水を飲まない高校生

水を飲まない高校生
のどが渇いても水を飲まない高校生がいます。脱水症状を起こしたこともありました。また学校で好きなアイドルの話をできない高校生がいます。いずれも理由は、学校ではありのままの自分でいられないからでした。(ネットワーク報道部記者 宮脇麻樹)
待ち合わせ場所は名古屋市内。ショートカットの髪型にTシャツ、デニムで来てくれたのはユウさん(仮名)、いま高校生です。

小学4年生の選択

待ち合わせ場所は名古屋市内。ショートカットの髪型にTシャツ、デニムで来てくれたのはユウさん(仮名)、いま高校生です。
ユウさんがトイレに行かなくなったのは小学校4年生の頃から。水を全く飲まないか、飲んでも一口だけで登校していました。

水筒の水が減っていないことは、母親に気づかれました。

「あまりのどが渇かないんだよね」

そう、うそをついていました。のどが渇かないはずはなく、体育の時など何度か脱水症状になりました。
トイレに行きたくなかった理由はただひとつ、女子トイレに入ることが嫌だったからです。

トイレが男女に分かれた小学校に入学してそう思うようになりました。

入学してすぐ、ユウさんは自然と男子トイレに入りました。ところが…。

「男子トイレに入ったのを見た同級生に、『違うよ』と言われてしまったんです。それで、自分は『女の子』なのだとわかりました」

そこでしばらく女子トイレを使っていましたが、自分は男子だと思っているのに、女子であることを認めるような気がしたし、何より、恥ずかしかったのです。

恥ずかしさをおしてトイレに行くか、それとも水を飲まずに我慢するのか。どちらかを選ばなければならず、小学4年生のユウさんは水を飲まない方を選びました。

カミングアウト

“体は女性、心が男性”、自分が性的マイノリティーのトランスジェンダーなのだとはっきり認識したのは中学校の頃でした。

通っている学校の制服はセーラー服でした。着るのが嫌で学校を休みがちになりました。ユウさんはまた母親にうそをつきました。

「先生が嫌いで授業行きたくない」

だけど3年生になると、このままでは卒業ができないと言われました。留学したいという夢があったので、我慢をしてセーラー服を着ることにしました。
水着を着るプールの授業もありました。それは心を無にして出席しました。高校は無事に合格しました。

“パニックになるから”

この頃、ユウさんは母親に隠し続けるのは限界だと感じていました。

「自分のことを男だと思っている」と打ち明けました。

母親を見ると泣いていました。

でも母親は高校に男子の制服で登校できるよう、交渉すると言ってくれました。

「俺の意志に母が協力してくれるとは思わなかったので、すごく嬉しかった」というユウさん。でも、母親が学校に相談するとしばらくして返事が来て、それは「生徒がパニックになるから認められない」というものでした。

ユウさんは女子の制服を3年間着続けることに耐えられるのか、母親と話し合いました。我慢するのは「とても耐えられない」という結論になりました。

すでに入学手続きは済ませていましたが、私服で通学できる単位制の高校に入り直すことにしました。そこは本名でなく、自分が決めた名前を通称として使うことも認めてくれました。

いまは男性にも女性にもとれるような中性的な名前で、好きな服を着て登校しています。

ようやく気づいた理由

ユウさんから話を聞いていたカフェで、オーダーを取りに来た店員にユウさんは「要りません」と言いました。

話を聞いていく中で、飲み物を注文しなかった理由に気づきました。「トイレに行きたくないからですか?」 私が聞くと「小学校の頃からの習慣になっちゃっているんです」。そう答えました。

私が注文したオレンジジュースはほとんどなくなっていました。

15歳の、まだあどけない表情から出るその言葉に、胸が締めつけられるように痛くなりました。

ユウさんが参加する場所

ユウさんの隣で「気づかなくてごめんね」と声をかけた人がいました。

大学3年生のりぃなさん(20)、レズビアンです。
りぃなさんはつらい思いをしている若いLGBTの人たちが自由に話ができる場・「名古屋あおぞら部」をおととし立ち上げました。

同性の女性を好きになることに悩み、高校時代には「死にたい」と考えていたりぃなさん。かつての自分のような悩みを抱えている人たちが集まれる場所があれば、互いが互いを支えられるようになると考えたのです。ユウさんもあおぞら部に参加しているメンバーです。

アイドルの話がしたい

あおぞら部には高校生を中心に毎回40人ほどが参加します。「自分のセクシュアリティーは、明かしても明かさなくてもOK」が決まりです。毎回、自由に話をしてもらいますが、好きなアイドルの話がよく話題になります。それは例えば学校では好きなアイドルが同性だと言えないからで、あおぞら部に来て思い切り話をするのだそうです。

自分が素でいられる

あおぞら部がどんな場所なのか、参加した人たちに聞いてみました。

「ふだん相談できないことも相談できる、自分が素でいられる場所」(ユウさん)

「自分がいちばん自分らしくいられる場所」(ゆきさん)
ゆきさん(17)自分を男性でも女性でもないと感じるXジェンダー
「自分だけじゃないと思える安心感が得られる」(かのんさん Xジェンダー(16))

あおぞら部は明るい雰囲気で、参加者がつらい悩みを抱えているように見えません。でも、学校は自分が自分でいられる場所ではないようでした。
通称使用が認められたユウさんも、先生に「トイレはどうすればいいですか」と相談したところ、「コンビニのトイレに行けばいい」と言われていました。あおぞら部に来て自分を取り戻している気がしました。

私としては…

私としてはユウさんが「パニックになる」と学校に言われて男子の制服を着られなかったことがとても気になっています。

実際は若い世代ほど性の多様性を知っているし、LGBTの人たちを受け入れない生徒ばかりとは思わないのです。

学校のやるべきことは「パニックをおこさせない」ことではなく、「生徒にきちんと性の多様性を理解してもらう」ことだと感じます。

「行きたくないトイレに行かないといけない」
「着たい制服を着ることが認められない」

このようなことで青春時代にしか経験できない宝物のような時間を持てない子どもたちがいます。

そんな子どもたちにとって学校がありのままの自分でいられる場所になったら、毎日がどんなに生きやすいだろうかと思います。

もちろん、LGBTの子どもたちの思いが、必ずしも周りに受け入れられるとは限らないだろうし、障壁もあるかもしれません。

でものどが渇いた時に遠慮なく水が飲めるように、好きなアイドルの話が友人たちとできるように、つまり、そんな当たり前のことが誰でもできるように、いまを変えようとしなければ、あしたが変わらないことだけは、確かです。