クレヨンから消えた“肌色”

クレヨンから消えた“肌色”
子どもたちのクレヨンや色鉛筆をのぞくといつのまにか、“はだ色”がなくなっていました。かつての“はだ色”の呼び方は別の名前に変わり、色の名前として使わなくなっていました。差別という指摘が出てきたからです。でもこの色をめぐって仕事や立場で思いはさまざまです。(ネットワーク報道部記者 飯田耕太)

“うすだいだいいろ”の驚き

“はだ色”が話題になったきっかけは、新学期に子どものクレヨンに名前を書いていた母親のツイートでした。

「いつからかクレヨンの色鉛筆の旧はだいろが『うすだいだいいろ』になってる」
このツイートへの反応がたくさんありました。

「僕も無自覚に『はだいろ』という言葉を使っていたのでドキッとさせられる」

「実際に幼稚園行ってみると『はだいろ』が肌の色じゃないお友達ってふつうに何人もいる」

文房具店に行ってみた

文房具店でクレヨンや絵の具を見に行きました。
確かにどれを手にとっても「はだ色」はありません。昔、はだ色と言っていた色には「ペールオレンジ」「うすだいだい」など別の色の名前がついていました。
街で聞くと色の名前が変わったことを知っていた人はほとんどいませんでした。

「はだ色って呼ばないんですか? 幼稚園のころ親や先生に教わって以来、そう呼んできましたが…」(20歳女性 大学生)

「知りませんでした。私もはだ色の下着を多く持っていますが、何て呼ぶのでしょうか?」(70歳女性 主婦)

「気にしたこともなかったけど、いつごろから無くなったんだろうね」(50歳男性 会社員)

はだ色の起源は“しし色”

そもそも、はだ色という名前の起源はなんなのか。

色に関する研究を行っている「日本色彩研究所」(さいたま市)に話を聞きました。

「文献を読んでみると“8世紀ごろにあった人や獣の肉の色を表す『しし色』が『はだ色』の前身”と書かれています」
「明治時代に入り、異国の人たちとふれ合うことが多くなってきます。人々が肌の色の違いを意識するようになり、『はだ色』と呼ばれるようになったという説があります」

メーカー側の対応は

では、こうした日本の「はだ色」はいつごろから消えたんでしょうか?

「お客さまからの要望を受け平成11年からクレヨンなどすべての製品の色名を『ペールオレンジ』に変えています」
「海外にも生産拠点があります。国際的な感覚は大事ですし、お客さまが不快に思うものを作るわけにもいかない」(「ぺんてる」生産本部担当者)
「はだ色への風当たりが強くなり、ほかのメーカーと足並みをそろえて平成12年の生産から、『うすだいだい』に変更しています。当時はさまざまな議論があり、とても難しい問題でした」(「トンボ鉛筆」広報担当者)
話を聞いてみると、消費者から「差別的だ」と批判が寄せられたことから、業界の団体が集まって「はだ色」に代わる色の名前を検討しました。その中では「はだ色は実際の肌の色を示すものではなく日本固有の慣用色」「代替の色名が統一しづらい」と意見もあったそうですが、最終的にはメーカー側が自主的に色名を変更したそうです。

色名から消える

実は日本では、JIS=日本工業規格が定める色が全部で269もあります。この中には、はだ色は残っています。

ただ、これとは別に、クレヨンや色鉛筆など製品によって使える色名を決めています。JISでは、こうした身近な製品から“はだ色”という色名を使わないことにしたのです。

色鉛筆は平成12年、クレヨンと絵の具は平成19年、もうかなり前のことだったんです。

はだ色鉛筆のセットはある

でも、はだ色ばかりを集めた色鉛筆はありました。世界のさまざまな肌の色を集めたという12色の色鉛筆セットでイタリアのメーカーが作りました。最近売れているそうです。
「去年から販売を始めたところ学校単位の注文があったり、遠方から買い求めに来る先生もいたりします。すでに400セットぐらい売れていて、学校教育の中で使われているようです」(都内の画材店)

“はだ色”にこだわる職人たち

一方、「はだ色」についてはさまざまな意見があります。

呼び方が変わったことに少し戸惑いを見せているのは日本印刷技術協会の郡司秀明 専務理事です。印刷会社などでつくる業界団体で、技術の向上に取り組んでいます。
「印刷業界では、『肌もの』ということばがあります。それくらい写真でいかにその人の肌の色をきれいに見せるかを意識して、こだわってきました」

『肌もの』にこだわる理由は、写真などで肌を表現する時、微妙な調整を繰り返してその時代にあった肌の色を表現するからです。その色によってイメージがかなり変わり、こうした時に使われる“はだ色”は特定の色を指すことばではありません。

時代の価値観を表す色

「一昔前は“ガングロ”、バブル時代には少しピンクがかった肌の色。今の主流は黄色の割合を増やし、より自然な色合いを目指す“ナチュラル”です」

「印刷の世界では『はだ色』と言っても、一つの色ではない。その時代、世相などその時々で求められている肌の色という意味で使っているんです」

「現場で使うことばは、今も『はだ色』は『はだ色』。そこに差別的な意味は全くないんです」

印刷技術協会では、はだ色という色名が議論になったころ、「肌色シンポジウム」も開催。“はだ色”になぜこだわるのか技術者や化粧品の開発担当者がそれぞれの立場で発表しています。

子どもにどう伝える

街で最後に話を聞いたのは、ともに2歳の子どもがいる2組の親子でした。
もともと幼稚園の教員をしていたという母親は「もう『はだ色』って呼ばないんですよね? 知っています。ペールオレンジやうすだいだいとか。新しい呼び名はピンとこないこともありましたが、いまはいろんな子がいるので意識してそう呼ぶようにしています」 そう、話していました。

「うちの子はまだ小さく、この間『緑』と『黄緑』の違いをやっと覚えたくらいです。家で子どもに何色と教えるかはよく考えてみたいです」 もう1人の母親はそう話していました。

消える“はだ色” 残る“はだ色”

かつてと違いさまざまな肌の色の人たちが日本で暮らすようになる中で、特定の色に“はだ色”という言葉を付けるのは確かにいろいろな誤解を受けると思いました。

いや、もしかしたら、いや、たぶん、クレヨンに”はだ色”があたり前にあった時代でも、つらい思いを感じていた人がいたのではないか、そう思います。

一方で特定の色でない“はだ色”は確かにあって、その色彩や色合いをどう出すかにこだわり、言わば、はだ色に勝負をかけている人たちもいました。

いま、はだ色が排除されたというより、時代の中である部分では消え、ある部分は表現を極めるというプロ意識の中で残っていく。
そんなことを感じました。