イラク日報 危険と隣り合わせだった実態が

イラク日報 危険と隣り合わせだった実態が
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陸上自衛隊のイラク派遣の日報をめぐる問題で、16日公表された435日分の日報には、現地の厳しい治安情勢を伝える生々しい記述が多数ありました。自衛隊は「非戦闘地域」で活動するとされていましたが、現地の任務は危険と隣り合わせだった実態がわかります。
保存されていないとしてきた陸上自衛隊のイラク派遣の日報が見つかったことを受けて、防衛省は16日夕方、これまでに確認された435日分、およそ1万5000ページを公表しました。およそ2年半の派遣期間中には、部隊の宿営地やその周辺に13回にわたって迫撃砲弾やロケット弾が撃ち込まれるなど、予断を許さない治安情勢が続きましたが、日報の公表によってその詳細が明らかになりました。

このうち、平成17年7月5日の日報には、「宿営地付近にロケット弾着弾」と書かれ、続いて「連続発生の可能性は否定できず」と記載されています。安全確認のため、午前6時から宿営地の「一斉検索」が行われ、その後のミーティングで隊員の精神的なケアを意識し、必要があればカウンセラーなどに申し出ることを指示したことが記されていました。

また、平成17年6月23日には道路脇の爆発物によって自衛隊の車両1台が被害を受けましたが、日報には「走行中、3両目右前方付近で爆発」し、フロントガラスにひびが入ったりドアがゆがんだりしたことが写真とともに記載されています。

そして、爆発の際に土煙で数秒間、視界を遮られたことや、3両目は車内にも土煙が舞い込んだことが書かれ、その後のミーティングで「予測していた範囲とはいえ、深刻に考える必要がある。ここはイラクなのだということを再認識し隊員にも徹底せよ」と指示が出されるなど、当時の緊迫した状況が記されていました。

自衛隊は「非戦闘地域」で活動するとされていましたが、日報の記述からは現地の任務が危険と隣り合わせだった実態がわかります。

このほか、日報には、「戦闘」という言葉が少なくとも8か所に記載され、このうち自衛隊が活動するサマーワについては、パトロールを始めたイギリス軍に対し、「民兵が射撃し始めたことに端を発して、
戦闘が拡大」などと記されていました。

「ストレスで髪が抜ける」などの記述も

日報の中には、イラクの首都バグダッドや南部の主要都市バスラにある多国籍軍の司令部に、連絡官として派遣された隊員の日誌も含まれ、厳しい治安情勢のなかで強いストレスを感じていたことなどが記されています。

このうち、平成17年10月10日のバグダッドの連絡官の日誌には、「床屋で散髪をしたところ、髪が変色し抜け始めた。医務室からは『爆弾攻撃を受けたあと、コンバットストレスのため髪が抜けるなどの症状が出ている』との回答があった」と記されています。

また、バスラの連絡官の日誌では平成18年2月2日に「やはりわれわれは戦場にいることを認識することが必要だ。常に警戒心を保持して、自分の身を守る準備をすることが重要であると感じた」という記述があり、2か月後の4月17日には「ここバスラでもロケット弾攻撃を受け、脅威に対して敏感になっていると感じる。ドアの閉まる音にも反応するようになる」と記されていました。