

式が始まると観客のブーイングがやまなくなります。

そのブーイングの理由がなんだったのか、私はわかりません。

ウィリアムズに警告を出したことへの批判なのかもしれません。
じょじょに大きくなるブーイング。その声にさらされて表彰を受けなければならなくなった大坂はかぶっていたサンバイザーのつばを下げ、顔を隠します。

ウィリアムズが言った

その空気を一瞬で変えたのはウィリアムズでした。マイクを向けられると、試合の結果について聞いた質問には全く答えず、泣き声で、でもはっきりと語り始めます。

「皆さんにお伝えしたいのは彼女(大坂)がとてもよいプレーをしたことです。彼女の初めての四大大会での優勝です」

「できるかぎり、最高の舞台にしましょう。もうブーイングはやめましょう、なおみ、おめでとう!」

「観客のみんな、ありがとう、みんなは世界で最高です」
おそらくあの場面で異例の騒ぎを抑えられる人物は、多くの応援を受けていたウィリアムズしかいません。

“りっぱな勝者は表彰の場できちんと祝うべきだ”。

そのことをウィリアムズは、そうした強い言葉を一切を使わず、応援してくれた観客への感謝の言葉も含めながら、そして大坂の立場も守りながら伝えたのです。

大坂はあこがれる選手を、間違っていませんでした。

セリーナ、感謝しています

その後、何度もテレビなどで繰り返されている大坂の言葉はこの後に出たものです。

「試合を見て下さったことにお礼を申し上げたいです」
「この決勝でセリーナと対戦するのは私の夢でした。(ウィリアムズと向き合い)あなたとプレーできて本当に感謝しています。ありがとうございました」

ブーイングは、拍手に変わっていました。

0.099差の敗者が

2年前、私は“同じような”シーンを見ました。リオデジャネイロ・オリンピックです。メディアセンターにいた私に体操競技を担当していた同僚が、その出来事を興奮して話し出したのを覚えています。
舞台は男子体操競技の表彰式の記者会見。内村航平が個人総合で2連覇を果たした後の会見です。それは薄氷の勝利でした。銀メダルのウクライナのベルニャエフとの差は0.099。最終種目の採点できわどく逆転したのです。海外の記者から内村に質問が飛びます。

「内村選手は(審判から)好意的に見られ同情されていい点がとれたのではありませんか?」

“そんなことはない、ジャッジは公平と思う”と答えにくそうに応じる内村。
この時、みずから発言を求めてしゃべりだしたのが、負けたベルニャエフでした。
「採点はフェアで神聖なものだ。それをわれわれはみんな知っている。タイトルは内村のもので祝福したい」

そして突き放します。

「そもそもその質問は、むだなものだ」

ベルニャエフはまくしたてるように話していました。

この言葉は僅差で敗れたベルニャエフの口から出たからこそ、重みを増します。
敗れたウィリアムズが勝者の大坂を守る盾になったように、ベルニャエフもまた、内村と、体操競技の尊厳を守るために発言したように感じました。

宇野昌磨の演技

スポーツでは、たびたびこうしたシーンに出会うことがあるのです。
私が直接、取材を担当したピョンチャン・オリンピックの男子フィギュアスケート。

宇野昌磨はショートプログラムを終えて3位につけていました。
トップはあの羽生結弦。

そしてフリーで羽生が高得点をたたき出します。

たくさんのぬいぐるみや花束がリンクに投げ込まれ、会場全体が騒然とした雰囲気に包まれました。
スペインの選手が演技をし、次は最終滑走の宇野。

これで4年に1度のオリンピックのすべての勝敗が決まる。

重い雰囲気の中での演技でした。

会場で見ていた私は、「悔いのない演技ができるのだろうか」と思いました。

この時、宇野は「完璧に演技をすれば、まだ逆転の目がある」と信じていました。

羽生に勝ちたいという夢をフリーの演技にかけていたのです。

羽生を追いかけ続けたい

しかし4回転ジャンプを冒頭で失敗、順位を上げたものの、羽生には届かず銀メダルとなります。

金メダルを取りたいという思いと同じくらい羽生に勝ちたいという思いが強い宇野。

ただ宇野からこの時の状況について不満の声を聞いたことはありません。

試合後は「実力で劣っていた。羽生選手は最大の目標で憧れている選手。追いかけ続けたい」と、2連覇という偉業を成し遂げた羽生をたたえる言葉を残しています。

スポーツにとどまらず

敗れた3人の選手の言葉は相手への配慮と競技への敬意があふれていました。ライバルと認め合い、その選手に勝つためにみずからを追い込み、試合では刃を突きつけ合う。そうしたギリギリの勝負の末に出てくる優しさがある。だから私はスポーツが好きです。

そして、ふだんは立場や考えが違ったり、競い合ったり、それでも相手を憎むのではなく敬意を持って見ていく。それが大切なのはスポーツの世界に限ったことではないとも思っています。