キレる市民 狙われる役所

キレる市民 狙われる役所
市役所などの職員が不当な要求を受けたり、暴力を振るわれたりする、いわゆる「行政対象暴力」が後を絶ちません。最近は、暴力団など反社会的勢力ではなく一般の市民が引き起こすケースが目立ちます。誰もが訪れる「役所」での暴力をどう防げばいいのか、その手だてを探りました。(ネットワーク報道部記者 後藤岳彦)

刃物にガソリン 頭突きまで

ことし3月、金沢市役所の職員4人が男に刃物で相次いで刺され、大けがをする事件が起きました。
さらに、今月22日、岡山県美作市では、市議会の委員会を傍聴していた男が傍聴席を乗り越えて議員に包丁を突きつけ、脅す事件が起きました。男はすぐに取り押さえられましたが、右手に刃渡り17センチの包丁を持ち、さらに3本の包丁を腰のベルトに差し込んでいました。
現場の委員会室
行政の現場では、窓口で対応にあたる職員が被害に遭うケースが後を絶ちません。

平成24年には大阪 藤井寺市役所で生活保護をめぐり、男が、ペットボトルに入ったガソリンを床にまいて火をつけようとしたとして逮捕されました。

平成25年には大阪 鶴見区役所で生活保護関連の手続きをしていた男が、窓口の内側に入り込んでのこぎりを振り回し、職員にけがをさせる事件も起きています。

複数の自治体に取材すると、暴力にまつわるさまざまな証言が寄せられました。

軽自動車税を納めていない男性が税務課の窓口で「税は払えない」と怒りだして職員に頭突きをしたり、生活保護の受給者が突然、激高し、バッグに隠し持っていた包丁を職員に見せて脅すような態度をとったり…。

公になっているケースはわずかで、実際にはもっと多くの「行政対象暴力」が起きているのではないか、と感じました。

一般の人が暴力を振るう

「行政対象暴力」、これまでは自治体の担当者が税金の徴収などをめぐって暴力団から不当な要求を受けることを指すことが多かったのですが、専門家は、最近、ある変化が起きていると分析しています。

表参道法律事務所の横山雅文弁護士は「暴力団対策法の改正によって、『行政対象暴力』が取締りの対象に加えられたことなどもあって、反社会的勢力から不当な要求を受けるケースは少なくなる一方、一般の人によって行われるケースが多くなっている」と話しています。
横山雅文 弁護士

防犯カメラだけでは…

防犯カメラを設置したり、訓練を行ったりする自治体も出ていますが、万全では無いといった指摘もあります。

職員が刃物で襲われた事件を受けて、金沢市は防犯カメラをこれまでのおよそ2倍にあたる34台に増やすほか、警察や「行政対象暴力」に対応する専門職員への通報装置を大幅に増やすなど対策を強化することにしています。
広島県呉市は、おととし、新しい庁舎で業務をスタートさせたのに合わせて81台の防犯カメラを設置しました。万が一、事件が起きた場合、状況を確認するために、庁舎内の全域をカバーしています。
天井の防犯カメラ 360度監視している
カメラは、市民が利用する「相談室」にもあります。職員と市民が生活相談など周囲の人に知られたくない話をすることもあるため、録音はせず、市民の後ろから撮影して顔が分からないようにするなど、プライバシーに配慮しています。

このほかにも、窓口に刃物を持った男が来た場合に備え、さすまたを使って取り押さえる訓練や、放火に備えて消火器の使い方を学ぶ研修を行う自治体、市民を避難誘導するマニュアルを整えた自治体もあります。
さすまたを使った市役所の訓練
石川県能美市は、金沢市役所での事件のあと網を発射して動きを封じる「ネットランチャー」や、催涙スプレーといった防犯器具を市役所や市立病院などに配備しました。
ネットランチャー 瞬時に網が飛び出し相手の動きを抑制
ただ、横山弁護士は「防犯カメラや警備員を増やすなどハード面の対策強化は必要だが、専門の担当者が常にカメラで監視したり、見回りをしたりするところばかりではなく、万全な対策とまでは言えない」としています。

エスカレートするのを防げ!

市民の行動が「暴力」にエスカレートするのを防ぐにはどうすればいいのか。

そのヒントが、兵庫県宝塚市にありました。宝塚市では5年前、市役所の1階にある市税収納課にガソリンが入った火炎瓶が投げ込まれ、職員2人がやけどなどのけがを負いました。火炎瓶を投げ込んだ男は、税金を滞納し、市に預金口座を差し押さえられていました。
市役所が広範囲に焼ける被害に
この事件を教訓に、宝塚市は、市役所の出入り口などあわせて9か所に防犯カメラを設けるとともに、警察OBの嘱託職員を1人から3人に増やしました。市民から不当な要求があった場合、内容を録音し、証拠とするためのICレコーダーも窓口に備えました。
そして、最も力を入れたのが「職員の対応」です。どう市民に接するのか、言葉づかいから態度まで徹底的に見直し、マニュアルを作りました。

この「宝塚市接遇マニュアル」では、「です、ます」の丁寧語を使うだけでなく、相手とのコミュニケーションを円滑にするため、「ご面倒をおかけしますが…」、「申し訳ございませんが…」といった言葉を場面に応じて使うよう、定めています。
また、あいまいな対応を続けると、出来ないことを「出来る」と相手に受け取られ、トラブルにつながりかねないとして、あいまいなことは言わずに、はっきりと受け答えをするとしています。

さらに、同じ主張で何度も市役所に足を運ぶ人には、十分、話を聞いたうえで、「何度来ても回答は変わらない」と伝えるほか、やりとりがかみ合わず、「言った」「言わない」の水掛け論になった場合にも決して議論せず、「こちらの説明が正しく伝わらなかったようですね。申し訳ございません」などと、冷静に対応するよう、求めています。

不当な要求などがあった場合には警察OBに相談するなどして、職員だけで問題を抱え込まないようにしています。

宝塚市は「職員がよりきめ細やかに対応することで、来庁者の要求が不当なものに変わり、『行政対象暴力』にエスカレートするのを防ぎたい」と話しています。

「キレさせない」工夫を

表参道法律事務所の横山雅文弁護士は「不当な要求を行う人は、『行政は、住民の要求にはすべて応えるべきだ』という考えを持っていることが多い。行政とのやりとりが長引くうちに不満がたまり、長時間の電話や居座り、脅迫などの行為から、相手に危害を加える事件に発展しかねない」と話しています。

そのうえで、「相手に理解を示しながら怒りをため込まないよう、対応していくことが重要だ。それでも解決せず、居座りや脅迫などの業務妨害がある場合には、対応を弁護士に任せたり、刑事告訴など法的手段をためらわない姿勢を示したりすることも必要だ」と指摘しています。

何が何でも要求を押し通そうと暴力に訴える住民の責任を厳しく問うのは当然としても、行政が住民への接し方を改めて考え、「キレさせない」工夫を凝らすことが、結果として、暴力やトラブルを防ぐ近道になるのではないかと感じました。