広すぎる溝 サイクリングの落とし穴

広すぎる溝 サイクリングの落とし穴
さっそうと走るスポーツタイプの自転車、ロードバイク。健康意識の高まりで通勤に使う人たちも増えています。乗用車や人との接触に気をつける人は多いと思いますが、市街地で最近、思わぬ落とし穴にはまって事故になるケースが出ています。その原因は、「広すぎる溝」です。(岡山放送局記者 太田直希)

「2センチの溝は広すぎる」

岡山市の会社員、池田真治さん(54)は、おととし6月の夜、市内の道路をロードバイクで走っていたところ、突然、転倒しました。後ろの車をよけるため、車道の脇にロードバイクを寄せながら走行していたところ、前輪が路肩の溝に挟まってしまったのです。

体を強く打ち付けた池田さんは、ろっ骨や指の骨を折り、全治2か月と診断されました。
雨水の排水用に設けられたこの溝の幅は2センチ。一方、池田さんのロードバイクのタイヤの幅は、2センチ3ミリ。溝とタイヤの幅がほとんど同じなため、タイヤがちょうど挟まりやすかったのです。溝の長さは300メートルほどで、池田さんは「黒い直線にしか見えず、道路の安全性に問題があった」と考えました。そこで、道路を管理する岡山市を相手に賠償を求める裁判を起こしました。

これに対し市は、「狭い隙間にはまり込む可能性のある自転車を運転するのであれば、運転者が注意すべきで、路肩部分の安全性に問題はなかった」と主張しました。

岡山地方裁判所は、ことし4月、池田さんの訴えを認め、岡山市に38万円の賠償を命じました。

その判断の理由です。

「ロードバイクが車道を走行することは珍しい光景ではなく、2センチの隙間はタイヤのはまり込みを抑えるには広すぎる幅だ」

「隙間と認識できないおそれのある形状で、通常有すべき安全性を欠いていた」
これに対し、岡山市は判決を不服として控訴。判決のあと、事故があった溝の近くに、注意を呼びかける看板を設置する一方、現場の溝の対策は今も実行されていません。池田さんは、「2年もたったのに、そのままなのは怖い。とにかく早く安全な対応を取ってもらいたい」と話します。

ロードバイクが溝に 実はほかにも…

実は、池田さんと同じように、ロードバイクのタイヤが溝などに挟まってケガをしたとして、各地で裁判が起こされていました。

7年前には、京都市で、「グレーチング」と呼ばれる側溝にある格子状の「ふた」の間に2センチ5ミリの隙間があり、そこに挟まった男性が転倒して顔などの骨を折る大ケガをしました。

兵庫県西宮市の県道では、8年前、ロードバイクに乗っていた男性が深さ6センチほどの道路のくぼみに前輪がはまって転倒し、顔にけがをしました。それぞれの裁判の判決で、裁判所は京都市と兵庫県の道路管理に問題があったと認め、賠償を命じました。いずれの自治体も控訴せず、判決は確定しています。

「通行環境が怖い」が8割

一般の自転車のタイヤなら挟まらないのに、ロードバイクは挟まってしまう大きさの溝の存在……。同じような事故が全国でどの位起きているのかを警察や国土交通省、それにスポーツ自転車の業界団体に問い合わせましたが、統計を取っているところはなく、件数を把握することはできませんでした。ただ、一般の自転車でも、車道を走行中に危険を感じる人が数多くいることがわかりました。

3年前、東京都は自転車を利用する人たちの意識を探るため、インターネットで1500人を対象にアンケートを行いました。

この中で、自転車を走行する場所として、「車道」と答えたのは27%、「歩道」は50%でした。法律で「車道」を走ることが原則とされているにもかかわらず、なぜルールを守らずに「歩道」を走るのか、その理由を複数回答で聞いたところ、「通行環境が不十分で怖いため」が8割にのぼりました。

去年、「自転車活用推進法」が施行され、国は、環境に優しい自転車のさらなる普及に取り組もうとしていますが、その道路環境に不安を覚える人が数多くいるのです。

自転車の安全対策に詳しい大阪市立大学大学院の吉田長裕准教授は、「自転車専用の通行環境はほとんど整備されていないのが現状で、道路にはマンホールのふたなど滑りやすいものなどが多く、利用者が気をつけなければならないことが非常に多い」と指摘します。

そして、タイヤが細いロードバイクについては次のように話しています。

「道路の設計基準がどの程度なら安全上問題がないのかなど技術基準の細かい点を決めておくことが重要だ。とくに、通行量の多い都市部から環境整備を進めていく必要がある」

サイクリングパラダイス

さらに取材を進めると、徹底した利用者目線でロードバイクの安全走行を確保しようとする自治体がありました。広島県とを結ぶ「しまなみ海道」など、数多くのサイクリングスポットがある愛媛県です。

サイクリングを観光客を呼び込むための重要な手段と位置づけています。その合言葉は、「サイクリングパラダイス」。ロードバイクにとって危険な場所を徹底的に調べ上げて、環境の整備を進めています。

先月、取材に訪れると、道路管理を担当する愛媛県の職員がロードバイクに乗って街なかに繰り出しました。ロードバイクの利用者の目線で危険だと感じる場所を見つけるためです。
この日の調査では、路面に2センチの段差があるのを見つけました。乗り上げると、ハンドルを取られるおそれがありロードバイクが走りにくい場所と判断しました。

3年前に始めた調査で見つかった危険箇所は、松山市内を中心に217か所にのぼります。それをAからDまで4段階の危険度に分類し、危険度が高いものから対策を取っています。たとえば、ことし4月に県道で見つかった幅2センチの路面の亀裂は、およそ20メートルにわたって続いていました。
タイヤが挟まって転倒するおそれがあるため、危険度は最悪のAランクと判定されました。愛媛県は、できるだけ早く亀裂を埋める工事をすることにしています。

愛媛県道路維持課の篠原伸明さんは、「道路の状況は常に変化をしているので、去年、大丈夫だった箇所が今どうなのか、1年たってどうなのかという視点で見なければならない。安全な状態を保ち続けるのが私たちの役目だと思っています」と話していました。

岡山市も対策検討

一方、岡山市も4月の判決を受けて、対策の検討を始めています。新たに市が調査した結果、幅2センチの排水用の溝が市内に2か所、長さにして1.1キロあることが確認されました。そして、溝を塞ぐ網のようなものをかぶせたり、溝の幅を狭めるために金属の板を溝の中に入れたりすることを検討しているということです。大森市長は、「ロードバイクは増えつつあり、普通に走っていて溝に落ちることがないよう対応したい」としています。

自転車に優しい社会を実現するには

いまや900万人とも言われるサイクリング人口。ロードバイクなどのスポーツ自転車の市場規模も拡大し、おととしにはおよそ2450億円にのぼったと推計されています。レジャーや通勤のために安全に、快適に、自転車を利用できるよう道路環境の整備が進むことを願わずにはいられません。