“絵本の制作者は10歳” 小児がんの後遺症と闘う男の子の願い

“絵本の制作者は10歳” 小児がんの後遺症と闘う男の子の願い
「記者さんへ どうぞよろしくおねがいします」
去年の秋、丁寧な子どもの字で書かれた1通の手紙が届きました。そこには、小児がんを経験した10歳の男の子のある願いが記されていました。(横浜放送局記者 鵜澤正貴)

“小児がんを知ってほしい”届いた1通の手紙

取材を始めたのは去年11月、NHK横浜放送局に届いた1通の手紙がきっかけでした。
その手紙には鉛筆で、丁寧な字がつづられていました。

「もっとたくさんの人に小児がんのことを知ってもらいたくなりました。だから、絵本を作ってみたらどうかなと思いつきました」

差出人は、横浜市内の小学校に通う当時、4年生の榮島四郎くん(10)でした。

手紙は、「絵本を作る資金集めのためにレモネードを開催します。どうぞよろしくおねがいします」と続き、レモネードスタンドと言われる募金活動をするので取材に来てほしいと書かれていました。

10歳の男の子が募金活動をして絵本を出版…。どんな思いがあるのだろう、連絡を取り話を聞くことになったのです。

4歳で診断 今も後遺症に…

取材当日。榮島四郎くんの自宅を訪れると、「こんにちは!」とメガネをかけた少し小柄な男の子が元気に出迎えてくれました。

手紙を送ってくれた理由を尋ねると、四郎くんは「僕自身が小児がんを経験しているので…」と、自身の闘病経験を語り始めました。とてもしっかりとした口調が印象的でした。
四郎くんががんの一種、脳腫瘍と診断されたのは4歳の時。小児がんは年間2500人前後が発症するとされ、子どもが亡くなる病気では最も多くなっています。ただ、治療経験が豊富な医師が十分ではないなど、支援体制が整っていないのが現状です。

四郎くんの母、佳子さんも、わが子の治療のためいくつも病院を回ったそうです。

「最初は医師から熱中症ではないかとか、夏かぜか胃腸炎ではないかなどと言われていました。大きな大学病院や子ども病院でも初めて見る症例が多くあって、きちんと診断してもらえませんでした」と振り返ります。

ようやく、治療が始まりましたが、そこから、厳しい、厳しい闘病生活が続いたのです。

「つらかったのは治療の影響で髪の毛が抜けてしまったことや何回も続いた注射です。入院していたので、幼稚園にも行けなかったのも悲しかったです」(四郎くん)
5か月間に及んだ入院生活。治療が成功し、ようやく退院するまでになりましたが、放射線治療で成長が遅れる副作用が出ました。いまもほぼ毎日、成長ホルモンを注射しなければならないのです。

友達の死 治療や薬の研究が進んでほしい…

学校に通えるまでになった四郎くん。それでも闘病中に出会った友達の中には、有効な治療法や薬が見つからないまま、亡くなってしまった子、命は取りとめているものの、長い闘病生活が続いている子もいます。

友達のためにも、小児がんの現状を知ってほしい、治療や薬の研究が進むようになってほしい。四郎くんは絵本を作って伝えようと考えたそうです。

なぜ絵本なの?と尋ねると「たくさんの人に見てもらいたいからです」と、はにかんだ笑顔を見せながら答えてくれました。

完成した絵本「しろさんのレモネードやさん」

最初に出会ってから、およそ半年。

四郎くんから「絵本が完成しました」といううれしい連絡が来ました。


それが、今回、出版された「しろさんのレモネードやさん」という題名の絵本。
物語の主人公は「しろさん」、四郎くんがモデルの男の子です。

あらすじは、こうです。

ある日、しろさんのもとに「レモネードゆうえんち」への招待状が届きます。
その遊園地で出会ったのがレモンの形をしたキャラクターの「レモンちゃん」。病気の子もそうではない子も楽しめる遊園地だと教えてもらいます。

夜になり、パレードが終わると、しろさんは、レモンちゃんに背中を押され、みんなの前で自分の思いを打ち明けます。

つらかった小児がんの闘病生活のこと、自分は家に帰れたがまだ退院できない友達もいて、みんなが元気になる薬ができてほしいこと、たくさんの人に小児がんのことを知ってほしいということ。

しろさんがレモネードスタンドで募金活動をしようと呼びかけると、みんなが一緒にやりたいと声を上げてくれました。
最後の見開きのイラストには集まった多くの人たちの中に、亡くなった四郎くんの友達がモデルの男の子や女の子の姿も描かれています。みんな、元気に笑っていました。

“レモネード”が支援の合言葉

ところで、四郎くんのストーリーにも登場したレモネード。実は、支援の合言葉のような存在なのです。

本の中でも描かれた「レモネードスタンド」という募金活動は2000年から、アメリカの1人の女の子が始めたものでした。

小児がんで闘病中だった少女、アレックスさんが「自分と同じように病気で苦しむ子どもたちを助けたい」と、自宅の庭で子どもでも作れるレモネードを販売したことが始まりとされています。

少女はその後、亡くなりましたが取り組みは世界に広がりました。

日本でも5年前に医師や患者などでつくるNPO法人が「レモネードスタンドジャパン」というプロジェクトを立ち上げ、レモンの原液を用意するなど、各地の活動を支援しています。

「レモネードスタンドジャパン」が準備に関わった活動は、昨年度は120件。この5年で集まった募金はおよそ870万円にのぼり、治療や研究のため、「日本小児血液・がん学会」への寄付などに充てられています。

広がる活動の輪

四郎くんの願いを詰め込んだ絵本。もちろん小学生が1人でできるものではありません。
レモネードスタンドの活動を手伝ってくれた多くの友達、四郎くんの体験や思いをもとに絵本の文章を考えてくれた作文教室の先生、趣旨に賛同して無償で絵を描いてくれたイラストレーター。

出版は母親の佳子さんの地元である岡山県の出版社が協力。

さらに、制作費はクラウドファンディングでも呼びかけ、全国から資金を集めました。四郎くんが呼びかけた活動の輪は子どもから大人まで各地に広がっていったのです。

書店に並んだ絵本 少年の思いは届くか

絵本は6月中旬から横浜市内を中心とした書店に並んでいます。

学校の友達と一緒に書店を訪れた四郎くん、自分たちが関わった絵本が書店に並んでいる様子を見て目を輝かせていました。
四郎くんは「お店に絵本が並んで、いろいろな人が買ってくれるかもしれないと思うと、うれしいです。小児がんのことを知ってもらうことで、研究が進んで、完全に治る病気になればいいと思います」と話していました。
四郎くんの絵本「しろさんのレモネードやさん」はネットでも取り扱いがあり3000部が販売されます。

売り上げは小児がんの治療の研究のために寄付されるということです。

小児がんをめぐっては、国が全国の15の病院を「小児がん拠点病院」に指定して、本格的な対策をスタートさせたのもわずか5年前です。大人のがんに比べ対策が遅れていて、治療法や薬の開発、治療後も長期的にケアする態勢の整備など、いまも大きな課題となっています。

10歳の男の子が絵本に込めた思いをしっかりと受け止め、改善につなげていける社会でありたいと、1人の大人として強く思いました。