義務教育だけど不平等

義務教育だけど不平等
経済的に厳しくても、お金の不安なく安心して学べるようにしよう、そう考えて国が作った支援があります。でも調べて見ると、その支援は隣の町では受けられるのに自分の町ではダメで、案内を見ても誰が対象になるのかよくわからないことがある支援でした。これはちょっと、おかしいのではないか。そう思った話です。
(高知放送局記者 西浦明彦/熊本放送局記者 藤島温実)

無償だけど、無償じゃない

この春、高知市の小学校で29歳の母親が、一人娘のまなちゃんの入学式にのぞみました。

「友達をいっぱい作って遊びたい」。そう話す、まなちゃん。

ところが見守るお母さんは不安でいっぱいでした。理由は“お金”です。「義務教育は、これを無償にする」とされていますが、現実はそうではないのです。

小学生10万 中学生17万

入学式のあと、購入する学用品の説明がありました。粘土のセットや算数の教材などなど。

「全部要るんだ……」。そうつぶやき、1920円と書かれた購入欄にチェックを入れました。

ほかにも給食費は月々およそ5000円、PTA会費は300円。月末には体操服も購入します。

公立の学校で無償なのは基本的には授業料と教科書代。実際は小学校で年10万円、中学校で年17万円の費用がかかると言われています。

就学援助という支援

お母さんとまなちゃんは2人暮らし。ホームページのデザインの仕事で得られる収入は月10万円ほど。母子家庭の手当てを入れても生活は苦しく、食費を切り詰めて生活しています。
そうした生活の助けになったのが、「就学援助」と呼ばれる制度です。就学援助は、市区町村がそれぞれ所得などで基準を決めて、経済的に厳しい家庭に、義務教育にかかる費用を支援する制度です。
お金の心配をせずに安心して学べるようにするのが目的で、高知市の場合、対象は所得が355万円以下の家庭。入学時にかかるランドセルなどの費用およそ3万8000円、毎月の給食費、それに3万円余りかかる修学旅行費などが支給されます。

母親は早速、就学援助を申請。心の不安も少しは軽くなりそうです。

住む自治体で異なる支援

ところがこの就学援助、調べてみると基準が各自治体でバラバラで、同じ所得でも、住む場所によって支援が受けられたり受けられなかったりします。

例えば、小中学生と夫婦の4人家族の場合、高知市で対象となる所得は355万円までですが、すぐ隣の南国市は301万円まで。東京では国立市は368万円までですが、福生市は249万円まで。100万円以上の差があります。

さらに大きな差があるところがあります。

被災地で広がる格差

地震の被災地、熊本県です。国は被災した家庭でも安心して学べるようにしようと、就学援助の費用の3分の2を補助して自治体の負担を減らす特例を設けました。

ところが、現在特例を利用している11の市町村を調べると、支援を受けられる基準が最も低い南阿蘇村はおよそ215万円まで。一方、最も高い宇土市では、最大でおよそ580万円までです。その差は2.7倍、365万円。

もし所得が300万円の家庭が被災した時、宇土市に住んでいれば就学援助が受けられるけれど、ほかの自治体では受けられないケースがあるのです。

内容は一律 支援はバラバラ

誰もが安心して義務教育を受けられるようにしようという支援、それなのになぜこうした差が出るのか。

就学援助は、もともと国が運用していましたが、平成17年度から市区町村の運用に変わりました。このため自治体の財政力や考え方によって、基準に差が出てきたのです。専門家からはさまざまな指摘が上がっています。
跡見学園女子大学 鳫咲子教授
被災地の就学援助の状況に詳しい跡見学園女子大学の鳫咲子教授は、市区町村まかせにしない国の支援が必要と言います。
「被災地では被害が大きい自治体ほどインフラなどにお金がかかり教育に予算が回らなくなってしまう。義務教育だからこそ自治体まかせにせず、国が十分な支援を考えるべきだ」
千葉大学 白川優治准教授
千葉大学の白川優治准教授も、格差が出ている事態を解消する必要があるという考えです。
「義務教育の内容は全国で一律なのに、それを支える制度に差があるのは不公平感につながる。市町村だけにまかせるのではなく、都道府県が支援して格差を是正すべきだ」

“基準がわからない”

もう1つ、「就学援助という制度があること」、「誰が支援を受けられるのかということ」。こうした基本的なことが十分に周知されていないこともわかりました。
益城町役場
例えば、熊本県で地震の被害がもっとも大きかった益城町。町に聞くと、就学援助は原則所得がおよそ240万円までの家庭が受けることができます。

ところが、就学援助の案内文書ではこの基準額に全く触れていません。対象となる家庭については、「職業が不安定で、生活状態が悪い」などと書かれているだけで、240万円までという具体的な基準が、文書からはわからないのです。
こうしたケースはほかにも各地の自治体でみられました。

全員提出で漏れのない支援

必要な人に必ず支援が届くようにするにはどうしたらいいのか。参考になるのは東京板橋区の取り組みです。
(1)まず制度を説明する案内文書、多くの自治体では「就学が困難な児童生徒に対して」などという書き出しです。しかし、板橋区は「就学援助は楽しく子どもが学べるための制度」だと書いていて、申請への心理的なハードルを下げています。
(2)そのうえで、家族の人数ごとに援助の対象になる所得の目安を具体的に記載。「経済的に厳しい」とか「生活状態が悪い」など、あいまいな表現は使わないようにしています。
(3)さらにプリントには申請を「希望する・しない」という項目を記載。丸印をつけて封筒に入れ、全員に提出してもらうことにしたのです。全員が提出するため、支援を受けられる状況の人が、その網からこぼれることを防ぐことができます。

社会科見学の日のできごと

この方法は、30年以上前にある小学校の事務職員が考案しました。以前、取材した時、その人は、この方法を考えたきっかけを話してくれました。

「社会科見学の日に、なかなか1人の女の子が来なかったんです。そこに電話がかかってきて、『私、具合が悪いから行けません』と言われて……」

「でも後から聞いたら、その子は病気ではなかった。見学にかかる2000円をお母さんに出してと言えなかったみたいなんです」

「私たちは、就学援助の制度があることをもっと知らせないといけない。そう感じたんです」

“楽しく学ぶはずの学校で、お金のことでつらい思いをする子どもをなくしたい”、 “十分に学ぶことができれば将来、社会にきっと貢献してもらえる”、そう思って作った文書だそうです。
子どもは生まれる場所を選べません。全国のどこに住んでいても、家庭の経済状況にかかわらず、安心して学べるような支援と周知のあり方が、間違いなく求められています。

この就学援助、“受けられるかどうかわからない”、“相談をしたい”という場合は、教育委員会や学校に連絡してみてください。